有耶無耶な『ラメン』
などと、つい憤ってしまったが。
よくよく考えたら、チャンポンは何も悪くない。
悪いのは、勝手な垣根を作って区別している我々だ。
曖昧模糊、ごちゃまぜ、別物……。それらについて考えた時、私はふと先ほど出会った大錬金術師のタルタルと、その助手のセリを思い出した。
セリは、『世界で唯一の意思を持ったホムンクルス』だ。
というのも、セリが生まれた時とまったく同じ手順でホムンクルスを作っても、その後の誰一人として……製作者であるタルタル自身でさえも、意思を持ったホムンクルスを生み出せなかったからである。
孤高の天才錬金術師であるタルタルには、対等に話せる友人というものがずっとおらず、心を許せるのは異世界からやって来たタイショだけだった。
タルタルと違ってタイショは人当たりの良い男だったが、料理の天才だったことには疑いがない。
雑多な材料から価値ある一品を作り出すという点において、料理と錬金術は少し似てる。
同じ天才同士、通じ合う何かがあったのだろう。
あまり言葉を交わさずとも、二人の間には『絆』と呼べる確かなものがあったようだ。
タイショが消えてタルタルは、錬金術以外の全てに興味を失った。
青白い顔で世を拗ねたように研究に没頭し、ろくに食事もとらずいつ寝てるのかすらわからない……。
会うたびに目の隈が濃くなって痩せゆく彼を心配して、私やオーリは食事や遊びに誘ったが、すげない態度で断られ続けた。
そんな時に、セリが生まれた。意思を持ったホムンクルスだ。
フラスコの中で言葉を覚えたセリは、外の世界で動ける身体を欲した。
タルタルにとってセリは、人生最大の成果である。
すぐさま願いを聞き入れて、巨大なガラス瓶でセリの体液を培養し、毒や病気の抵抗力を魔術で付与した大きな身体を作ってやった。
自由に動けるようになったセリは、錬金術の本を読み漁りタルタルの実験を手伝って、彼の人付き合いや寝食を管理した。
フラスコから生まれたセリは、タルタルの良き理解者、最高の助手となったのだ!
セリは人間ではない。
己の古い身体を捨ててホムンクルスへと記憶と魂を移したタルタルもまた、もはや人間とは呼べないだろう……。
人に良く似ている。だけど、人ではない。別物である。
彼らも不確かで、寄る辺のない曖昧模糊とした存在だ。しかし、私は彼らを知っている。
二人の感情や人格を、共に泣き、笑い、悩み、怒り、過ごした時間を知っている。
私はドワーフが好きではないが、親友のオーリは大好きだ。
所属や肩書は、たんなる看板に過ぎないのだ。
レンのチャンポンの味を思えば、チャンポン風ラメンがどれだけ美味いかも想像がつく……。
なにせチャンポン風ラメンは、ほとんどチャンポンなんだから。
そうだ。チャンポンだろうがラメンだろうが、美味けりゃどっちでもいいではないか!
私は大きく頷いて、声を出す。
「よし、わかった! レン、先ほどの質問は取り消そう」
「そ、そうか。そうしてもらえると気が楽だよ」
レンは、鼻の頭をポリポリと掻いて言葉を続けた。
「逆に、マズけりゃよかったんだけどな……。よっしゃ、俺がちゃんとしたラーメンに仕上げてやる! って燃えたろうぜ。だけど、煮込まなくっても麺が違くても、問題なく美味いからなぁ……いじりようがねえんだよ」
オーリが言う。
「ラメンシェフのお前さんが、俺らにラメンじゃなくてチャンポンを食わせたのは、そういうワケか……レン。おめえ、麺を変えただけとか煮込まなかったとか、そういう小手先の違いじゃ納得できなかったんだな?」
レンも頷く。
「ああ、そうだ。俺は、チャンポンをラーメンに改良できなかった。どうしても『これぞラーメン!』って、納得のいく形にできなかったんだ。だから仕方なしに、みんなにチャンポンそのものを食べさせた」
マリアが驚いた声を出す。
「わあ! レンさんにも、できない事があるのねえ!」
レンが苦笑する。
「当たり前だろ。というか、できない事ばかりだよ。カレーラーメンだって、ラーメンとしては不十分だったしな。俺はまだまだ、未熟者だ」
そう言ってからオッと何かに気づいた表情になり、得意げにニヤリと唇の端を持ち上げる。
「……つまりだ。俺は、ちゃんぽんに敗北したのさ。今日の『一杯』は、俺の『一敗』だな!」
ヒュルルと晩冬の風が吹く。
上手いことを言ったつもりのようだが、レンの『ニホン語ジョーク』は誰にも受けなかった。
ブラドとマリアはキョトンとするだけだし、ニホン語が得意な私とオーリも、さして面白いとは思えなかった。
うーむ。もっとニホン語が堪能になれば、今ので爆笑できたのだろうか……?
冷たい沈黙を打ち破るように、真っ赤な顔をしたレンはゴホンと咳払いする。
「こほん。え、えーっと……とにかく! 今夜はこれで終わりだぜ。また、三日後に会おう!」
皆が帰った後も、私だけはヤタイに残った。
今夜はまだ、やるべき用事があるからだ。
レンの注いでくれた黄金エールを飲みながら、私は彼と言葉を交わす。
「……というわけでだね。ヴァナロでジュリアンヌ嬢が作った、例の串焼きチャーシュ。あれは彼女が一人で考え出したものではなく、私の著書を通じて君が今まで作ったチャーシュを参考に、そこから逆算して導き出されたアイデアだったのだよ」
「なるほどなぁ。ジュリアンヌにしてはできすぎだと思ってたけど、そういうことかよ」
「レン。これを聞いて、君はジュリアンヌ嬢の評価を落とすかね?」
レンは平然と首を振る。
「いいや、全然。むしろ、あいつが天才的な閃きタイプじゃなくて、理論を踏み台に答えを出す、秀才タイプだって知れて安心したぜ! 俺が教えてやれることが、まだまだありそうだからな」
そんな風に話していると、近づいてくる足音が三つ。
「……おや? 噂をすればだ」
私が言うと同時に、高笑いが響く。
「オーッホッホッホッホォ! お久しぶりですわね、イトー・レェーン!」
「よう、ジュリアンヌ。もう身体は大丈夫なのか?」
ジュリアンヌは生意気そうにフンと鼻を鳴らし、腕組みをして顎を上げると甲高い声で言った。
「おあいにく様! あたくし、あの程度でどうにかなるほどか弱くありませんの。もう、元気いっぱいピンピンしてますわよ」
と、ダルゲとミヒャエルがやれやれと言った感じで言う。
「お嬢。病み上がりなんやから、無理したらあかんで」
「そうでヤンスよ、ジュリ様。今日だって、昼過ぎまでベッドから動けずにいたでヤンショ?」
「う、う、う、うるさいですわねっ! 余計なこと言うんじゃないですわよ! 心配されてしまうでしょ!?」
私は自分の座ってる場所を横にずらして三人分の席を空けると、彼らを手招きして言った。
「君たち、そこは寒いだろう。こっちに座りたまえよ。今宵はレンが、美味いラメン……もとい、チャンポンを食べさせてくれるぞ!」
ジュリアンヌも復活!