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この世界の料理には

 私も頷く。


「うむ。本当に不思議だ……。私は、エビで一番美味い所は、頭だと思うのだがね。新鮮なエビの頭が安く売られてるなら、買う人が沢山いるのではないか?」


 というか、そんなものがあれば私なら喜んで買う。

 だけどレンは、首を振った。


「いいや。甘エビの頭は、一般家庭にはほとんど売れない。スーパーなんかに置いてあっても、みんな珍しがるだけで買わないんだよ」


「それは、なぜだね?」


「普通の人は甘エビの頭を使って、どんな料理を作ればいいのかわからないからだ。思いつくのが味噌汁、天ぷら、フライ……。まあ、それくらいだろう。それにある程度の量がないと、値段がつかないってのも大きい。いくら海老の頭が好きだからって、大きな袋一杯分も食いきれねえだろ?」


「な、なんともったいない! エビの真価は、頭にこそあるというのに。私なら袋一杯のエビの頭くらい、あっという間に食らい尽くしてみせるぞ」


 レンは苦笑する。


「リンスィールさんや、オーリさんならな。エビ頭の1キロやそこら、色んな料理を作って、あっという間に食っちまうよな。でも、一般人はそうはいかない。それに業者としても小分けで売るより、一度に大量に売っちまった方が管理が楽だろ? なにしろ剥き海老を売れば売るだけ、エビの頭も出ることになる。いつまでも冷凍庫に、積み上げておけねえ。だから主な販路(はんろ)は、安定して大量に仕入れる企業や、俺たち飲食店ってことになる」


 オーリが感心した声を上げる。


「それにしてもラメンの食材にゃ、本当になんでも使えるんだな……。エビの頭だって、話を聞く限りじゃ、本当は捨てられる部分だろ? おかげで家庭じゃ滅多に使えない食材を、安く仕入れて美味い料理が作れるんだから、料理人にはありがてえこった」


「いわゆる、ウィンウィンの関係ってやつだな」


 ブラドが言う。


「スープは、トンコツで割ってましたね。ミソともよく合いますし、エビの味とも喧嘩してませんでした。むしろ両者が調和してて、まろやかな後味で手が止まりませんでしたよ」


「エビは、全身が筋肉だ。脂身がほとんどない。だからエビミソとミソだけだと、ラーメンのスープにするには、ちょっとアッサリしすぎちまう。ソーメンみたいなプツプツした細麺なら、それでも合うんだが……今回みたいな加水率そこそこで太さもある麺だと、どうしても油っ気が必要になってくるんだよ」


「エビの足りないところを、トンコツが(おぎな)ってくれるわけですね! もしかしてアジタマやアゲダマを乗せたり、チャーシュが脂身の多い部分なのも、同じ理由ですか?」


「ご明察(めいさつ)だ。どちらも『ボリューム感』を出すためだな。ただしトンコツスープで割った分、エビの風味も弱まることになる。それをカバーするため、エビの殻を煮た蝦油(えびあぶら)を表面に浮かせた。エビ出汁(だし)の抜群の香ばしさと、具材や豚骨のこってり感。そこに味噌のもつ発酵食品特有の強いコクが重なることで、エビミソラーメンは強烈な個性を持った一杯になるのさ!」


 レンは顎上げ腕組みポーズで、ニヤリと笑った。


 な、なんという工夫の連続だろう……!

 当たり前だが、私はレンやタイショに会うまでは、この世界の料理が遅れてると思ったことなど一度もなかった!

 しかしニホンの料理を知れば知るほど、『到底勝てない』という敗北感が積みあがっていく……。


 レンの世界の料理は、深い知識と多大な経験、そして緻密(ちみつ)な計算に裏打ちされいる。

 私はその秘密のひとつが、レンの持つ『ツイッター』とかいう薄い板にあるのではないかと(にら)んでいた。


 報せ鳥より早く、姿も見せずに一瞬のうちで相手の元へと文字を走らせる、光る板。

 どのような仕組みで動いているのか皆目検討もつかぬが、あのような便利な道具があるならば、世界中の人間と料理について議論したり、レシピを交わして改良したりが可能なはずだ。未知の食材や希少な食材の情報も、すぐ手に入るに違いない。


 もちろん、イタズラ半分で嘘やデマを流す奴もいるだろうから、誰でも書き込めるというわけではないだろう。

 おそらく厳しい免許制で、なおかつ社会的にそれなりのステータスを持ってる人間だけが使えるのだと思う。

 レンのように優秀な料理人ならば、情報を書き込むのは自由自在というわけだ。


 もしも、この世界にも、そのような仕組みを作れたら……?

 公園にある掲示板のように、世界中の人間が自由に読めて、素早く情報をやり取りできる装置を作れたらならば。

 きっと我々の世界の料理も、レンの世界の料理に追いつき、追い越す日さえ来るのではないだろうか……?


 もっとも、そんな妄想を実現できる力、私にない。というか、そんな装置を作るために、何から手を付けていいのかわからない。

 私はエルフで、まだ数百年の寿命があるはずだが、残り全てを研究に捧げたとしても、到底実現できるとは思えない。

 まあ、『トロールの頭では百年考えても鹿を捕る罠ひとつ作れぬ』とも言うしな(エルフの言い回しで『下手の考え休むに似たり』の意)。

 美食を味わう舌や知識に多少の自信があるとはいえ、しょせん私は凡人である。

 いずれどこかの天才がそんな仕組みを作ってくれるのを、ただ祈るばかりであった。


「じゃあ、今日はこんなとこだな。次のラーメンは、また三日後だ」


 レンのそんな声が聞こえ、私はふと我に返る。


「おおっと、そうだった! 次はショーユラメンだったね。シオやミソのように、また新たなる側面を見せてくれることを期待しているよ」


「おう。期待していて、待っててくれや」


 私たちは互いに「おやすみ」と言い合い手を振って、今夜も満ち足りた気分で帰路についたのであった。

異世界ラーメン屋台の2巻は、11月1日発売、コミカライズは12月中の予定です!

また近くなったらしっかり告知します。

小説はがんばって追加エピーソド書きました。

見てもらえたら嬉しいな。

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― 新着の感想 ―
[一言] まぁ、一部の嗜好の人間だけに売れるものは、一部のみでしか置かないよね……レシピ見ながらじゃないと作れない料理なんて、人間毎日は作れんのよなぁ。 まぁだからこそ、そう言うのを出してくれるお店…
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