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【2巻11月1日発売】異世界ラーメン屋台、エルフの食通は『ラメン』が食べたい  作者: 森月真冬


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Another side 23 part3

 アリストテレスの冠は、超希少鉱物である『オルハリコン』で作られている。

 装着者の精神を増幅する冠は、この船シャン・グ・リラ号の制御装置であり、(きた)るべき月面着陸の際は、操縦桿(そうじゅうかん)の役割も果たす。


 スペアを作ろうにも、材料がない。

 というか、そもそも地上のタルタル=ヴォーデンが、遠く宇宙を漂うアリストテレスを実験の協力者に選んだのは、『宇宙までエーテル波が届くか?』のテストの他に、まとまった量のオリハルコンを持っていたことが大きいのだ。


 やがて、待ちに待った『味』の到着である。

 前回はアリストテレスで終わったが、制限時間の120秒より明らかに長く被っていたため、特例としてギルミアからのスタートだ。

 ワクワク顔のギルミアが、もちゃもちゃと口を動かし始めた。


「あ、熱い! やっと来たぞ! 次の味だッ! これはたぶん、魚介類だな。……えっと。なんだっけ、この味と香りは……? あ、そうそう! カニ、きっとカニだ! ……あ、いや、エビかなっ」


 それを聞いたアリストテレスは、白い頭蓋骨を項垂(うなだ)れて、あからさまに落胆した声で言う。


「なーんだ、エビか。やはり、前回の鳥と塩のスープではないのか?」


「違うな。明らかに別の味だ。何かを啜りこむ食感はよく似ているが、とても濃厚で、不思議な味付けで……ええと? とにかく、今まで食べたことない味だよ。表現のしようがない」


「ふうん。今回のラメンは、前ほどの美味さじゃないらしいね」


「いいや。そんなことない。すこぶる美味い」


「え、美味いのか……?」


「ああ、美味い! う、うま……うんまあっ! 脳と舌が痺れるようだッ!」


「ええーっ!? そんなにか!」


「なんだろう、この不思議な調味料は……? 食べたことない味だから最初は戸惑ったが、これはクセになる味だよ!」


 興奮したギルミアに、アリストテレスのテンションも上がった。


「おおーっ! それは楽しみだ……よし、ギルミア。120秒たったぞ。俺の番だ」


「ああ。アリストテレス、お前も味わってみろ」


「お、おおおっ、本当に美味い! 変わった味だが、奥深い。とはいえ、確かにこれは複雑というか妙というか、なんとも表現できない味であるなぁ!」


 二人は大騒ぎしながらも、ちゃんと仲良く代わりばんこで冠を被った。

 感じた味の詳細と実験結果をタルタルに送った後、二人はラメンについて話し合う。

 横長の耳をピコピコと動かし、ギルミアが言った。


「僕はたぶん、『ラメン』とは紐状の何かが入った、スープ料理全般を指すのだと思う」


「うむ。俺もそう思う。きっとパンとかスープのように、料理のカテゴリを指す言葉であって、特定の料理名というわけではないのだろう」


「味が変わるという条件を考えると、その日の余り物で作ったような、あり合わせの料理がラメンということかな?」


「いいや。あり合わせで適当に作ったと考えるには、料理のレベルが高すぎるのではないか? もっとも俺たちは、今の地上の料理を知らないわけだが……。とにかくラメンとは、『ひとつの呼び名で複数の味』が存在する料理なのだろう」


「例え百の味、まるで正反対の味であったとしても、呼び名は同じ『ラメン』になるわけだね。なんだか、不便な話だよ」


 二人はあーだこーだと議論を続けていたが、やがてギルミアがポンと手を打つ。


「よし、アリストテレス。僕は船に残った食材で、ラメンが再現できないから試してみるよ」


「食糧庫か。時間停止の魔術をほどこしてあったな。食べる者もいなくなって、ずいぶん経つが……肉や小麦、卵や野菜などもあった。だが、ギルミアよ。お前、料理はド素人だろう?」


 その言葉に、ギルミアは首を振る。


「あ、いや。素人だけど、まったく経験がないわけじゃないんだ」


「なに、そうなのか?」


「うん。生まれ故郷のエルフの里に、リンスィールって子がいてね。家系が近くて仲良くしていたんだが、ある時そいつが美食にハマった」


「グルメ好きとは、また変わったエルフだな」


 苦笑交じりのアリストテレスの言葉に、ギルミアも頷く。


「僕も同意見だよ。その頃は魔法大国ニルヴァーナに移住するため、定期的に行き来していたからね。外の世界の料理を作ってくれと、よくせがまれた。それで少しばかり料理を齧り、何度か手料理を作ってやったのだ」


「ふうん。ニルヴァーナの料理って、何を作ったんだ?」


「決まってるだろう。マギブレだよ」


「ああ……マギブレ」


 マギブレとは、魔法のパン(マギカ・ブレッド)の略である。油紙に包まれたペースト状のタネであり、魔力を注ぐとあっという間に膨らんでパンになる。

 人体に必要な栄養素を過不足なく含んでいて、これさえ食べていれば病気知らず。味も百種類以上あった。もちろん、この船にもたんまり積んである。


 アリストテレスがポッカリと空いた眼窩(がんか)を宙にさまよわせ、感慨深げにポツリと言う。


「……あの頃の俺たちは、マギブレが世界で一番優れた食べ物だと信じて疑わなかったな」


「実際、優れてはいたがね。マギブレのおかげで、ニルヴァーナの人々は炊事という面倒から解放された。肥満も栄養失調もいなくなり、皆が穏やかに暮らしてた。……だけどあのラメンという料理を味わった今、どうにもマギブレは子供騙しだった気がしてならんよ」


「俺もラメンを食べて、料理の本質は味だと思ったぞ。百種類以上の味などと謳っても、所詮は本物には敵わない。手軽さよりも、そこをないがしろにするべきではなかったのだ! ニルヴァーナが滅んでしまったのは、そういう小さな間違いを重ね続けた結果なのかもしれんな」


 それからアリストテレスは、やや呆れた声を出す。


「しかし、ギルミアよ……。お前、マギブレを料理経験として数えるのは、どうなんだ?」


「いやいや、作ったのはマギブレだけでないぞ! 他にも、ちゃんとした料理はいくつか作った」


「食べたリンスィールの反応はどうだったね?」


「どれも、エルフの里の料理よりは美味かったからね。物珍しさもあって、喜んではいたよ」


「そうか。では、本当に料理の経験はゼロではないのだな?」


「うん。食糧庫の備蓄(びちく)は、五十名近い乗組員が二十年は食べていける量だった。多少は減ったとはいえ、残りを一人で消費するとなると、まだ当分は持つだろう。栽培できそうなものは、船で増やしたっていいしな」


「それなら俺は、タルタル氏に『味の発信装置』の作り方を詳しく聞いて、レプリカを作ってみようと思う。俺はアンデッドだが、お前が味わいその味を俺に送れば、俺も同じ味を感じることができるだろう? 二人の意見をすり合わせた方が、より近いラメンが再現できるんじゃないか?」


「ふ、ふふふ。なにやら、胸が熱くなってきたぞ!」


「ああ。この退屈な船の中で、久方ぶりにお前とできる『新しい暇つぶし』が見つかったのだ。心躍ると言うものよ!」


 アリストテレスは、ポンと手を打つ。


「お、そうだ! そのリンスィール、エルフなのだろう? 不幸な事故など起こってなければ、まだ生きているはずだ。地上にいるタルタル氏に連絡を取り、探してもらおう」


 しかしギルミアは首を振った。


「いや、いいよ。僕は、ハイエルフという研究結果を女王のアグラリエル様に否定され、意固地になって里との連絡を絶っていた。みんな、僕がニルヴァーナの爆発に巻き込まれて死んだと思っている。今さら宇宙で生きているなどと知らせても、直接会うこともできないのにみっともないだけだ」


「……そうか。お前がそういうのなら、俺は何も言わんよ」


 複雑そうに言うアリストテレス。

 ギルミアはちょっと懐かしい目をして、唇の端を持ち上げ楽しそうにポツリと呟く。


「それにしても、あの『ラメン』という料理。リンスィールは、知っているのかな? もし食わせてやったら、大喜びするだろうなぁ」


 この船は、エーテルを燃料に進む。

 周囲にエーテルさえあれば、いくらでも加速可能であり、例え隕石がぶつかろうと幾重(いくえ)にも張り巡らされた防護結界によって、船内には衝撃ひとつ伝わらず、常に快適な環境が保たれる。

 しかし誤算は、宇宙にはエーテルが()()()()しない事であった……。


 エーテルとは、あらゆる空間に満ちるもの。

 いわば、世界が存在するためのエネルギー。


 それが常識であったから、初めて大気圏の外に出るまで『完全なる無の空間』なんてものがこの世にあるなんて、誰も気づかなかったのである。


 計算では、船が月につくまで残り三百二十四年。二人の旅は、まだまだ続く。

大変遅くなりましたが、今年もよろしくお願いします。

年末年始は体調不良、たぶんインフルエンザで寝込んでました……。


そういえば、異世界ラーメン屋台のコミカライズが始まってます!

https://comicpash.jp/episodes/3b8428e9a9596/


次は……「おいしい『ラメン』」です。

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― 新着の感想 ―
「家系が近くて」 ほう、いえけいが近くにあったのか……と一瞬読み違えたw
脳がしびれる調味料ってなんだろう、うま味調味料? コミカライズしてたのは知りませんでした。早速よんでみます。
更新ありがとうございます。 月まで300年…エルフでも厳しいですね。 年末年始は年越しラーメンセットを購入して幸せしてました(笑) けど人気店のチャーシューは知った瞬間予約しないと完売するのを知りまし…
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