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【2巻11月1日発売】異世界ラーメン屋台、エルフの食通は『ラメン』が食べたい  作者: 森月真冬


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Another side 21 part3

 ふみが生まれた大正時代は、今からおおよそ百年前だ。


 彼女の背格好からいって、おそらく死んだのは十代後半だろう。

 それから、ずっと……誰とも話せず、何十年も。

 見知らぬ世界を、ただひたすらに彷徨(さまよ)い続けた……。


 そんな果てしない孤独と自己研鑽(じこけんさん)の末に、生み出されたのが『かつて日本をドッカンドッカンと笑わせたギャグ』と同じだったのは、とんでもない不幸というか、()()()()()()()()でしかない。


 レンは屋台の椅子を地面に置くと、静かな声で呼びかける。


「おふみ。座ってくれないか?」


「あ、はい~」


 ふみは、素直に腰かけた。

 レンは調理台へと回り、コンロの火をつけながら言う。


「言いたいことがたくさんあんだけど……俺、ラーメン屋だからよ。色々と上手く言えねえんだ。おふみにどう言ったらいいのか、わかんねえ。ただ、お前に俺のラーメンを無性に食べてもらいたくて、仕方ないんだ。食ってくれないか?」


「わぁ、ラーメンですかぁ~!? すっごく食べたいです~!」


「おう! 今すぐ腕によりかけて、極上のラーメンを作ってやるよ」


 しかし、ふみは残念そうな声を出す。


「でもでも~、わたし幽霊なので~。残念ながら、食べることができないんですよ~」


「えっ? 物を掴んだりできるのに人に触れたりできるのに、食べるのは無理なのか?」


「はい、無理ですね~。何度か挑戦したんですけど、パンとか手で掴めても、口に入れようとした瞬間にストンと落ちちゃうんです~」


 レンは、少し考えた後で言う。


「うーん。あの世のシステムは良く知らねえけど……。お供え物とか、そういうのがあるじゃねえか」


「それも無理かと~。ほら、お供え物って、普通は死んだ場所とかお墓とか、あるいはお仏壇(ぶつだん)とか~。『その人と繋がりのある場所』でやるものじゃないですか~? わたし、ご覧の通り死んだ場所を離れて、フヨフヨしちゃってるので~」


「ああ、そっか。……なんだ。俺のラーメン、おふみに食べさせてやれないのかよ」


 レンは寂しそうに呟くと、コンロの火を消して黙り込んでしまった。

 ふみは、慰める口調で言う。


「レンさん~! どうか、お気になさらずに~。その気持ちだけで、わたしすっごく嬉しいですから~」


 だけど、レンはうつむいたままだ。

 しばらくして彼は、絞り出すような声を出す。


「……おふみ。俺は……俺はよ、ラーメン屋なんだ。俺は……ラーメン屋なんだよ! だから俺は……お前にっ! ラーメンを作ってやることしか、できねえんだッ!」


 レンは真っ暗な路地を駆け出した。


「あっ!? ちょ、ちょっとレンさん~! どちらに行かれるんです~?」


「すぐ戻る! 悪いけど、屋台を見ててくれっ!」


 そのまま行ってしまう。

 で、『すぐ戻る』と言ったのに、レンはなかなか戻ってこなかった。

 遠く白み始めた空を見て、ふみは呟く。


「レンさん、遅いなぁ~。あ~、朝が来ちゃう……太陽の光、ニガテなのに~」


 と、やっとレンが息を切らせて、通りの向こうから戻ってきた。


「ハァ、ハァ……お、お待たせ」


 レンは調理場のザルとオタマを手に取った。

 彼はカウンターへと回って、ふみの前に立つ。


「おふみ。今、どんなラーメンが食いたい?」


「どんなラーメン……ですかぁ? そうですねえ。やっぱり普通の中華そばが一番食べたいですねえ~! ピーンと真っ直ぐな細麺の、透き通った醤油味です~。焼き豚、カマボコ、青ネギに、あっ、多めのシナチクと、海苔に小松菜も載ってたら嬉しいです~!」


「おお……。昭和初期のラーメンにしては、やたらと具を盛ってきたな。とにかく、わかった。ストレートの細麺にクリアなスープ。メンマ多めに、チャーシュー、ネギ、海苔と青菜にカマボコのトッピングだな」


 レンは息を整え、目をつぶる。

 何かに集中しているのだろうか……?

 その額に、汗がじんわり浮いてきた。


(ささや)き……詠唱(えいしょう)。祈り、念じろっ!」


 そんな声と同時に、空中に光の丼が現れる!

 レンはザルやオタマを振るい、何もない場所から次々に麺やスープ、具材を生み出していく。

 やがて出来上がったのは、キラキラと光る白い湯気を上げる、一杯の醤油ラーメンだ……ちゃんと多めのメンマに、チャーシュー、ネギ、カマボコ、海苔と青菜も入っている。


「わあ、ラーメンだぁ~! す、すごいです~ッ! これ、手妻(てづま)じゃないですよね~!? どうなってるんですかぁ~?」


 目をまん丸くするふみに、汗を拭いながらレンは言う。


「さあな。詳しい事は、俺にもわからん。だけど、どうだ? おふみ。それなら食えるんじゃないか?」


「こ、これを……? はい~、試してみます~」


 ふみは恐る恐るラーメンに近づくと、懐から細長い物を取り出した。

 扇子である。それを落語をやる時のように、箸に見立てて右手に持つと、光の丼に突っ込んでツイと口元に手繰り寄せる……。


 本来、レンの『魔法のラーメン』は見せかけだけのはずである。

 物質ではない。質量がないから、触れることはできない。動かせもしない。

 だけど、食べる側が霊体である。

 そして何より、レン自身が『食べさせたい』と強く願ったこと……。


 その二つが合わさったことで、奇跡が起きた。

 キラキラと光る麺が、ふみの口へと吸い込まれていく。

 おふみは見開いた目をギュっとつぶり、さも美味そうにズズズ、ズズッと啜る音を立てる。


「どうだ? 美味いか?」


「はい、とっても美味しいです~! ……と言っても、本当に味を感じるわけじゃないですけどねえ」


 そう言った後で、嬉しそうに、ゆっくりと味わうように、もぐもぐ口を動かした。


「だけど、レンさんがどんな想いでこのラーメンを作ってくれたのか、わたしにどんな味を食べさせたかったのか~……そういう感情が流れ込んでくるんですよ~。あああ、本当に美味しい~!」


 ふみは扇子を上下させ、どんどん麺を吸い込んでいく。

 青菜や海苔なども空中へと舞い上がり、口にスルスル入っていった。

 やがて麺と具材がなくなると、ふみは丼の縁に口をつけてて啜った。

 ズズズ、ズズズ。ズズズッ。何度も何度も、美味そうな音を立てて啜る。

 スープがなくなる。それと同時に丼の色も薄くなり、全ての存在が消え失せる……。


 空中には、もう何も残っていない。

 あるのは虚空だけだ。代わりに、ふみのお腹が膨れてる。

 その腹をさすりながら、ふみは言った。


「ああ~。食べ始めは、十杯でも二十杯でもペロリといけちゃうと思ったのに~! ……やっぱり……やっぱり、一杯で十分だなぁ~!」


 ふみは実に嬉しそうに、ニコニコとレンに笑いかける。


「だって~! だってだって、たった一杯で~! こ~んなに美味しくって! こ~んなに熱くって! こ~んなにお腹いっぱいになっちゃうんだもん! すごいなぁ、ラーメン! ああ、あああ~、満ち足りたなぁ~。幸せだなぁ~……わたし今、心の底から幸せです~」


 そう言うと彼女の姿は、朝日に溶けるようにしてスゥっと消えてしまった。

 レンは(まぶ)し気に目を細め、朝焼けの空を見つめて言う。


「……へっ、おふみ。()っちまったか」


「あ、いいえ~。まだ、成仏してません~」


 首筋に、凍える冷たさの声がかかる。


「うっおおー!?」


 レンは飛び上がった。

 振り向くと、そこには朝日に照らされてニコニコ笑うふみの姿があった。

 ふみは自分の和装メイド服を指さして、得意げな顔で言う。


「めいど、どうも~。幽霊冗句(ジョーク)です~。面白かったですか~? わたし、何十年も幽霊やってるんですよ~。朝日に照らされたくらいじゃ、あの世に行けません~。ちょっと体が重たくなるくらいです~」


「…………」

 

「いや~、でもレンさん~。本当に天にも昇る味でした~。冥途(めいど)の土産に、良い物食べさせていただきましたぁ~。メイドだけに~。あっははは~」


 楽し気にパタパタ手を振るふみを、レンは胡散臭(うさんくさ)げにジロジロと見て言う。


「……なあ。この世界の幽霊って、みんなお前みたいにやかましいの?」


「あ、いえ~。わたしはかなり特殊みたいです~」


「そうなのか」


「はい~。言葉が通じないのは、そうなんですけど~。他の幽霊の皆さん、そもそも話しかけても反応がなかったり、存在感が薄くって生きてる人には干渉(かんしょう)できない霊体(ヒト)がほとんどですね~」


「ふうん。そういう感じなのは、おふみだけなのか……なんでだ? 異世界から来たからかな」


「たぶん、わたしの生い立ちが関係あるかと~」


「生い立ち? どういうことだ」


「レンさん、恐山(おそれざん)って知ってますか~? わたしの家系、代々イタコだったんですよ~。わたしも小さなころは千里眼(せんりがん)を持っていて、失せ者や探し人の依頼をよく受けてました~」


 レンはウンウンと頷く。


「あー、はいはい。生きてるうちに霊能力があったタイプか。貞子(さだこ)パターンね」


「貞子さん~? それ、どなたです~」


「俺のトラウマの女だよ。ったく、あんな怖えもんテレビで流しやがって! 俺はあいつのせいで、オカルト関係がダメになったんだ。二度と見たくねえ」


「わあ! な、なんだか罪作りな方みたいですね~! キャ~」


 ふみは勝手な妄想をしてるのか、嬉しそうにキャアキャア言い出した。


「とにかく、おふみ。もう朝だし、お前こんなとこにいたら騒ぎになるだろ。また話し相手が欲しかったら、いつでも付き合ってやるからよ」


「はい~。それではレンさん、ごきげんよう~。ありがとうございました~」


 ふみはすっかり白んだ空に浮かびあがると、フヨフヨどこかへ行ってしまった。

 レンも呆れたようにため息を吐くと、屋台を引いて歩きだしたのだった。

地上波で偶然やってたリングの映画を見て、小説の螺旋とループを買いました。

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― 新着の感想 ―
[一言] リングの最初の犠牲者が竹内結子ww デヴューこれかな?
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