Another side 20
ここは『エルフの里』、城の会議室である。
大きなテーブルを囲むようにして、八人のエルフが座っている。いずれも里での権力者や、皆に頼られるリーダー的な存在だ。部屋の隅にはアイバルバトがしゃがみ込み、柿ピーの入った4ℓペットボトルを左右にザラザラと動かして遊んでいた。
上座に座るエルフの女王、アグラリエルが音頭を取る。
「では、里の定例会議を始めます。報告をしてください」
「はい。では、私から。まず、ラメンについての報告です。市場の『エルフ七ラメン衆』についでですが――」
「ちょ、ちょっ!? ちょーっと待ってください! ……今、なにか聞きなれない単語が出てきませんでした?」
手を挙げて喋り始めたエルフを遮り、アグラリエルは静止した。
報告したエルフは、首を傾げる。
「はい? ええっと。『エルフ七ラメン衆』ですか?」
「そうです! なんですか、それは。初耳ですよ!」
「でしょうね。今、初めて報告しますから。先を続けます、女王様。『エルフ七ラメン衆』は、市場にもともとあった食べ物屋、串焼き屋とサンドイッチ屋が中心となった集団です。異世界人レンさんの愛弟子を自称して、冬でも半袖で目を隠すように厚手の布を巻いています。『スープのジンダリン』、『メンのアムラス』、『トッピングのヴァルミュー』、『接客とお勘定のサルミア・メレノス姉妹』、『呼び込みのルィンヘン』、『ドンブリ洗いのギルノール』の七人です」
「……それ、後半は必要なのでしょうか」
「さあ? まあ、本人たちがノリノリでやってることなので。あまり外部から水を差すのもよくないかと……一応、彼らが作るラメンの味は日々改良が加えられて、どんどん味がよくなってると里のエルフたちは証言してます。エルフだけでなく、外部からやってきた旅人からの評判も上々です」
「そ、そうですか……。ラメン作りが上手くいってるなら、あえて口出すこともないですね。しばらくは好きにやらせましょう。他に報告は?」
「はい。オレからあります」
ララノアが手を挙げた。
「オレの双子の姉妹エレノアが、女王様にご謙譲した『シオキャラ』についてです。オレも食わせてもらいましたが、あれは美味かった! 塩漬けにされてるから日持ちも効くし、酒の肴にぴったりだ。お祝いの書状に作り方が詳しく書いてありましたので、里の食材を使って同じような物ができないかと、色々と試作してみました……で。できあがったのが、これです」
ララノアは怪しい瓶詰を取り出すと、人数分の皿に中身を出して、スプーンを添えてメンバーの前に置く。
それを見て、アグラリエルが首を傾げる。
「これは……なんの切り身ですか? この一緒に入ってる、綺麗な赤い粒は一体……?」
「鮭です。赤い粒はイクラですね」
エルフの一人がギョッとする。
「か、川魚ですかッ!? 川の魚には腹を食い破る虫がいます。こんなもの食べたら、腹痛を起こしてしまいますよ!」
ララノアは平然と応じた。
「大丈夫さ。魔法で切り身を凍らせたからね。虫がいても死んでるよ。安全を確かめるためにオレが試食したのは三日前だが、腹はちっとも痛くない」
そう言われても、会議室にいるのはアグラリエルとララノア以外は、生魚初体験のエルフである。
だけど親衛隊長のララノアが身体を張って試したとなれば、他の者たちも拒否できない。
恐る恐ると言った様子で、それぞれが鮭の切り身をスプーンで掬いあげ、口に入れる。
と、食べた者から賞賛の声が上がり始めた。
「わあ!? 美味しいっ!」
「トロっとしてて、なんとも言えない食感ですよ」
「イクラを噛みしめると濃い脂が弾け出て、塩気と混ざってたまらんな!」
「これはワインよりも、ブランデーなどの強い酒に合いそうだ」
ララノアが、半分ほどに減った瓶詰を持ち上げて見せる。
「その鮭のシオキャラは、作ってから二週間目だ。熟成されたのか、三日前に食べた時より美味くなってる。エレノアからの手紙によると、涼しい場所に置いておけば、腐ることなく熟成が進むらしい」
また、エルフたちが口々に言う。
「作る時だけでなく、保存にも氷魔法が使えそうですね」
「エルフの里には氷魔法の使い手がたくさんいますが、里の外にはあまりいない……。ちょっと何かを凍らせるだけでも、とんでもない料金がかかるとか」
「うん。魔法を活用した生産ができるってのは、立派な強みだと僕は思う!」
「確かに。魔法は我々にとっては身近過ぎて、あまり意識していませんでした。しかし、魔力に長けるというのはエルフの大きな特徴です」
アグラリエルが皆の意見を聞いて、大きく頷く。
「ララノア、よくやりました。早速この『鮭のシオキャラ』は里の特産品のひとつとして、量産して店や酒場で売りだしましょう」
と、また別のエルフが手を挙げた。
「僕からもひとつ、報告が。先日みつかった、偽造銀貨についてです。どうやら鉛と錫で作られてるようで、市場の各所で見つかってます。犯人と思しき男は十日前に里を出ていて、すでに近隣に手配書を配布して追っ手を出していますが、捕まるかどうかはわかりません」
アグラリエルの表情が曇る。
「ああ、なんてことっ! 恐れていた事態が起こってしまいましたか……困りましたね。金と銀ほど重さが違えば、秤に掛ければわかるのですが」
銀と鉛は、ほぼ同じ比重である。さらに溶かした鉛に錫を混ぜ込むことで、銀そっくりの光沢が出る。
また、流通してる銀貨自体が純銀ではないため、重さや見た目で判別するのは不可能に近い。
里の外ではとっくに見分け方が広まってるが、エルフの里の経済は何百年も閉じていたので、時代遅れの贋金でも通用してしまうのだ。
「そのことについてですが……。生誕祭に参加した僕の親戚、行商人のソロンディアに、何かいい方法はないかと報せ鳥を出してみました」
「よい返事は返ってきましたか?」
「はい。彼が里に戻ってきてくれて、詐欺や偽造の見分け方をレクチャーしてくれるそうです」
アグラリエルの顔がパッと輝く。
「それは朗報です! しかし、彼の商売を邪魔をすることになってしまいますね。褒章を出しましょう」
「あ、いえ。里のためなら、無報酬でやると。ただ、エルフの里でなにか珍しい特産品ができた時は、優先的に自分に卸して欲しいと言っています」
アグラリエルは頷いた。
「わかりました。彼が帰ってきたら、完成してる特産品を見せて、いくつか持って行ってもらいましょう。エルフであるソロンディアが外の世界で広めてくれたら、いい宣伝になるでしょう」
と、会議室の扉がノックされる。
「失礼いたします、女王様。命じられていた『カキピー』の試作品をもってきました」
「おや? ちょうどいいタイミングですね。入ってきなさい、料理長。皆に、お茶と試作品を」
部屋に入ってきたバンダナで髪をまとめた男のエルフは、人数分の紅茶を用意してテーブルの一角に大皿を置く。
女王が立ち上がって皆に言った。
「さあ、味見してください」
エルフたちは大皿の前に集まって、試作品を次々と口に入れる。
「これは……甘い!?」
「カキピーの試作品というから、てっきり辛い物とばかり」
「この甘さは、ハチミツですかねー?」
「こちらのピーナッツは、本物そっくりですよ! バターで炒めて塩を振ってある」
アグラリエルは頷く。
「はい。ジャガイモと小麦の練り物を高温で焼き上げてみたのですが、味付けに使う唐辛子やショーユは高級品です。どちらもあまり使えませんので、どうしても薄味になってしまいます。そこでもうやぶれかぶれで、思い切って真逆に味を変えてみたのです」
甘くてサクサクのスナックとしょっぱいピーナッツの組み合わせに、みんな手が止まらない!
やがて大皿に乗った分を、残らず食べつくしてしまう。
エルフたちは名残惜しそうに、指をチュパチュパとしゃぶりながら言う。
「ふう、美味しかった……」
「甘いのとしょっぱいの組み合わせもいいものですねー!」
「いやぁー、口の中が甘くなった! なにか、ピリっと辛いものでも食べたい気分――」
全員の視線が、アイバルバトの持つペットボトルに集中する。
柿ピーの残りはもう少なくて、四分の一ほどしか入ってない。会議のたびに『試食』と称して、ここにいる八人と料理長で食べまくった結果である。
アイバルバトは楽しそうに一人遊びをしていたが、皆の視線に気づくとサッと青ざめて、ペットボトルを背後に隠してイヤイヤと首を振った。
「だ、だめ……みんな、だめーっ! あいの……あいのかきぴー! もう、あげないっ!」
涙目のアイバルバトに、さすがのエルフたちもハッとする。
「あっ! す、すみません。つい……」
ララノアとアグラリエルがアイバルバトに言う。
「大丈夫だ、アイ。お前のカキピーはもう取らない」
「アイバルバトよ、カキピーを食べすぎて申し訳ありませんでしたね。次にレンに会ったら、また手に入れてきてもらえるよう、お願いしましょう」
エルフの一人がため息交じりで、ばつが悪そうに頭を掻いた。
「はぁ……。僕は自分がこんなに食い意地が張ってるなんて、八百才を超えた今まで気づきませんでしたよ!」
別のエルフが同意する。
「私も同じです。以前の私は、こんなにも食べ物に執着する性格ではなかったのですが……最近では朝起きたら何を作って、昼ご飯はどこで食べようか、毎日の食事が楽しくてしかたないのです」
「はい。里の料理も少しずつですが美味しくなっています。行商人や旅人が持ち込んだ珍しい食材も、市場でよく売れてるそうです」
「先ほどのシオキャラなんかも、生の魚の怖さより未知の食べ物へのドキドキが上回ってましたもんねー」
「やれやれ。もう野菜スープとパンだけの、質素な日々には戻れませんな」
里のエルフは美味しいものを追い求め、試行錯誤していた。
その中心にあるのは、レンの教えた『ラーメン』だ。
皆、生誕祭の一夜で味わった衝撃が忘れられないのだった。
ラーメンがエルフの未来を変えた。食べることは、生きることである。
それは貪欲かつ、最も原始的で本能的な欲求だ。
何が食べたい、アレが食べたい。そう思ってるうちは、精神が弱って死ぬことなどない。
アグラリエルは嬉しそう笑った。
「ふふっ。レンはエルフという種族に、そこまでの生きる活力を与えてくれたのですね。『食の喜び』を見出したエルフの寿命が、もはや短くなることなどないでしょう」
そして、手をパンと打ち鳴らす。
「では、こうしましょう! 今から視察も兼ねて、みんなで市場までラメンを食べにいくのです。ピリッとしたものが食べたいということならば、わたくし秘蔵の唐辛子油をラメンに入れて差し上げます」
彼女がそう言うと、エルフたちは歓声を上げた。
アグラリエルはレンからもらった唐辛子油のボトルを持ち、部屋の隅で控えている料理長にも笑いかける。
「あなたも来なさい、料理長。あなたは以前、とても酷いラメンをわたくし作ってくれましたね?」
「あっ。す、すみません女王様! ただ、あの時はご指示が、あまりにも我らエルフの常識から外れておりましたので……」
アグラリエルは優しい顔を見せる。
「気にしないでください。あなたは『食の墓場』と呼ばれたこの場所で、他種族をもてなす晩餐会の料理を作り続けてくれた人です。あなたの料理の才能を、わたくしは誰よりも信じておりますよ」
「……! は、はい。女王様。お供いたします!」
ドヤドヤとエルフたちが出て行ったあとで、アイバルバトはようやくホッとした顔で、腰を下ろすとペットボトルの蓋を開け、カキピーをザラザラと手の平に出す。
「かきっ、かきぴー♪ あいの、かきぴー♪ とっても、おいっしー♪ おきにいりー♪ ふんっ、ふふーん♪ かきぴぃー♪」
自作の歌を歌いながら、上機嫌でパリポリ食べる。
「ふんふーん♪ れん、ひかりとあったみたいー♪ かみさま、なんかいろいろいってるー♪ だけど、あいにはかんけいないー♪ れん、にほんにかえるー♪ また、かきぴーもってきてもらうー♪」
次回は……混沌なる『ラメン』
面白かったらブクマ評価してもらえたら嬉しいです。




