Another side 22
次は……香ばしきあの『ミソ』!
遠くそびえる『フシの山』。
そこに伸びる一本道を、ダルゲとミヒャエルは口をあんぐり開けて見ている。
「な、なんやこら、ごっついのう! のう、ミヒャはん。この真っ直ぐな一本道、どうやってつくったんやろ?」
「さあ? 聡明で博識なあっしにも、とんと見当がつかないでヤンスよ!」
「お嬢、ヴァナロでのこと全部話してくれたわけちゃうからな。なんで風邪ひいたかぁーとか、口ごもってわてらに教えてくれへんかったし」
「なんにしても、この道と山を見られただけでヴァナロに来た甲斐があったでヤンスねえ!」
そんな風に言い合ってる二人に、サラは言う。
「帰りの集合は、明日の夕方ね。あんたたち、今夜の宿はどうするの? こっちの通貨持ってないでしょ」
己のボロボロのトランクをポンと叩き、ミヒャエルが得意げに言う。
「心配ご無用でヤンス。ファーレンハイトの工芸品を仕入れてきたから、売りさばいて金にするでヤンス」
「ふうん、用意いいんだ。じゃ、私は友達んち行くから。バイバーイ!」
そう言うとサラは、スタスタ歩いて行ってしまった。
残された二人も、いつまでも景色を見てても仕方ないので、街に入ることにした。
一目で外国人とわかる異様な彼らを、ヴァナロの人々は遠巻きに見ている。
ダルゲもミヒャエルもそれに気づかず、キョロキョロと辺りを見回していた。
「お嬢の言った通りや! 何もかもが木でできとるで!」
「火事になったら一瞬で燃えちまいそうな街でヤンスなぁ……」
「みーんな黒髪で、赤毛や金髪が一人もおらんのも妙な感じや」
「エルフもドワーフもビーストもホビットも、全然いないでヤンス!」
「男も女も、着てる服がヒラヒラしとる。袖といい足元といい、引っかかりそうで危なっかしいのう」
「あんな服着てて、動きにくくないんでヤンスかね?」
好き勝手を言いながら観光を楽しむ二人に、後ろから声がかかる。
「あのう、もし。お二人は、外国からいらした方ですよね?」
振り向くと、そこにはカラフルな着物に腰に刀を下げた、十代半ばほどの美麗な集団がいた。
「ええ、そうでヤンスけど」
「わてらになんの用や?」
二人がそう答えると、集団は手を取り合って歓声を上げる。
「わあ、やっぱりそうでございました!」
「海外からのお客様です!」
「ヤンス、ですって! 初めて耳にする言葉使いです」
「今度は、失礼のないように接しましょう!」
キャアキャアとかしましい中、一人が進み出て頭を下げる。
「お騒がせして、申し訳ありません。私はリューミンと申します。実は私たち、海外のお話にすごく興味があるのです。よろしければ、少しお時間を頂けませんか?」
ミヒャエルとダルゲは顔を見回せ、それからニンマリ笑って頷いた。
「も、も、も、もちろんでヤンスよ! 大歓迎でヤンス! あっしはミヒャエルでヤンス」
「わいは、ダルゲっちゅーもんや。こんな可愛い子となら、おしゃべりくらいいくらでもしたるで!」
聞けば、リューミンたちはこれからレンたちが伝えた、『ラメン』を食べに行く途中であった。
ダルゲとミヒャエルも食べに行きたいということで、一行は自己紹介を互いに交わし、ラメンを提供する近くの食堂へと場所を移して、リューミンたちのおごりで食べながら話をすることになる。
ミヒャエルとダルゲはズルズルと啜ってモグモグ噛んで、それぞれに感想を言う。
「おお、美味いでヤンス! これがジュリ様のお手伝いした、ヴァナロのラメンでヤンスか。スープとメンが別々の『ツケメン形式』、あっしも食べるのは初めてでヤンス」
「ミヒャはん。鶏の串焼きチャーシュもごっつう美味いで! このミシャウって調味料、ちょっとクセがあるけど牡蠣の風味とよく合っとるのう」
リューミンが尋ねる。
「ミヒャエル様。あなた様はもしかして、『えるふ』の血が入っていらっしゃるのでは?」
「えっ!? そ、そうでヤンス。よくわかったでヤンスね!」
リューミンはケラケラと、楽しそうな笑い声をあげて言った。
「わかりますよ! そのように尖った耳の者は、ヴァナロ人にはおりませんもの」
ミヒャエルもつられ笑いし、頬を染める。
「ウッシシシ。あっしの顔の美しさにとらわれず、エルフの血を見抜いたリューミンちゃんは慧眼でヤンス!」
と、エデンが首をかしげた。
「ダルゲ様も、お身体がとても大きくていらっしゃる。他種族の血が入っておられるのですか?」
ダルゲは、口に入れかけてた麺を吐き出す。
「ぶは!? う……わ、わては……そのう。えっと。……オ、オークや。ご先祖様に、オークがいたんや」
「まあ、『おーく』ですか! 豚や猪のような姿で、身体の大きな種族でございますね!? そう言えば、お鼻が上を向いていらっしゃいます。少し、お身体に触っても?」
「あ、ああ。かまへんで」
「失礼いたします」
ダルゲが頷くと、エデンはペタペタとダルゲの身体に触れた。
「確かに。私たちとは、骨も肉も違っていらっしゃいます」
他の子たちも、我先にとやってきて、ダルゲの身体を撫でさすった。
ダルゲは、信じられないと言った顔で呟く。
「わ、わし、初対面の娘にオークの血が入ってるって言って、嫌な顔されなかったん初めてや!」
「うふふ。嫌な顔などするものですか。猪が嫌いな者なんて、この剣の都にはおりませんよ」
別の一人が言う。
「オークは、苛烈で攻撃的な種族と聞いております。しかし、強者には礼を尽くし、受けた恩は忘れない一面もあると。数は少なくとも、人間社会に受け入れられたオークもいると聞きました」
「そやで。わいのご先祖様もそうだったんや! けっこう有名な絵描きでな。せやから、わいも絵を趣味にしとるっちゅーわけや」
言いながらダルゲは、懐からお絵描き帳とインク壺、ペンを取り出す。
お絵描き帳は藁半紙のチラシを麻糸で縫い付けた粗末な品だが、ペンは最新型で白金製のペン先を使った高級品だ。
ダルゲはページをペラリとめくり、サラサラとペンを走らせてエデンの似顔絵を描くと、そのページを破って渡した。
「ちょいな、ちょいな~……と。どや? 上手いもんやろ」
「わあっ! こ、これ、頂いてもよろしいのですか?」
「ええで。そんなんでよければ、何枚でも描いたるさかい」
「ねえ、ダルゲ様。こちらのページに描かれているのは、もしかして外国の街並みですか?」
「せや。それは、ファーレンハイトの時計塔からの眺めやな。こっちは、王様の住んどるお城やで」
「すごい! 皆様は、このような場所で暮らしておられるのですね!」
絵とは言え、初めて目にする外国の街並みに、みんな大興奮である。
と、リューミンがミヒャエルの隣に腰かける。
「あれ? リューミンちゃんは、もう絵を見なくていいんでヤンスか?」
「リューミンは、ミヒャエル様ともっとお話しがしたいです。ミヒャエル様のお話、とっても楽しいです。首都では今、どのような小説が流行っておりますか? 気になる噂話などございますでしょうか」
ミヒャエルとダルゲは顔を見合わせ、涙ぐみながら言った。
「ダルゲ……。ヴァナロに旅して、大正解でヤンシたなぁ~!」
「ミ、ミヒャはん。わい、生きててよかったわ!」
その後、ミヒャエルの持ってきた工芸品を売り払い、たんまり軍資金ができた彼らは、リューミンたちの案内で観光や食べ歩きをする。
夕方にはリューミンたちと別れて、温泉で汗を流し、適当な宿を見つけて買い込んだヴァナロの酒を飲み交わして夜を過ごした。
次の日の早朝には市場を見物し、初めての海鮮に舌鼓を打ち、昼前にリューミンたちと合流して、また遊ぶ……。
そうして楽しい時はあっという間に過ぎ去って、サラとの約束の時間である。
「う、うううう。リューミンちゃん。あっし、お別れするの寂しいでヤンスよ!」
「わいもやで。みんなみんな、ええ子たちやった……。また必ず、遊びにくるからのう」
「いつでも遊びに来て下さい!」
「頂いた絵、大切にいたします!」
ダルゲやミヒャエルだけでなく、リューミンたちも別れに涙ぐんでいる。
どこか間の抜けた二人組も、彼らにとっては優しくて面白い、外国のおじさんなのだった。
と、リューミンがミヒャエルの前に歩み出て、ペコリと頭を下げた。そして片隅にレンゲソウが押し花された、紙の束を差し出す。
「ミヒャエル様、お願いがございます。もしよろしければ、私にお手紙を送っていただけないでしょうか?」
「えっ、あっしなんかの手紙が欲しいんでヤンスか!?」
リューミンはニッコリと笑う。
「はい。ミヒャエル様のお話は、とっても楽しくていらっしゃる。リューミンは、もっともっとミヒャエル様とお話がしたい。日々の暮らしで楽しかったこと、辛かったこと。なんでもかまいません。時には、悩みも打ち明けあえたらと思います」
サラが目を丸くした。
「あらま! いいじゃない。私、月に一、二回くらい、ヴァナロに来てるし。そのついでに渡してあげるから、やりなさいよ」
ミヒャエルは頷く。
「わかったでヤンス。あっしら、今日からペンフレンドでヤンスね」
「あと、そのう……。ダルゲ様は、ミヒャエル様を『ミヒャはん』と呼んでおいでですよね。リューミンも、ミヒャル様を『ミヒャ様』とお呼びしてよろしいでしょうか……?」
「えっ!? も、もちろん、まったく、ぜんぜん、かまわないでヤンスよ!」
「うふふ。では、これからリューミンのことは『おリュー』とお呼びください。お手紙、お待ちしております。それではごきげんよう、ミヒャ様」
「ご、ご、ご、ごきげんよう、でヤンス! ……お、おリューちゃん」
互いに別れを告げ合って、三人は転移魔法陣に乗る。
すると一瞬で空間を跳躍し、真夜中のファーレンハイトに到着した。
「ほな、サラはん。あんがとな! わてら、屋敷に戻るわ」
「またヴァナロ旅行の時は、送迎お願いするでヤンスよ。今度はそれなりにお礼するでヤンスから、ぜひヨロシクでヤンス」
「おっけ、わかったわ。じゃあね」
サラが手を振ると、二人は背を向けて暗い路地を歩きだした。
「お嬢、次はいつ休みくれるんかのう……?」
「ジュリ様は気まぐれだから、わからないでヤンスねえ」
「なんやいつもの街並み見たら、わい急に腹減ってきたわ!」
「あっしもでヤンス。今ならまだ、イトー・レンのヤタイがいるはずでヤンスよ」
「そらええで! 最後にうまいラメン喰って帰ろ、ミヒャはん」
「どんなラメンだったか、この時間は睡眠中のジュリ様への土産話にするでヤンス」
去りゆくミヒャエルの背中を見て、サラはいやらしく笑った。
「東方の女装少年と外国のおじさまの文通か……いやぁー、妄想が捗るわー。うひひー」