二つの条件
「みんな、食べ終わったようだな。ちゃんぽんの味はどうだった? 食った感想を聞かせてくれよ」
レンの言葉に、私たちはそれぞれが言う。
「メンと具材、スープを煮合わせることで、強烈な一体感が生まれていたね。最初は不思議な作り方をするな……と思ったが。食べて納得の味だった!」
「イカや貝、エビだけでなく、豚肉まで入ってるんだからよ。たっぷりの具材で、俺っちワクワクしっぱなしだ! 具だくさんってのは豪華でいいよな。ガッハッハ!」
「イカを使ったラメンと言えば、前に僕が作った『イカ干しラメン』があります。しかしこちらのラメンは、それとはまた違った魅力を見せてくれました……山海のエキスの溶け込んだまろやかな白濁スープには、大いに感動しましたよっ!」
「お野菜が甘くって、シャキシャキで。焦げた匂いが香ばしくって。ボリュームたっぷりなのに、全っ然しつこくなくて! 『ジロウケイ』より食べやすいし、あたしチャンポンすごい好きかも」
レンは何度も頷いた。
「うんうん。まずはみんなに、言っておきたいことがある。実はちゃんぽんってのは、厳密に言えばラーメンじゃないんだ」
オーリが素っ頓狂な声を出す。
「はぁー!? いやいや待ってくれよ、レン! チャンポンが、ラメンじゃねえだって……? そんなこと言われても、俺っちには納得できねえっ。『ペジポタケイ』や『ツケメン』、『ヒヤシチューカ』だってラメンなんだろ? なんでチャンポンは違えんだ!」
私もすぐさま加勢する。
「そうだぞ、レン。私にも、チャンポンとこれまでのラメンは、そこまで離れてるように感じられぬ。今までのラメンと何がどう違うのか、ちゃんと説明してくれたまえ」
するとレンは、指を二本立てた。
「ちゃんぽんとラーメンの違いは二つだ。まず、ひとつ目。ちゃんぽん麺は中華麺と違って、かん水の代わりに唐灰汁って材料が使われる。二つ目はさっきリンスィールさんが指摘した、作り方だよ」
マリアが首を傾げた。
「作り方……ですって?」
「ああ。ほら、ラーメンは麺を茹でてスープに入れて、上に具材を乗せる料理だろ? 対してチャンポンは、スープで具材と麺を煮込む。つまりは『合わせ料理』ってことになる」
ブラドがポンと手を打った。
「な、なるほど……! 材料や作り方が違えば、『いくら似ててもそれは別物』というわけですね。僕、納得しましたよ」
レンはニヤリと笑う。
「と、思うじゃん? ところがだ。本場である長崎はともかく、実は日本全国で食べられてるちゃんぽんのほとんどは、さっき言った二つの条件が守られてねえんだ! まず、麺について。俺が食った限りじゃ、『ちゃんぽん』の名を冠してても、実際には普通の中華麺を使ってる店ばっかだな」
「ええっ!? な、なぜですか?」
「唐灰汁麺は、希少性が高いからだよ。唐灰汁を扱うには、専用の免許が必要なんだがな。この免許を持つ製麺所は、長崎県にほんの数軒しかないらしい……当然、日本全国の店に届けることはできない。だったら手に入れられない店は、ラーメンの麺で代用するしかねえだろ」
私は釈然としないものを感じて、口をはさむ。
「そ、それはそうだが……。しかしながら、メニューに『チャンポン』と書いてあるのにメンが別物では、食べた客が怒りだすのではないかね?」
その疑問に、レンは首を振った。
「いいや、そうでもない。なぜかというと、ちゃんぽん麺はどちらかといえば柔らかめの麺だからだ。昨今の主流はコシが抜群にある、ハードな歯ごたえの麺になる。だから本場の味を知らない客には、むしろ中華麺の方が好まれるんだ」
マリアが顎に人差し指を当て、思案顔で言う。
「んー。私もプリプリのメンが好きだから、チャンポンのメンは柔らかくって、最初の一口、二口くらいは、少し茹で過ぎに感じたわ。ま、食べてるうちに気にならなくなったけど」
私も声を上げた。
「へえ! 君たちの世界では、柔らかいメンは人気がないのか。私は、柔らかめのメンも好きだがなぁ。エルフの里の『トマトラメン』も同じようなメンだったし、柔らかいからと言って、味が落ちるわけではないだろう」
「そうだよ。柔らかめだからって、美味さが落ちるわけじゃない。だけど人気があるのは、圧倒的に固い麺だ」
ブラドが尋ねる。
「レンさん。その理由はなんですか?」
「理由は色々とあるが、ひとつが時代の流れだな。柔らかい麺ってのは、『国が貧しかった時代』の名残があるのさ」
「国が貧しかった時代、だと……。それはつまり『昔のニホンが貧しかった』、という意味かね?」
私がそう聞くと、レンは頷く。
「ああ、その通り。その昔、日本は戦争に負けて食糧難になっちまった。そういう時代は、とにかく食って生きてくことが先だからな。味や品質は二の次で、安くて古い小麦が温度管理もされてない船で、大量に送られてきたんだよ」
オーリが顔をしかめて言う。
「そりゃあ、よくねえ! 古い小麦は、力いっぱい捏ねても生地が全然まとまらなくってよう。ようやく形になったと思ったら、茹でるとプツプツ千切れちまうんだ」
「鮮度が落ちた小麦は、グルテンの性質が変化してまとまりづらくなるからな。それをなんとか生地にしようと、カン水や重曹を入れまくる。……輸送だって、今より発展してなかった。製麺所で作った麺が店に届くのに、数日かかるなんてのもざらにあった」
今度はブラドが声を上げる。
「数日もですか!? メンを寝かせるって意味では、時間を置くのは悪くありません。だけど、湿度と温度が管理されてないんじゃ、ただ乾燥してマズくなるだけです」
「戦後の日本にゃ味も香りも抜け落ちた、なんとも薬くさいフニャフニャの中華麺がありふれてたんだ。しかし技術の進歩と品質の向上によって、麺は格段に美味くなった! 客の多くは真新しい食感のコシのある麺を求め、人気店も歯応えのある麺ばかりになった。で、それが二十年も続けば、若い世代にとっては『麺は固めが当たり前』って認識になっちまう」
エルフ以外の種族にとって、二十年は世代が交代するのに十分な時間だ。
レンの話を聞いて、私は頷く。
「な、なるほど。それでは柔らかいメンを、物足りなく感じるのも当然か……! メンについては、よくわかったよ」
「それじゃ、次は二つ目。『煮合わせる』という工程について。これも守ってない店が多い。というより、守れない店が多い、というべきか。これは特に、『ちゃんぽん専門店』で起きる問題なんだけどな」
「えっ。専門店なのに、逆に調理方法が守られてないんですか? スープでコトコト煮るのなんて、手間と時間ががかかるだけで、特別な材料も技術も必要ないと思いますが」
レンは、ブラドの顔を見て逆に問いかける。
「ブラド……もし、お前の店でちゃんぽんを出すことになって、昼の忙しい時間に立て続けに注文が入ってきたとする。手が空いてるのはお前だけなら、どうやるよ?」
「うーん、そうですね。火元の数は限られてます。それに続々と入る注文を別々に作り始めても、全ての鍋の火加減を完璧に見て、メンや具材の煮え具合を管理するのは不可能だと思います。僕なら大きな鍋を使って、一気にたくさん作りますね」
「そう、大鍋で一度に作るよな? だけど三人前や四人前ならまだしも、十人分の麺や具材を同じ鍋で煮て、それを完璧に十等分できるか? しかも一度だけじゃなく、毎日毎日だ」
「そ、それは……無理ですね。チャンポンは具材の種類が多いですし、スープも濁ってます。沈んでるメンを完璧に分けるなんて、できるわけありません」
レンはヤタイのフックに掛けてある『テポザル』を手に取り、メンを入れる仕草をしながら言った。
「そうだ。モタモタしてたらスープが冷めるし、麺も伸びる。だからラーメンと同じように、ザルで個別に麺を茹でて丼に入れておき、上から具材と煮合わせたスープをかける方式になる。このやり方なら、麺の量は均一になる……。スープはオタマで掬えばやはり均一だし、具の方も目で見て判断すれば、完璧じゃなくってもある程度は平等に分けられるだろ?」
だが説明を聞いても、ブラドは不満そうである。
「は、はい。お話はよくわかりました。でも僕は忙しさを理由に作り方を変えてしまうのは、やっぱり納得できないなぁ……。なんだか、手抜きしてるみたいですよ!」
次は…曖昧模糊な『ラメン』(予定
曖昧なまま別れたあのキャラも出てくる(予定
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