Another side 24 part3
レンは屋台の裏に回ると、コンロの火をつけた。
中華鍋を熱して油を注ぎ、パックのご飯を入れる。ナルト、ネギ、チャーシュー、メンマを細かく切って、鍋に加える……。
さらには刻み海苔とオカカも入れて、醤油と塩コショウを少量加え、二、三度ざっくり混ぜ合わせると、皿に盛ってカウンターに座るアーシャの前へと置いた。
コノミが声を上げる。
「うわあ! レンさん、これってチャーハ――」
「違う。焼き飯だ」
「んえ? ……一緒じゃないのぉ?」
レンは腕を組んで顎を上げると、説明を始めた。
「炒飯は、文字通りに米を炒める。一粒一粒が油でコーティングされて、パラリとした食べ口だ。焼き飯は、文字通りに飯を焼く。米に粘りがあってモッチリとした食感で、表面は所々お焦げの香ばしさがある」
「へえ……。そんな違いがあったなんて、全然知らなかったニャ」
レンはニヤリと笑う。
「ま、俺の解釈だがな。定義は人それぞれで、炒飯と焼き飯は同じって人もいるよ。だけど、俺の親父はしっかりと作り分けていた。その上で、好んで作るのはいっつも焼き飯だったぜ」
コノミは不思議そうに首を傾げた。
「レンさんのお父さんは、どうして焼き飯が好きだったのニャ?」
「たぶん、日本の米が美味すぎるからだよ。表面はシルクのように滑らかで、冷めても柔らかくてパサつかない。チャーハンにしちまうと、日本のご飯特有の、しっとりした甘さが失われるだろ? 日本人は、白米に命をかけている。品種、栽培、炊飯器。どれをとっても、日本の米は世界最高だ! 実際、チャーハンには水分の抜けた、古米の方が向いてるしな。油を吸いやすくて、カラリと仕上がる」
「で。なんで、これがとっときなのニャ?」
「死んだ親父の日記に書いてあったんだ。ある夜、孤児だった猫耳の女の子が、しょぼくれた様子でやってきた。温かい物を食べさせてやりたかったけど、あいにく麺もスープも売り切れだった。それで夜食に持ってきたオカカのおにぎりを焼き飯にして食わせたら、その子は笑った顔を見せてくれた……ってよ」
アーシャがレンゲを手に取り、焼き飯を食べ始めた。
「この味……懐かしいにゃ……。あの日、うちは義父ちゃんと大喧嘩して、家を飛び出したにゃ。もともと外で暮らしてたし、一晩くらいどうにかなるって思ってたけど、うちはすっかり弱くなってたにゃ。一人きりで石畳の上で眠ったら、今までのことは全部夢で……次の日の朝はボロをまとった、あの頃に戻ってる気がして……。どうしても眠れず、夜の街をさまよって……タイショに会いに行ったのにゃ」
「大喧嘩? 一体、何があったんだよ」
「義父ちゃんの財布からお金ちょろまかして、置き手紙を残してこっそり遠くの町に行こうとしたにゃ。荷物を背負って門から出てく所を、リンスィールに見つかって大目玉くらったにゃ」
レンは、呆れた声を出す。
「そりゃあ、怒られるに決まってる!」
「でも、うちは魔族にゃ。……前に、レンに話したにゃ? 魔族は絶望すると覚醒して、人格が変わってしまうのにゃ。そうしたら、近くにいる人が一番危ないにゃ。みんなが大切だからこそ、うちは近くにいない方がいいと思ったのにゃ」
「理屈はわからんでもないけども。やる事が勝手すぎるぜ」
と、コノミがごくりと喉を鳴らす。
「ううっ。オカカと海苔と焦げた醤油が、めっちゃプンプン良い匂いするよぉ……!」
アーシャはフッと笑うと、コノミの手を取ってレンゲを握らせた。
「コノミ、お前も食えにゃ。コノミにもこの味、知って欲しいにゃ」
「えっ、いいの!? ありがと、アーシャ。えっへへ。いただきまーす」
コノミは焼き飯をパクパクと美味そうに食べる。
アーシャは片手で頬杖をして、それを見ながら静かな声で言った。
「……この味を食べて、思い出したにゃ。うちは、タイショみたいな、強くて優しい大人になりたかったのにゃ。人を憎み、傷つける魔族じゃなくて……。タイショは鼻から黒い液体噴き出して笑われたくらいで、怒ったりしないにゃ」
「ふふ、そうだな。親父ならきっと、鼻からコーラ噴き出して笑われても、みんなが爆笑してるの見て釣られ笑いするだろうな」
「義父ちゃんも、リンスィールもにゃ。きっと二人とも、そんな事くらいで怒らないにゃ」
レンは首をかしげる。
「いやぁ……。リンスィールさんは、どうかな? あの人、意外と子供っぽいぞ!」
と、すっかり焼き飯を平らげたコノミが言う。
「あー、美味しかったニャ! でも、レンさん。レンさんのラーメン、チャーシューやメンマはともかく、普段はナルトも海苔もオカカも乗ってないじゃん? よく、都合よく材料あったねえ」
レンが感心した声を出した。
「ほう! お前、意外と観察力あるな……そうだよ。海苔もナルトもオカカもパックご飯も、アーシャに焼き飯を食わせるために持ち歩いてたんだ。どれも、日持ちする材料だしな」
それから頭を掻いて、苦笑する
「前に、親父の命日にこっちの世界で、縁のある人を集めて中華そばを食わせたことがあったんだ。その時、アーシャはいなかったからよ……。ちょくちょく日記には出ていたし、何か思い出の一品を食わせたかったのさ。本当はもっと、カッコイイ雰囲気でやりたかったんだけどな」
アーシャがレンの顔を見る。
「え。なんだ、そうだったにゃ? わざわざありがとにゃ。レン」
「いいってことよ。親父の供養だ」
アーシャは空になった皿を、カウンター越しにレンに返す。
「……タイショが作ってくれたご飯を食べてたら、義父ちゃんが来て黙ってうちの手を引いて、家に連れて帰ってくれたにゃ。後にも先にも、義父ちゃんと喧嘩したのはアレきりにゃ。それから何年も一緒に暮らしたけど、うちが心配するような『絶望』なんて、ただの一度もなかったにゃ」
彼女は立ち上がり、コノミの手を取った。
「コノミ、そろそろ帰るにゃ。レン、またにゃ」
「おう、またな!」
「レンさん、まったニャ~」
帰り道、コノミはずいぶん眠そうで、ウトウトしながら歩いていた。
その手を優しく引きながら、アーシャはポツリと呟いた。
「うちは、まだまだミジュクモノにゃ。もっともっと強くて優しくて、いつもニコニコ笑ってる、タイショみたいにならなきゃダメにゃ」
空には月が光っている。
いつかの空に浮かんでいたような、太陽みたいにまん丸な月だ。
それを見上げて、アーシャは笑った。
「見ててにゃ、タイショ。うちはもう、恐れにゃい。うちは、決して絶望しにゃい……うちは、うちの中の魔王を、ずっとずっと閉じ込め続けるにゃ!」
絶望の混沌が目覚めし時、最後の魔王は異界より来たりし『百の貌とひとつの名』を持つものと共にあり。彼らにより、この世界の命運決まる。
かつてこの世界を去った神が、最後に残した予言である。
それがいつか、何を意味するかは、まだわからない……。
予言は書籍版では一足早く、2巻で出ていましたね。
次回は、家でもできるあのラーメンです……!