〆の『ラメン』
煮込むことしばし……カチカチのメンが柔らかくほぐれて、薄く朱色に色づいてきた。
二、三本を持ち上げて、味見したオーリが言う。
「よっしゃ、いい頃合いだぜ!」
その声に私も、自分の皿へとメンを移す。
以前、食べたインスタント・ラメンは平べったくてかなり細かったが、このメンは中細といった所か。
食べてみるとやはり小麦の香りが薄く、柔らかくて油っぽい。悪い言い方をすれば、安っぽい味わいだ。
だけど酒を飲みながらだと、この濃い味が染みたチープなメンが、なんとも言えず美味しく感じるな……。
けっこうスープが残ってたはずだが、乾いたメンに吸われたのか、もはやわずかな汁が溜まるだけだ。
底に沈んでいた様々な具も、姿を現す。
煮溶けたキムチや砕けたトウフ、豚肉の脂身などが絡んだメンをズルズルと啜り、合間、合間にエールを飲み干す。
小さな欠片は、最初に入れた『ツナカン』だろう。つまんで食べると、特徴的な魚の風味がした。
ツナカンの正体みたり、マグロの油漬けである!
そんなこんなで私たちはすっかり酔っ払い、鍋に残ったスープも一滴残らず掬い上げ、二人で綺麗に食べ尽くしたのだった。
各々のテーブルの鍋はそれぞれのペースで食べ進めるため、まだ食事が終わってないグループもある。
一番早くに食べ終わったのはジュリアンヌの従者たちのテーブルで、私たちは二番目だ。食べ終わったダルゲとミヒャエルは、ジュリアンヌのそばに控えて、色々と世話を焼いているようだ。
手持無沙汰になった私たちは、エールを片手に他のテーブルを冷やかしに行く。
オーリはブラドとマリアのテーブルに、私はレンとジュリアンヌのテーブルに向かった。
「レン。鍋ラメン、美味かったよ。なんというか、ざっかけない雰囲気が、実に良いね」
「おう、リンスィールさん。そりゃよかったぜ」
「……おや? こちらは、さほど食が進んでいないようだね」
「ジュリアンヌが、あまり食わなくてな。……まあ、こいつが求める味とは方向性が違うのは、最初っからわかってたけどよ。こういう味も経験させておくべきだからな」
「うむ。辛くて味が濃いのは、貴族的な味わいじゃないからね。どちらかと言えば、肉体労働者が好む味だ」
「だよな。それに鍋料理ってのは、水分が多くて腹にたまりやすい。ボリューム的に、酒を飲みながら食うのが前提なとこがあるしな」
「へえ! そうなのかね?」
「ああ。ただの水を1リットル飲み干すのはキツくても、酒ならそれくらい飲めるだろ? アルコールが体内に吸収される時、水分を一緒に連れて行くんだよ。その分、胃や腸に空きが増えるのさ」
「タルタルが好きそうな知識だな。今度、話してやろう……。ジュリアンヌ嬢、ラメンはどうかね?」
私が聞くと、ジュリアンヌはやや困惑した顔で言う。
「そ、そうですわね……。わたくし、料理というものはシェフが厨房で調理して、完璧な状態でお客様にお出しするものだと思ってましたわ。ですから材料を目の前で放り込んで、煮えた物から勝手に食べるというのは、少々驚きましたわね」
「なるほど。貴族らしい視点だね」
「ですが……」
「だが?」
そう先を促すと、ジュリアンヌはフッと笑って、湯気越しにレンの顔を見つめる。
「誰かと同じ鍋を囲み、食事を共にする……色々な味を知り、見識を深めるという意味では、今回の食事はとても楽しいものでしたわ。よい経験をさせていただきましたわ」
「おお、そうかね!」
二人は直接の会話ができぬはずだが、ジュリアンヌはレンの思惑を、ちゃんと読み取ったようだった。
どうやら、良き食事会となったようである!
それにしても、初めて会った時は所かまわず噛み付く狂犬のような危うさで、幼児のようなワガママ振りと、年頃の少女とは思えぬ生意気さに呆れたものだが……。
気のせいか、今日のジュリアンヌは大人っぽく見える。一人前のレディとして、成長しつつあるのかもしれないな。
と思ったら、急に椅子の上に立ち上がって、
「まあ、でもっ! どのようなお下品な料理も、わたくしならば貴族にふさわしく、エレガントに仕上げる事が可能ですわ! ごく近いうちに、あなたにもその証拠をお見せいたしますわよー! オーッホッホッホ!」
と、高笑いを始めた。
……いや。生意気なのは、生意気か。
「しかし、まだ半分か。このペースじゃ、全部は食べきれないんじゃないか?」
鍋を見つめて私が言うと、ミヒャエルとダルゲが胸をドンと叩いた。
「そういうことなら、お任せでヤンス!」
「わてらは、まだまだ食えまっせ!」
呆れた私は、レンに言う。
「おいおい。こんなこと言ってるぞ、レン……」
「まあ、いいんじゃねえの? 残すよりは食ってもらった方がいい。俺も、そろそろ腹いっぱいだ」
「同感ですわね。ミヒャエル、ダルゲ。食べておしまいですわっ!」
「「あーいあいさー!」」
二人はスチャッと敬礼すると、ワリバシとジョッキを手に、ものすごい勢いで鍋を食べ始めた。
「タダ飯タダ酒。ありがたいこっちゃで!」
「ウシシシシ、大樽エールが飲み放題! 夢のようでヤンスなぁ」
「こんな催しならば、毎週でもやって欲しいもんや」
「同感でヤンス。普段は他の使用人たちの目もあって、こんなに好き勝手飲めないでヤンス!」
みるみる鍋が減っていく。
と、オーリが私を「おーい!」と呼んだ。
今日は僕の誕生日です。
お゛酒゛飲゛む゛っ!!




