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『ラメン』の発想法

 レンがフッと笑う。


「このラーメンに人生を救われたってんなら、もっとかもな……」


「もっと?」


 と、マリアが尋ねた。


「当時の俺は、屋台の営業権を賭けて『ご隠居』と呼ばれる爺さんと勝負をしてたんだ。死んだ親父の友達で、ものすげえ人脈の持ち主だよ。その人を納得させるラーメンが作れたら、商売を支援してもらえるって約束でな。その時、力を貸してくれたのがこのラーメンなのさ」


「ふうん。そのお爺ちゃんにも、このラメンを作って食べさせたのね」


「いいや。食べさせたのは、みんなご存じ『ベジポタラーメン』だぜ」


 私は首をかしげる。


「んんっ? ……だったら、今回のラメンとは関係ない気がするが」


 するとレンは、いつもの腕組み顎上げポーズで言った。


「いや、だからさ。澄んだスープにクリアな旨味。鶏ガラ昆布カツオブシ、ついでに化調も使わない。それと真逆の発想で作り上げたのが、沢山の食材をドロッドロに煮溶かして白濁した、旨味ゴッテリの俺のベジポタラーメンなんだよ」


 一瞬。息をのんだ後で、我ら四人は声をそろえた。


「「「「--~~そッッッ! そういうことかぁーーーー!」」」」


 こ、これがレンの世界でのラメンの発想法なのだなっ!

 とある料理にヒントを得て、同じ系統のさらに美味い料理を作る……これがいわば、『王道』のやり方である。

 けれども、それを(ねじ)ってまったく真逆の味を作り上げるという発想は、我々の世界の常識ではまだまだ追いつけない部分であった。


 なぜならば、王道では極められない『何か』を求めてこそ、邪道を進むことができるからである。

 いまだ王道の先すら見えない我らの世界では、そのような考えはなかなか出てこない。

 もっとも、レンに直接教えを受けたブラドは『異世界系ラメン』を、ジュリアンヌは『串焼き鶏チャーシュ』を作り上げている。


 レンのやり方を学んだ二人は、その才能をいかんなく発揮して彼を驚かせているのだ!

 やはり我々の世界のラメンが面白くなるのも、ここから、この先なのだろう。

 ああ早く、早く未来を見てみたいものだ……。私の胸は、トクトクと高鳴り始めていた。


 そんな私のトキメキをよそに、レンはスープの作り方の説明を始める。


「スープは、フレンチのフォン・ド・ヴォーを参考にした。クセの少ない子牛の骨、コラーゲン豊富で低脂肪の牛スジ肉。どちらも軽くローストする。それとグルタミン酸は、野菜を中心にとっている。タマネギはよく洗って、茶色い皮を残して入れる。同じく皮付きの大根とニンジン、キャベツの芯、表面を焼いた皮付きニンニク、生姜。香草類はローリエ、タイム、ローズマリー、青ネギ、セロリ。あとは干し椎茸に――」


「ドライトマト……だね?」


 そう私が言葉を挟むと、レンはニヤリと笑った。


「そうだ。材料が砕けてスープに混ざると、味も色も濁っちまう! だから食材は、目の細かいネットに入れて煮出すことにする。一度だけ沸騰させて、低温で四時間。五時間休ませて冷えた油を取り除き、また低温で三時間。加熱しすぎると、スープの色が濃くなるからな。途中で卵白を流し入れて、アクや雑味を吸着させる」


 ブラドが尋ねる。


「一回、沸騰させるのはなぜですか?」


「よく洗ったとはいえ、皮ごとのタマネギが入っている。それに今回のスープは、常温で持ち歩いて提供前に加熱する方式だ。雑菌が繁殖しないよう、しっかり熱を通す必要がある」


「なるほど」


「そうして作ったスープをさらに布で()して、白醤油とみりんで味を調え、香りづけに唐辛子を入れて、さらに五分加熱して味をなじませる。注文が入ったら鍋で温め、白菜や豚バラ肉と煮合わせて、茹で上げた麺の上から注いで完成だ」


 耳ざとく、私はレンが発した言葉を捉える。


「『シロショーユ』と『ミリン』か……さてはその調味料が、スープに不思議な甘味を与えていたのかな?」


「おおっ! さすがはリンスィールさん。あの甘味の特殊性に気づいたか。そうだよ。このラーメンを完成させた、最後のパーツがそいつだ」


 言いながらレンは、大きな瓶を二本カウンターに両手でドンと置いた。


「まずは白醤油。そして、こいつがみりん。本みりんだな」


 レンは小皿に、『シロショーユ』と『ミリン』を注ぐ。

 どちらも、黄色が掛かった褐色の液体である。

 私たちは順番に小皿を回し、チビリチビリと舐めてみた。


「ふむ? ショーユと言えば独特のしょっぱさとわずかな苦みが特徴だが、シロショーユは風味豊かで甘味があるな。ミリンの方は、もっとはっきりトロリと甘く、強めのアルコールを感じるぞ。果実酒のような味わいだ。そしてどちらも、すこぶる香りが良い!」


「醤油は大豆から作るが、白醤油はほとんど小麦が原料だ。せっかく綺麗なスープだから、色味を大切にするために白醤油を使った。みりんは、アルコールに米を漬け込んだ調味料。全体の統一感を甘味で底上げして、満足感を与えてくれる」


 レンはカウンターから黄色いメンを取り出す。


「麺は卵多め、つるみと食感重視だ。小麦の香りが強すぎると、繊細なスープの味わいを邪魔しちまうからな。もっと煮込みの時間を長くして、ついでに牛骨とスジから二番出汁もとって、茶色いコンソメスープに寄せた作り方なら、小麦感が強めでもいいんだが……それだと今度は、醤油の風味が活かせない」


「目指したのはあくまでも、牛出汁を使った優しい味のショーユラメンなんですね」


 ブラドの言葉に、レンは頷いた。


「その通り。コンセプトをブレさせないためだ。まあ残った牛スジは圧力鍋で煮込み直してカレーにしたから、無駄にはなってねえけどな。美味かったぜ、ワハハ!」


「おおっ。そ、それはそれは、実に美味そうだ……っ! 私もぜひ、食べたかったぞ!」


 私が悔し気にカウンターをドンと叩くと、レンはカウンターの向こうでゴソゴソやって、小鍋を取り出した。


「そう言うと思って、冷蔵庫に入れて持ってきた。四人前あるから、トロ火で温めてライスにかけて食ってくれ! ミニカレーとのセットなんてのも頭をよぎったが、やっぱり匂いが強すぎるから、今夜のラーメンと一緒には食わせられなかったんだ」


 オオオーッ! みんなで喜びの声を上げる。

 銀色に輝く小鍋からは、蓋ごしにも微かにカレーの匂いが漂ってくる……。


 オーリが言う。


「だったら今夜はみんなで『黄金のメンマ亭』に泊まって、明日の朝飯に食おうぜ!」


「いいですね、義父さん」


「わあ、楽しみだわぁ!」


「まさかキャンプの約束の前に、人生二度目のカレーを味わう機会があるとはなぁ」


 私がしみじみ呟くと、レンは白い歯を見せて親指を立てた。


「こいつはラーメンと関係なく、友達としてのお土産だ。……とまあ、今回はこんなとこだな!」

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「友達としてのお土産」って、なんか良いよね!
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