Another side 21 part2
ふみは、エヘンと胸を張る。
「よくぞ聞いてくれました~! わたくし、生まれも育ちも青森のむつ、大正六年二月三日生まれです~。生まれの月日が二と三で、二三なのですね~。女だてらにお笑いでの立身出世の夢を胸に、上京してきたハイカラ娘です~」
「ハイカラって。もはや死語だぞ、死語」
ハイカラの語源はハイ・カラー。
明治後期に流行した言葉で、和服とは違う『高く立った洋服の襟』を指し、転じて新し物好きや洗練されたデザイン、流行の品を言う。
なお、反対語は『野蛮なカラー』でバンカラだ。
「それで、おふみ。どうして、こっちの世界で幽霊やってるんだ?」
「はい。わたし、帝都で住み込みの女中やってたんですけどね~。ある日、旦那様がお小遣いをくれたんです~。そのお小遣いで浅草で落語を見て中華そば食べて、さて帰ろうかなって思って角を曲がったら~……なんと~! 見たこともない街中に立ってたんですよ~」
レンはパチンと指を鳴らす。
「なるほど。生きてる間に、こっちの世界に来たってわけか!」
「最初はわたし~、寝てる間に外国に連れて来られちゃったのかと思ったんです~。だって、周りみんな異人さんだし~。言葉も通じないし~。そうこうしてるうちに、戦争みたいなのが始まっちゃいまして~……慌てて森へ逃げたんですけど、ちっちゃい緑色の餓鬼みたいなのがワラワラ出てきて、捕まっちゃって~」
「ちっこい緑の餓鬼……。ゴブリンかな」
「五分刈り? 頭はツルツルでしたよ~。レンさん、知ってるんですか~?」
「ゴブリンだよ。実際に見てはねえけどな。エルフもいるしドワーフもいる。ダークエルフもオークも、ドラゴンもクラーケンもいるとなりゃ、ゴブリンも当然いるだろう。それからどうした?」
「で、わたし、暗い洞窟の中に閉じ込められて~……そいつらに何日もいたぶられて、い、虐められて……。わたし、食いしん坊だったから、お腹が空いて空いて~。そしたらあいつら、腐った肉みたいなのを無理やりわたしに食べさせるんです~」
突然、ふみの首がガクンと折れる。
「それがもう……本当に酷い味で。糸を引いてて、臭くって。口に入れると、ドロドロのジャリジャリで……それを何度も食べさせられて、その度に吐いちゃって。なのにあいつら、わたしが苦しむのを見て、笑ってたんです~……。ああ……ああああッ! あいつら、あいつら、あいつらっ! 許さない許さない許さない! 絶対に絶対に絶対に絶対に、許さない許さ許さ許さ、ないないないないない……! イッ、キィッ、ヒッ、ヒィィィイッ」
ふみの声の調子が変わった。
引きつるような悲鳴と共に、目がグルグルと高速で回転し始める。
「お、おい。おふみ?」
「……こ~れは、この世のこぉとなぁらず~……死ぃ~出の山路の裾野なぁる~、さぁ~いの河原の物語~……聞~くにつけても哀れなぁり~……」
ふみの口から、子守歌のような奇妙な旋律が流れ始めた。
轟々と音を立てて上空を真っ黒な雲が流れ、石畳の下でカチャカチャと何かが蠢く音がする。
それに伴い、周囲の闇からゾッとする気配が集まりだした。
目には見えない。形はない。だけど、間違いなくそこにいる……そんな気配だ。
レンはふみの目の前で手を振って、必死に呼びかける。
「おい、ふみっ! おふみ! ふみちゃん!? おーい! やめろ! こええっ!」
しかし、ふみはまるで反応せず、歌を口ずさみ続けている。
マズい……。何かわからないが、このまま放って置くと取り返しがつかないことになる!
レンはとっさに屋台に飛びつくと、ラッパを手に取り思いっきり吹き鳴らした。
チャラリ~チャラ~ッ♪ チャラリチャララァ~~~♪
「ハッ!? チャルメラの音色……? えー、チャルメララッパとかけまして~、冬の夜の火の用心と解きます~」
明るい声に、レンは慌てて聞き返す。
「そ、その心はッ!?」
「どちらも、ケイカイ(軽快・警戒)な音を響かせるでしょう~! キャハ、アッハハ、ケラケラケラッ」
ふみは楽しそうに肩を震わせ笑った後、顔を上げて首を傾げる。
「えーっと。アレ? わたし、どこまでお話しましたっけ」
「…………おう」
レンは、このニコニコと笑う青い女が人間とは違う存在なのだと実感し、冷や汗を垂らす。
彼はふみの死の瞬間を避けるようにして、話を進める。
「おふみ。お前、自分が幽霊になったって、いつ気づいた?」
「はい! もう気が付いたら幽霊になってた、って感じですねえ~。フワフワと宙に浮いてて~、手足が透き通ってて~。閉じ込められてた檻も、スッと通り抜けできちゃって~。で、地面を見たら、わたしをいじめてたゴブガリ? とかいうやつら~。あいつらみんな、目や耳や鼻や口から血を噴き出して全滅してたんです~……一体、何があったんですかねえ? 疫病ですかねえ。怖いですね~」
「へ、へえ……。全身から……血を……」
レンはゴクリと唾をのみ込んだ。
「幽霊になって、まずやろうと思ったのが日本に帰ることでした~。とにかく、東へ東へと~。太陽が昇る方向を目印に、ひたすらフワフワ進むことにしたんです~」
ふみは、ちょっとだけ宙に浮かんで見せると、空の上を指さして言う。
「で、まあ~。眠くもならないしお腹も減らないわけで~。はっきりとはわからないんですけど、大体二、三十年くらいですかね~? 砂漠を越えて、海を越え~。ようやく日本っぽい場所にたどり着いたんですけどね~。そこにはなんか、日本人っぽいようで、日本人じゃない人達が住んでいて~……喋ってるのも日本語と違ってて~。でもでも、富士山あるしで~。……わたし、ああ、別の世界に来ちゃったんだな~って、やっとわかったんです~」
「そっか。マジで大変だったなぁ。同情するぜ! で、おふみ。親父とは、どんな話をしてたんだ?」
「え? 親父さん……ですかぁ~?」
「ああ。伊東大勝。俺の前に屋台引いてた、ラーメン屋だよ。タイショって呼ばれてて、ねじり鉢巻きで二十年くらい前にこの路地にいた……いやいや、知らないわけねえだろう!?」
しかし、ふみは困ったような顔で首を傾げる。
「と、言われましても~。わたし、この街に来たの、ごく最近ですから~。その方とはお会いしてません~」
「な、なにっ!? お、親父とは会っていない……?」
「はい。そもそもこっちの世界で日本語が通じたの、レンさんが初めてです~」
「え。こっちの世界で喋ったのも、俺が初めて?」
「ええ、はい~」
「え? えええっ? じゃ、じゃあ、あれは? あのガッビョーンってギャグ……?」
「あれは、皆さん言葉が通じないので~。面白い動きと響きで、お客さんを笑わせようかな~って、一生懸命に考えた冗談です~」
「鼻に親指つけて、ニャハニャハってやつは!?」
「それもおんなじです~。言葉が通じなくてもああいうのやると、笑ってくれるんです~。みんな、わたしを見たらすぐ逃げちゃうんですけど~。迷子の子供とかアレやると、キャイキャイ笑ってくれて~。ホント可愛いんです~」
「アッと驚く~ってやつは?」
「レンさん、全然笑ってくれないので~。動きで笑わせる路線は諦めて、なにか面白いことを言おうかと~。とっさにわたしの好きな浪曲『清水次郎長』の『アッと驚く為五郎~』を改造して、ふみ五郎~にしました~」
「だったら『変なオバケ』は、どうやって思いついたんだよ!?」
「女中仲間で沖縄出身の後浜門カナちゃんって娘と、わたし仲がよかったんです~。一緒に梅酒飲んで酔っ払った時、カナちゃんが『ハイサイおじさん』って唄を歌いまして~。それがとっても面白かったので、笑える寸劇にしたんです〜」
「ちょっと訛ってたのは、なんでだ?」
「わたし、青森出身なので~。最初のうちは訛りがきつくて、人様に笑われてたんですね~。あんまり訛ってると何言ってるかわかんないですけど、ちょっと訛ってるくらいなら逆に面白いかな~って〜」
「…………全部、パクリじゃなかったのかよ」
「パクリ? パクリと~、何を食べるんです~?」
あけましておめでとうございます~。
今年は辰年、ラウ(龍・拉)麺でございます〜。
美味しいラーメン、天にもお昇る味でしょう〜。
おあとがよろしいようで〜。