『ラメン』宴会
お詫び。
前回の最後でレンがいつも通り「次のラーメンは三日後だ!」みたいなこと偉そうに言ってましたが、アレはなかったことにしてください。
いつも何のラーメンにするか全然決めないで書いてるので、惰性で言わせてしまいました。
※現在は修正済み。
昨晩のことである。レンの屋台でベジポタ・ラメンを食べた後だ。
私は言った。
「レン。明日は、ジュリアンヌ嬢にラメンを教える日だね。三日おきのラメン会食とも重なる日だが、いつものように君の『特別なラメン』が食べられないのは残念だよ」
明日のレンは忙しい。だから、ラメンは作れない。
何気ない一言だったが、レンはハッとしたように顔を上げ、しばらく思案してから言う。
「……いや。俺もなんとなく、『ジュリアンヌに修行つける日だからラーメンはなし』って考えてたけどよ……でも、そんなこたねえよな」
彼の言葉に、私は驚く。
「ええっ! それはつまり、明日もラメンを作ってくれるということかね……? しかし、スープを仕込むのは半日掛かりの仕事だぞ! ジュリアンヌ嬢に授業しながらできるのか? 第一、材料はどうするんだ。今からやってる店などないだろう。朝市に出るにしても、君の睡眠時間がなくなってしまう」
問題点を列挙する私に、レンは平然と言う。
「その点は大丈夫。向こうの世界にはコンビニっつってな、二十四時間あいてる店があるんだよ。専門的な食材は手に入らないが、日用品なら大抵のものは買えちまう。じゃ、リンスィールさん。ちょっくら行ってくるよ」
そう言うとレンは、ヤタイを引いてニホンへと帰った。
そしてなんと、宣言通りにあっという間に戻ってくる。
「え、ええーっ! も、もう、帰って来たのかね!? いくらなんでも早すぎる……買い物はちゃんとすんだのかい?」
「ああ、すんだよ。目当ての物は、全部手に入れた」
レンはヤタイに積んである、白い袋を指さした。
それから親指を立てて、白い歯を見せてニカっと笑う。
「たっぷり買ってきたからよ。明日は盛大にやろうぜ!」
そして、次の日の夜。
店を閉めた『黄金のメンマ亭』に、我々は集まった。
いつもより、だいぶ早い時間だ。私、オーリ、ブラド、マリア。
ここまでは普段のメンバーだが、今日はジュリアンヌたち三人組に加え、サラにカザン、アーシャといつかの少女もいた。この人数、ちょっとした宴会レベルだろう。
それぞれが二人ずつ、テーブルに分かれて座っている。
サラとカザンにアーシャたちは、レンが連れて来た。
なんとジュリアンヌは、レンと同じテーブルだ。今日は、とことん独占するつもりらしい。
テーブルには小型のコンロと中くらいの金属鍋、なにやら材料らしき不思議な品々が置かれている。
コンロの中の精霊石には、すでに炎の魔法が込められているようだ。
と、アーシャが少女を連れて、こちらにやってきた。
「義父ちゃん、リンスィール。久しぶりにゃ」
オーリがフンと鼻を鳴らす。
「おう、アーシャ! 全然顔を見せねえで、どうしてた? 元気だったか?」
「ご無沙汰だったね、アーシャ。もっとも私たちは、ラメン対決の会場で、君たち二人を見ているがね」
アーシャは申し訳なさそうに首を垂れて、それから言った。
「ごめんにゃ、二人とも。うちはこの通り、ずっと元気だったにゃ! こっちはコノミ。うちが面倒みてるニホン人にゃ」
少女がペコリと頭を下げる。
「ええと……はじめまして、私の名前は猫神コノミです。今後ともよろしく」
「ほほう! 立派な挨拶だ。私はリンスィール。エルフ1の食通なんて呼ばれ方もしているよ」
「俺っちはオーリ・ドゥオール。アーシャの義父ちゃんだぜ」
オーリは咳払いをひとつして、アーシャに視線を寄越す。
「アーシャ、ちょっと前によ。リンスィールがお前を尋ねたんだよ。タイショのラメンを食わせたいってな。けどおめえ、いなかったそうじゃねえか! 俺っちもたまにお前んち行ってるんだが、人の気配がした試しねえぞ! どうなってやがる?」
「あー。うち、この子を拾って引っ越したのにゃ。前の家は手狭だったし、あの辺りは治安も悪かったにゃ。今は、西区の三丁目に住んでるにゃ」
私は頷く。
「それでかね……。それにしても、驚いた! 君のニホン語の上達ぶりもだが、危険な旅ばかりしてたアーシャの口から、『治安』なんて言葉が出るとはねぇ」
昔からアーシャは、ニホンに対する憧れが強かったからな。知ってるニホン語を教えてくれと、よくせがまれたものだ。
それに彼女は、誰かの面倒を見ている時が一番生き生きとしていると思う。一緒に暮らせる相手を見つけられたのは、実に良きことだな。
アーシャは少しはにかんで、一拍置いてから言う。
「で、相談なんだけどにゃ。コノミが最近、『なにか自分でもできる仕事をしたい』って言ってるにゃ。働けるところを探してやって欲しいのにゃ」
オーリがドンと胸を叩く。
「そう言うことなら、まかせとけ。俺っちが適当にみつくろってやる! ……ところでよ、アーシャ」
「なんにゃ?」
「その語尾の『にゃ』ってのは、一体なんでえ?」
アーシャはジロリとコノミを睨むと、その後頭部をペシンと叩いた。
「アイター!? な、なにするニャ、アーシャ!」
「全部、こいつのせいにゃ」
……なるほどな。
アーシャとコノミが席に戻ると、レンが立ち上がり声を上げた。
「みんな、今夜は鍋ラーメンだ! 鍋ラーメンはその名の通り、鍋のシメにラーメンを煮込んで食う。寄せ鍋、モツ鍋、味噌、海鮮チャンポン、カレー、トマト、すき焼き、おでん……鍋のベースはなんでもいい。今回はコンビニで手に入る食材ってことで、キムチ鍋をチョイスしたぜ! 作り方は、呆れるほど簡単だ。手本を見せるから、自分たちで作ってみてくれ」
そう言うとレンは、テーブルに置かれていた食材の中から、赤い何かが入った容器を手に取った。
「いくつかの偶然が重なって、究極的に美味い料理が生まれる……。料理の世界には、そう言うことが稀にある。以前、俺は『トンコツ醤油をラーメン界の大発明』と呼んだが、キムチってのも漬物界の大発明だ! 酸味と辛味の組み合わせは秀逸だ。どちらも唾液の分泌を促して、食欲を増進させるからな」
言いながらレンは、ピリピリとパッケージを開ける。
我々も他の参加者たちも、彼にならって容器の蓋を開けた。
中には真っ赤な汁に浸かった、一口サイズの葉物野菜が折り重なっている。
「唐辛子を使った白菜キムチは、色が綺麗で味のバランスや食感が抜群にいい! 本場の韓国キムチはよく発酵された複雑な酸っぱさが特徴だが、コンビニで手に入る浅漬けキムチは、炊き立ての米によく合う、日本人好みのアッサリとした味付けだな。まずは、そのまま食ってみてくれ!」
私とオーリはワリバシをパチンと割って、『キムチ』を一枚食べてみた。
口に入れると一瞬辛く、シャクシャクとみずみずしい歯ざわりだ。軽い酸味に、爽やかな香り。
辛さの中にも甘さがあって、味わうほどに何ともいえない深い旨味が広がっていく……。
確かに、これは美味い!
「辛い漬物は、前にとんこつラーメンで並べた辛子高菜や、唐辛子とマスタードオイルでタマネギやニンジンなんかを漬け込むインド圏のアチャール。青唐辛子をピクルスにしたスペインのギンディージャ。お茶っ葉を唐辛子と漬けたミャンマーのラペッサッ。唐辛子や花椒、生姜などのスパイスに野菜を漬けた中国のパオツァイなど、世界中に多数ある。だけどキムチほど全体が真っ赤に染まる、大量のチリペッパーを使った漬物は、他にねえんじゃねえかな……?」
キムチの漬け汁は鮮やかな赤だが、辛味は見た目よりだいぶ優しい。
我々の世界の唐辛子とは、きっと種類が違うのかもな。こちらの唐辛子は一振りでどれだけ辛くできるか、辛ければ辛いほど使う量が少なくて、優秀とされているからな!
それに漬物というと長期保存が目的で、味が濃くて量はそれほど食べられないものだが、このキムチは味付け自体を目的として、保存は二の次といった印象を受ける……それ単体でもどんどん食べられる気軽さで、ついつい後引く魅力があった。
おおっと。料理の材料を食べすぎてはならぬ。
名残惜しいが、この辺にしておこう。
さて、このキムチを使ってどのようなラメンが作られるのか、今からワクワクが止まらない!