ごちゃまぜの『ラメン』
ワリバシを突っ込みメンを引っ張り出すと、現れたのは『ミソラメン』くらいの太さのメンだ。ちぢれてはおらず、真っ直ぐでストレート。食べてみると、なにやら独特の風味が香る。
色も少し違うな……白っぽい。
今までの太メンはツルツル、プリプリした口当たりだったが、『チャンポン』のメンは一緒に煮込まれたことでスープを吸い込んでおり、表面は膨らんでくったりしている。
グミグミとした硬めの噛み心地の『ジロウケイ』や『ツケメン』とは違い、コシはあるがやや軽く、ムッチリサクリといった感じである。
ふむ? メンと具材が完全に混ざっているので、ワリバシで持ち上げるだけで色々な味が口に入ってくるぞ!
この雑多な雰囲気は、食べ崩れた『ヒヤシチューカ』の後半や『サンマーメン』を思い出すな。
だがとにかく量も種類も多いので、メンを啜るというよりも、具と半々で食べてるようだ……。
エビやイカ、アサリの身を噛みしめると、魚介の旨味がじんわりと溢れ出る。
薄切り肉は、豚肉か。脂の旨味がたまらんなッ!
特徴的な風味のシメジとニンジン。甘くてシャキシャキのコーン。
爽やかなサヤエンドウに、スープの染み込んだクニクニのナルト。
キャベツやタマネギ、モヤシは強火で炒められていて、端っこが焦げている。それがほどよく煮込まれて、シャッキリとクタリの中間だ。
こんがり焼けた野菜というのは、強い甘みとわずかな苦み、そして格別な香ばしさを出す。
いわゆる、『焦げ味』と呼ばれる味である。
大きな焦げ味は料理を壊すが、適量ならばこれほど食欲を誘うものもない!
肉料理にソテーしたタマネギなどを添えて出すが、あれなどが良い例だろう。
スープの出汁は、鶏ガラと豚骨。白濁するまでじっくり炊いて作られてるが、臭みはまったくなく、驚くほどまろやかで優しい味だ……。
やや強めの塩気を感じるが、メンが太めなのとたっぷりの野菜で良い感じに中和され、クドくない。あっさりしつつもコクがあり、舌をじんわり蕩かしてくれる。
具材を炒め煮にしたことで、イカやアサリ、エビなどの海鮮のエキス、野菜の甘さと焦げ味、豚肉の脂身がスープに溶けだして奥行きを与え、ゴマ油の豊かな香りとコショウの刺激が全体の味を引き締めて、得も言われぬ絶妙のハーモニーを生み出して……いやはや……いやはや。
いやはや、いやはやッ!?
こんなになんでもかんでも具材を入れては、味が濁って取っ散らかるのではないかと思ったが、とんでもないっ!
海辺の町にはタマネギやイモ類とイカにエビ、貝や魚をたっぷり入れて、ミルクで煮込んだシチューがある。だけど普通、肉までは入れない。ヴァナロの海岸で食べられていた、色んな魚をミシャウで煮込んだ『浜鍋』も同じである。
なぜなら海産物の出汁だけで、十分な旨味が出るからだ。
というか豚肉や鶏ガラまで入れたら、肉の脂と魚の風味が喧嘩して、クドさと雑味が出てしまう。
しかし、このスープは鶏ガラと豚骨で出汁を取って乳化させ、炒めた野菜と魚介を具材として煮合わせ、そのスープでメンを煮るという、二重三重の工夫をしている。
手間暇をかけているのだ。
もしもチャンポンが『全ての材料を鍋に入れて火に掛ける』なんて、雑で乱暴な作り方だったら……。
きっと最初に想像したような『取っ散らかって濁った味』となってしまい、このような完成度の高い料理にはならなかったろう。
チャンポンはメンとスープ、そして具材に、今までにない強い一体感があった。そして次から次へと新しい味がやってきて、どれだけ食べても食べ飽きない。
まるであらゆる命が生まれて萌えて、花々の咲き乱れる春の野原のように賑やかなラメンだった。
見た目も、それに違わぬ美しさである。
クリーム色のスープには、若草色のキャベツ、紅いエビに純白のイカ、色鮮やかな黄色のコーンと朱色のニンジン、緑のサヤエンドウにナルトのピンクの指し色と、心躍る色使いだ。
私はここに、あらゆる物が入り乱れた『混沌の美』を見出した。
人は誰でも『規則正しく整ったもの』を美しいと思う。だが、それとは別に不揃いの美、ごちゃまぜの美もあるのだ。
だけどそれは一見すると混沌としてるが、全体をよく見れば『バランスのとれたもの』でなければならない。
真の混沌は、人には理解不可能なのだから。
つまりチャンポンは一見すると単なる『ごった煮』でありながら、実はとても丁寧に作られたカオスなのだった。
そういえば幼き日に見たオークの絵にも、かつて同じ感覚を抱いたっけ……。
オークやダークエルフ、ゴブリンたちは『カオス信仰』をしているからな。
なんてことを思いながらも、私の手は止まらない!
百の理屈よりも、この一つの事実が雄弁に語る。
チャンポンは、とっても美味いのだと!
ふと気づくと、メンはもう残りわずかだ。
だけどスープの中には、まだまだ美味しい具材が沈んでいる。
ひとつひとつを拾って口に入れていると、熱々のスープもすっかりぬるまる。
ボリュームたっぷりのラメンだったが、大半は野菜だったので食べ終わりも苦しくない。
私はドンブリを持ち上げるとゴクゴクと喉を鳴らし、『美味なる混沌』をすっかり腹に収めたのだった。
ああ……今夜もまた、夢中になれた!
リンスィール「すごい一体感を感じる。今までにない何か熱い一体感を。
ラメン・・・なんだろう進化してきてる確実に、着実に、私たちのほうに。
中途半端はやめよう、とにかく最後までやってやろうじゃん。
異世界のニホンには沢山のラメンがある。決して一つじゃない。
信じよう。そしてともに食べよう。
妨害や邪魔は入るだろうけど、絶対に流されるなよ」
次は・・・曖昧模糊な『ラメン』