レンの予告
「ちょっと、お父様ーっ!? レンは悪くないって、あれほど何度も申し上げたでしょう! なのに、彼が謝罪に来てるって一体どういうことですのーッ!」
と、叫びながら入ってきたのはジュリアンヌだ。
彼女は固く握手を交わすレンと父親を見て、目を丸くした。
子爵はニッコリと笑い、ジュリアンヌに言う。
「おお、ジュリアンヌ。今、レンさんにお前のことをよろしくお願いしていたところだよ」
彼女の顔がボッと赤くなった。
「や、やややややァっ、やめてくださいまし、お父様! そんな、恥ずかしい! それじゃあたくし、まるっきり子供扱いじゃありませんの!? あたくし、王都でトップクラスのお店を経営していますのよ!」
レンと子爵が突っ込みを入れる。
「いや、ジュリアンヌ。店は関係ねえよ。お前はまだまだ子供だろ」
「レンさんのおっしゃる通りだよ。お前は行動も危なっかしいし、大人のレディとは言えないね」
私もウンウンと頷いた。
「そうだぞ。エルフの十四才など、親と同伴でないと里の外にも出してもらえないのだからな」
ジュリアンヌが地団太をダンダン踏む。
「エっルっフっの、話は……どぉーーーでもいいんですわーッ! どうせ長命種の社会なんて、百歳になっても『お前はまだまだ半人前』とか言われるんでしょう? あたくしたちは百年たったら、とっくにヨボヨボのお婆ちゃまかゾンビですわよ!」
「むっ。そ、それは確かに、その通りだが……。どうでもいいなんて、そんな言い方。ちょっと酷いじゃないか」
私は、すっかり拗ねてしまった。
そんな私たちを見て、レンは笑い声をあげる。
「あっはっは! まあ、なんだ。ジュリアンヌに風邪を引かせた手前もあるし、お前の親父さんにも一度会っときたかったしな。来ないわけにはいかなかったのさ」
ジュリアンヌは鼻を鳴らし、それからチラリと横目でレンを見た。
「ふん。……で、レン? 今日は、あたくしにお勉強させてくれますの?」
「いいや。悪いな、ジュリアンヌ。今夜には日本に帰らなきゃだし、お前に修行つけるのはまた今度にさせてくれ」
「そ、そうですの……。なら、仕方ありませんわね」
あからさまにガッカリしたジュリアンヌに、レンは言う。
「まあでも、昼の予定は特にないからな。お前のラーメン、食べさせてもらうのも悪くねえ。……席、二つ用意できるか? リンスィールさん、一緒に食ってくだろ」
ラメンと聞いて、私は機嫌を直す。
「もちろんだとも! このところ『無敵のチャーシュ亭』では鴨ラメンばかり食してたから、ノーマルなラメンは久しぶりだなぁ」
ジュリアンヌも高笑いを上げる。
「オーッホッホ、あたくしにお任せなさいですわ! お二人のために、特等席をご用意して差し上げますわよ! オーホッホッホォ!」
私たち四人は、今日も深夜の路地を行く。
道の向こうのヤタイの光が見えると、マリアがダッと駆け出した。
「レンさーん! こんばんは。お部屋、綺麗に掃除してお花も飾ってあるから。いつでも泊まりにきてね!」
「おう、こんばんは。リンスィールさんたちも、いらっしゃい。今日のラーメンは、塩ラーメンだ」
レンは、はしゃぐマリアに挨拶をすると、次いで私たちも迎え入れた。
ブラドが椅子に座りながら言う。
「わあ、シオラメンですか……! また、あの芸術的な貝のスープが味わえるなんて、嬉しいなぁ」
「というか、予告しとくぜ。この次と、その次に出すラーメンは、味噌ラーメンと醤油ラーメンになる」
私も椅子に座りながら、声を上げる。
「ほほう! 塩、ミソ、ショーユか。確か君の世界では、その三種はトンコツと並んで最もメジャーなラメンだったな」
「そう。昔は町の中華屋なら大抵どこでも食べられる味だったし、インスタントラーメンの売り上げもこの三つがトップになる。みんなが食った塩、味噌、醤油も、まあ塩は少々上品すぎたり、味噌の具は元祖から多少外れちゃいたが、いわゆるスタンダードに寄せた正統派の味付けだった」
探るようにオーリが言う。
「……と言うことは、今日の塩ラメンは正統派じゃねえ。そういうことかよ?」
「ふっふっふ。さあ、どうだろうな」
レンは意味深な笑みをニヤリと浮かべると、ラメン作りに入った。
湯を沸かしメンを茹で、スープを温める。鍋からは良い匂いが漂ってくるが、別に初めて嗅ぐような、変わった匂いはしない。
やがてラメンが完成し、人数分のドンブリが置かれる。
ドンブリを引き寄せると、入っていたのは期待通りの透き通ったスープのラメンであった。
メンは細くてストレート。スープの色は以前よりもさらに透明に近く、底まで見通せるほどである。まるで金色の霧がドンブリに溜まっているようだ。美しい!
ヤクミは青い部分がごく少量。メンマは太目が数本、チャーシュはおそらく豚か。低温で蒸されたものらしく、白とピンクの中間色だ。黄色いメンマと緑のヤクミが、淡い色合いの中で美しく映える。
さらに特筆すべきは、油である! 前回のシオラメンは表面にキラキラした丸い油がいくつも浮いていたが、今回のシオラメンは大きな油の層がトロリと膜を張っている……。
さて。外観についてはこれくらいでいいだろう。ワリバシを割ると、さっそくメンをひと啜りっと。
ズルル、チュルルー。
お、おおおおおっ!? こ、これは……鶏だッッッ!
濃厚な鶏の旨味が口いっぱいに広がる!
期待していた魚介は一切感じられず、ただひたすら、全力で鶏である!
なんだ、鶏か……と侮るなかれ。この鶏の旨味は極上である!
スープは熱々、大量の油の層で守られているため、まったく冷めずに火傷しそうなほどだ。
この油、おそらく鶏の脂を煮だしたものだが、嫌な臭いはまったくしない。じんわりじっくり舌に染み込み、どこまでも奥深く味わい深い鶏の旨味を感じさせてくれる。
なのに見た目通り一切の雑味がない味わいで、喉にスルンと落ちていき、後味は実にスッキリと軽い!
メンは平べったく、やや白い。カスイリツ高めでチュルチュルプチンとした滑らかさ、熱々のスープでも伸びにくい。細めなので、油たっぷりのスープがよく絡む。
そのまま飲むとやや濃い目のスープだが、弾力のあるメンと噛み締めると濃から淡へと、口の中で見事な変化を見せてくれる。『淡』で終わった後口に、鮮烈なのが次の一啜りで飛び込むシャキシャキの青いヤクミの辛味だ。
チャーシュは薄切り、肩ロース。表面は炙ってあって香ばしく、しっとり柔らかな赤身と甘くとろける脂身のバランスがいい。メンマは熱々のスープでよく熱せられ、コリコリとホグホグの中間の歯ざわりだ。やや酸味のあるタケノコが、わずかに残る鶏の脂を洗ってくれる。
それにしてもこのスープ、本当にすごいな!
以前のシオラメンはハマグリの美味さを中心に、いくつもの旨味を緻密に計算して組み立てた、繊細で芸術的なスープであった。
しかし、こちらにあるのはただ一本。鶏の美味さが、ドーーーンと大きくそびえ立っている!
私はすでに、チキンスープの最高峰を味わっていた。
レンの作ったワンタンメンだ。
丸鶏の旨味にコンブことナガカイソウ、香味野菜やフルーツの爽やかさをショーユのしょっぱさで引き立てたあのスープこそが、最高のラメン・スープだと思っている……。
けれど『鶏の旨味』という点ならば、このスープはレンのワンタンメンよりもさらに数歩先にあった。
一体、どうすればこんなにクリアで強烈な旨味の鶏スープが作れるのだ!?
ううむ……? こ、これほどの旨味、鶏ガラでは絶対に出せまい。
となるとやはり、丸鶏を使ってるのは間違いなかろう。
そして濁りがないスープなのだから、もちろんトリパイタンでない。
し、しかし、いくら低温でもこんなに油が浮くほど鶏を煮だしたら、ギトギトでしつこい嫌な後味になるはずだが……?
わからんッッッ! ちっともわからん!
ただ、ひとつだけわかることがある。
それは、このラメンに使われている鶏は、なにか『普通ではない鶏』ということだ。
やっと目当ての塩ラーメン屋に行けました!
★★★★★
面白いな、続きが読みたいなと思ったら、ブクマや評価、いいねをしてただけたら嬉しいです。