混沌たる『ラメン』
さて、今宵も『ラメン会食』の時間である!
……いやー。この始まり方も、実に一ヵ月ぶりか。
レンがニホンに帰ってまだ数日だが、早く彼に会いたくてウズウズしてるよ。
などと思いながら、みんなでヤタイに向かっていると、前方から小さな人影がふたつ歩いてきた。
見ると髪の色と服装以外、何もかもそっくりの二人である。
ただし、片方は髪の毛が鮮やかな緑色、もう一人は朽ちた枯れ葉のような色であった。
「お。タルタルじゃねえか! なんだよ、おめえもレンに会いに来たのか」
そう、オーリが声を掛ける。
枯れ葉色の方が懐からパイプを取り出し、くゆらせながら言った。
「うむ。ちょうど、この辺で用があってな。ついでと言ってはなんじゃが、若造のラメンを食ってきたのじゃ」
私は、緑髪の方へと話しかける。
「セリ君の身体も、ようやくできあがったんだね。タルタルに身体を取られて、大変だったろう! 狭い瓶の中は退屈だったんじゃないか?」
「はい! リンスィール様、こんばんは。これでまた、自由に世界を歩き回れます」
嬉しそうなセリと、煙を吐き出すタルタル。
二人を交互に見比べながら、マリアが感心した声を出した。
「それにしても、見れば見るほど似ているわ……瓜二つよ! まるで双子にしか見えないもの」
「そりゃ当然じゃ。わしらの身体は、どちらも『セリの一部』を増やして作ったものじゃからな」
ブラドが不思議そうに尋ね返す。
「セリさんの一部、ですか?」
「うむ。人は、腕を切られたら生えてこん。しかし、イモリは違う。尻尾や手足が生え変わる。目が潰れても元に戻る。それはなぜか!? イモリの身体には、『可能性を秘めた血肉』が眠っておるからじゃ! そしてホムンクルスは、全身そのものが『可能性の塊』なのじゃよ。そもそもホムンクルスとは、神々が『別の次元の可能性を写し取るための器』として作った生命体なのじゃ。人や動物は言わずもがな、神そのものや世界にすらなれる可能性を、ホムンクルスは秘めておる。つまり――」
熱弁を振るうタルタルの前に、オーリが両手を突き出した。
「あー、ちょい待ち、タルタル! いやさ、大錬金術師のタルタル先生よ。俺っち、ここにあんたの授業を受けに来たわけじゃねえんだ。レンのラメンを食いに来たんだよ」
タルタルはしばらく不満気に口をひん曲げていたが、パイプをスパスパと吸って言う。
「……ふん。わしが初心者向けに講義してやるなど、めったにない幸運じゃというのに。ま、若造のラメンも、わしの講義と同じくらい価値はあるからのう。許してやるわい」
セリが元気づけるように、タルタルに言う。
「先生、お気を悪くなさらずに……そうだ! 研究室に子供たちを集めて、錬金術教室を開きましょう。そこで、存分に初心者向けの講義をしてください」
「こらセリ、少しは考えんか! 研究室は貴重な物ばかりじゃ。子供なぞ入れて、壊されてはかなわんわい」
「すみません、先生。では、やめておきますか?」
「まてまて。よさげな広場を抑えておけ。青空教室じゃ。それなら、物を壊される心配もない」
「はい、了解です。クエンティン卿に、広場使用の申請書を提出しておきますね!」
「あー……アレじゃぞ、セリ? わかっとるじゃろうが……。すでに学校に通ってて、錬金術について一通り習ってような金持ちのガキに教えても面白くもなんともない。興味がありつつも学校に行けないような、庶民の子供を集めるんじゃ」
「わかってます。優秀な生徒がいたら、いつかの宿屋の子みたいに、また『タルタル奨学金』ですか?」
「ま、やる気か才能、どちらかがあったらのう。金などいくらでも出してやるわい。それなりに使える奴なら、いずれわしの助手としてこき使ってやろう」
そんな会話をしながら遠ざかる二人を見送って、我々はレンのヤタイへと近づいた。
「やあ、レン。こんばんは。ラメンを食べに来たよ」
「レン! 今夜は、どんなラメンを食わせてくれんだ?」
「このイスに座るの、久しぶりって感じがしますねー!」
「ほんの数日ぶりなのに、レンさんに会うのがなんだか懐かしいわ」
口々にそんなことを言いながら、ヤタイの椅子に座る。
「よう。みんな、いらっしゃい! 待ってたよ。すぐに食べるだろ? もう作り始めるぜ!」
レンは底が丸くて大きなフライパンで、何やら調理し始める。
「レン、一ヵ月ぶりのニホンはどうだったかね」
私がそう尋ねると、
「俺か? そうだな。一ヵ月で何が変わるってわけじゃねえが……あ、そうだ。知り合いの店が、限定ラーメンだしててよ! それがウニと牛肉の組み合わせ、いわゆる『うにく』のラーメンでな。もともと『雲丹ラーメン』っていう、ラーメンのイベントで二連続優勝するようなラーメンがあるんだけどさ。そこにローストビーフ風のレアな牛肉チャーシューを合わせるっていう……こりゃあ、マズいわけねえ組み合わせでよ。まあ材料が材料だから、一杯2千円越えの『高級ラーメン』になっちまうし、俺の店ではちと出せねえがな」
レンは『一ヵ月では何も変わらない』と言いながら、実に楽しそうに喋っている。
そんなレンを見て、マリアが小さな声で呟いた。
「あーあ。やっぱレンさんは、向こうの世界で暮らすのが一番みたいねえ」
悔しいが、それには同意せざるを得ない。
ラメンに生きるレンを繋ぎとめるには、この世界は力不足である。
ウニを使ったラメンも、牛肉を使ったレアなチャーシュも、我々の世界の料理からはまだまだ出てこないアイデアだった。
レンは調理してる鍋に、スープを加えて炒め煮にしてメンまで入れる。
ふむ……? どうやら今日のラメンは、いつもと作り方が違うようだな。
やがて我々の前に、人数分のドンブリが並ぶ。
「よっしゃ、できたぜッ! 今日のは『ちゃんぽん』だ。ちゃんぽん麺の歴史は古い……諸説あるが、今から百年以上も昔の1899年に『四海樓』って中華料理屋が作ったのが始まりらしい」
「チャンポン……? なんだか、不思議な響きだね。あまりニホン語らしくないというか」
私が言うと、レンは頷く。
「ああ、外国語が語源だからな。ちゃんぽんの意味はごちゃまぜ、ないまぜ。その名の通り、色んな具材を炒めてのせた麺料理だ! 魚介出汁のあっさりスープに生卵を落とした『小浜チャンポン』、醤油スープの『天草ちゃんぽん』、カレー味の『鳥取カレーちゃんぽん』、唐辛子の真っ赤なスープに殻付きムール貝を入れた『韓国ちゃんぽん』。中には野菜炒めの卵とじをライスに乗せた、『沖縄ちゃんぽん』なんてのもある……。今回は基本にして最も有名な『長崎ちゃんぽん』だ。さあ、食ってくれ!」
ドンブリを覗くと、炒められた具材がたっぷり載った白いスープのラメンが見える。
驚きなのは、その種類だ!
キャベツ、タマネギ、ニンジン、モヤシ。イカ、エビ、剥きアサリ、薄切り肉。
まだまだあるぞ! シメジ、コーン、さやえんどう、ナルトの細切り……判別できるのは、以上である。
こんもり盛られた色とりどりのトッピングは、まさにレンの言うごちゃまぜ、ないまぜ。
食材の系統もバラバラで、海の物も山の物も手当たり次第に片っ端から入れたとしか思えない!
こ、これは……なんというか、実に混沌としたラメンだな。
今回のタイトルは『混沌たるラメン』にするか『混沌なるラメン』にするか、二時間ほど悩みました・・・。
ちょっとまだ発表段階にないのですが、色々と忙しくて更新おくれてます。
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