まだ、足りない
沈み切った私の顔を見て、レンが首を傾げた。
「お? どしたよ、リンスィールさん?」
悔しさをにじませながら、私は答える。
「ふっ……レン、君が羨ましいよ。私は、君やタイショたちのいる世界に生まれたかった。そうすれば私も、数多のラメンを生涯かけて食い続けることができただろうに……」
するとレンは、こともなげに頷いて見せた。
「ああ、なーんだ。もっと別の味のラーメンが食ってみたいのか? そんなら、俺が作ってやるよ」
私は驚いて立ち上がる。
「な、なにぃっ!? レン……君は……そんなことができるのかい?」
レンはあっさりと頷く。
「できるぜ。ほら……前に言ったろ? 俺は今まで、色んな有名店で修業してんだよ。もちろん、完コピは無理だけど。かなり近い味のラーメンなら、再現できる。もっとも、材料の調達や仕込みに時間がかかるから、すぐにってわけにゃいかねえけどな」
感激しながら私は叫ぶ。
「お、おおー! それは素晴らしいっ! レン、ぜひとも頼むよ、この通りだ! 私に、もっともっと色んなラメンを食べさせてくれ!」
レンは、親指を立ててニカっと笑う。
「ああ、任せときな! 極上に美味いラーメンを食わせてやるよ」
私たちのやり取りに、ブラドがフフッと笑った。
「どうやら僕ら、タイショさんのラメンを追いかけるあまりに、固定観念にとらわれていたのかもしれませんね……」
オーリがしみじみと、
「まあ、それも仕方ねえさ。タイショのラメンは、本当にすごかったからなぁ」
そう言った後で、こう続けた。
「それにさ。やっぱ俺っちは、タイショのラメンが一番好きだな。だってタイショのラメンは、毎日食っても飽きなかったもんよ」
かつての日々を思い出し、私も頷いた。
「確かに。レンのラメンは美味いが、毎晩となると少し重いだろう」
ブラドも遠慮がちに言う。
「僕もひとつ、気になってることが……このラメンは、インパクト抜群で素晴らしいです。だけど……レンさんのラメンには、タイショさんのラメンから感じた不思議な『何か』が、まだ足りない気がします」
私は顎をなでる。
「何かが足りないか……ふむ?」
実を言えば、私も何か足りない気はしたのだ。
とても美味かった。感動もあった。驚きもあった。
だが、ラメンを食べた時の充足感というか……後味的な、何かが。
今思えば、それが彼のラメンを認めるのを、最後まで妨げていた気がする。
レンが眉根を寄せた。
「毎日食べるってことで言やあ、確かにこいつは向いてねえが……でもよ。俺のラーメンだって、親父のラーメンに味で負けてると思えないぜ」
レンの言葉に、私たちは力強く同意する。
「ああ、味では全く劣っていない! それに君のラメンには、タイショのラメンに負けないほどの驚きと感動が詰まっていた」
「レン、お前さんのラメンはとんでもなく美味えや! だけどもやっぱ、タイショのラメンにゃ妙な懐かしさがあってなぁ」
「はい。僕たちが言いたいのは、ラメンの味が下という意味ではないんです……」
「レンさんのラメン、こってりしてて大好き! あたしはタイショさんのラメンより、こっちのが好みかも……でも言われてみれば、少し物足りない気もするのよねえ」
お世辞ではない。全員がそう思い、真剣な表情で語っている。
味では負けてないと知ったレンは、やや安心した顔をしたが、それでも謎は解けないままだ。
「……四人とも親父のラーメンと比べ、俺のラーメンに物足りなさを感じている……? これは、好みの問題ってわけでもなさそうだな。一体、何が足りないってんだ?」
ブラドは悲しげな表情をした。
「それがわかれば苦労ないですよ。だってそれは、僕のラメンにも足りないものなんですから。それが見つけられれば、僕のラメンもタイショさんのラメンに近づけるんですが……」
レンは月を見上げて、考え込む。
「この世界のラーメンや、俺のラーメンに足りなくて、親父のラーメンにあったもの……そして毎日食べても飽きないような、そんな懐かしくて不思議な何か……だと?」
と、しばらくしてからレンが、ポンと手を打った。
「あーっ! わかったぜーっ!」




