ヴァナロのお披露目会
抜けるような青空に、太鼓の音が響き渡る。
ドォーーーン! ドォーーーン! ドドォーーーン!
庭園には百人ほどのヴァナロ人が詰めかけているが、これは飲食関係50名に市民が50名で、クジ引きによって選ばれた者たちである。
剣の都ブシンの人口はエルフの里よりはるかに多く、全員を屋敷に入れるのは物理的に不可能なのだ。
門の向こうには人だかりができていて、塀に登って上から覗いている者も多く、注目度の高さがうかがえる。
とは言え、『ミシャウ・ツケメン』のレシピはイッシンが完璧に身に着けているため、お披露目会はこの一回ではなく、今後も続く。
今日はラメンが食べられなくても、次があるということだ。
大勢の人々に見守られながら、まずはカザンが座敷から縁側に歩み出て挨拶をする。
「皆さま、お集まりいただきありがとうございます。剣の当主シンザンの長子、カザンでございます。クエンティン卿の率いる船団がヴァナロに国交を求めてやって来た日が、昨日のように思い出されます……父の命で外交使節としてその船に乗り、一年間。カザンは、大陸で様々な物を見てきました」
カザンの目が、座敷の奥のシェヘラザードに注がれる。
塀の向こうの民衆にも聞こえる大声で、カザンは叫んだ。
「すでに我が義母シエの摩訶不思議な大陸話は、多くの者に知れ渡ってることでしょう! 山のように巨大な絡繰り人形。数百メートル先に鉄の雨を降らせる兵器。どんな病も癒し瀕死の人間すらも生き返らせる霊薬。それらは全て、真実でした! カザンは、この目で見ました! 特に魔術と機械技術はすさまじく、ヴァナロの百年……いえ、二百年先を行っております!」
聴衆の間でどよめきが起こる。
それらを無視し、カザンは先を続ける。
「ヴァナロにも、我ら勇猛果敢な『剣の一族』サムライの他、北の大地には忍びとくノ一を擁する『鏡の一族』、西には巫女や陰陽師の治める『玉の一族』とおりますが、それでも全面戦争になれば勝てる保証はありません!」
どよめきが、さらに大きくなる。
カザンは高く手を上げて、それを下ろして民衆を制した。
「『三つの神器』を守るためには、外の世界の優れた文明を取り入れて同盟国と手を結び、万全の体制を築くことこそ肝要である。カザンも父上と同じく、そう思いました。今回のお披露目会は、異文化を皆様に受け入れていただく、その第一歩とお心得ください」
と、シンザンが立ち上がって、あくび交じりに言う。
「――などと、かたっ苦しいことを息子のカザンは申しておるが……なあに。文化とは、押し付けられて定着するものではござらん。だから此度の集まりは、たんに『カザンの見つけてきたラメンとかいう美味いもんを、みんなで食っちまおう』というだけでござるよ」
シンザンはニヤリと笑い、大声で楽しそうに宣言する。
「肩の力を抜いて、ざっくばらん、ざっくばらんに楽しんでいって欲しいでござる。では、イッシン! ラメン作りを始めよッ!」
シンザンの一声に、イッシンが白木の台で小麦粉と卵、塩水に灰の上澄み液などを加え、メン生地を作り始めた。ある程度形になると、それに布巾をかけて三十分ほど寝かせる。
次にイッシンは、切りっぱなしの竹の棒を取り出した。竹は長く、青々としている。
台の上に寝かせた生地を置くと、竹棒を台の向こう側にある窪みに引っ掛けて、さらに竹棒に右腿を乗せて、生地の上でリズミカルにステップを刻み始めた。
タン、タン、タン、タン、タン、タン……。
私は驚きの声を上げる。
「おおーっ!? ツケメン向きの太メンは、あのように作られていたのか!」
確かにあれなら『金属の製メン器』がなくても、生地に強い圧力を加えられる。
しかも使うのは、切りっぱなしの青竹でいい。
わざわざ脆い竹製の器具を作るより、ずっと楽で賢いやり方だ!
レンが言う。
「『青竹打ち』だよ。現代では『佐野ラーメン』がその代名詞になってるが、まだ製麺機がない時代、昔のラーメン屋は一部を除き、みんなこの方法で麺を作ってたんだ。手で伸ばす『拉麺』と違って水分量の多い多加水麺、コシのある現代風の麺を作れるのが特徴だな」
イッシンは生地を折り返し、リズミカルに竹を踏み続ける。
生地には粉を振ってあるので、青竹に踏みつけられても生地と生地がくっつかず、折り返すたびに幾重にも層ができていた。
少し離れたところでは、ジュリアンヌと二人の料理人が炭火で串焼きを作っている。ジュリアンヌのサポート役の料理人はイッシンの部下で、特に肉と焼き物に精通している者たちだそうだ。
ジュリアンヌが串をひっくり返すと、鶏の脂が炭火に落ちて、バチリと音を立てる……モクモクと上がる煙に、香ばしい匂いが辺りに漂った。
ジュリアンヌが顔を上げて頷き、イッシンがそれを見て動く。
彼は何度目かの圧を加えた生地を、今度は端から包丁でトントンと刻みはじめた。やや太めに切られたそれを、手でグシグシ揉みこんで縮れさせる。
粉の振られた層が剥離し、一本一本がメンになった。
かたわらの大鍋には、すでにグラグラと湯が沸いてる。イッシンは手早くメンを茹でると、竹のザルで掬いって湯切りをして冷水で洗う。
サポート役の料理人たちは、その間に山芋、牡蠣、茹で卵、シソの葉をテンプラにして、別の鍋から熱々のスープを小ドンブリによそって、大根のすりおろしをどっさりのせる。
イッシンはメンを皿に盛りつけると、最後に『二種のチャーシュ』を飾った。全ての器を盆に載せると、シンザンの前へ行って恭しく献上する。
「シンザン様。『ミシャウ・ツケメン』にござる」
民衆の間から驚きの声が上がった。
「うひゃあ! あれが異国の料理か!」
「なんだか、けったいな見た目だねえ。黄色いミミズがたくさんいるみたいだよ」
「でも、香りはいいぜ。肉の焼ける匂いに……潮の匂い。こいつは牡蠣だな!」
「あっちの炭火で肉を焼いてたクルクル髪は、異国の娘だね。カザン様が帰っていらした日に一緒に歩いてるのを見たよ」
「あの娘の足元にいる、肌色のちっこい変な生き物はなんだろうな?」
シンザンが大きな声で尋ねる。
「イッシンよ。これは、どう食せばよい?」
「メンと呼ばれる小麦の紐を、そちらに汁に浸した後で啜り喰っていただきたく」
シンザンは説明された手順に従い、メンをスープに浸してズロロロローっと勢いよく啜りこむ。
すると観衆からオオーッと声が湧いた。
「なんとも粋で豪快だねえ!」
大陸では音を立てて啜り喰うのは下品な食い方とされているが、この地では豪快で気持ちの良い食べ方とされてるらしい。
シンザンは父親譲りの食欲で、どんどんメンを啜りこむ。途中、『ヤキイシ』や『ワリスープ』のギミックが紹介されるたび、民衆の間で驚きの声が出る。
それらの反応を見て、『なぜカザンは、ツケメンにこだわったのか?』がわかってきた。
茶碗蒸しやチャクラ・ゲなどからわかる通り、ヴァナロ料理のレベルは高い。
単に『ミシャウと牡蠣を使っただけのラメン』では、インパクトが薄くてヴァナロ人の心には響かないのだろう。
シンザンが割りスープを飲み終わり、立ち上がって叫ぶ。
「いやぁー、大変うもうござった! さあさあ、まずは論より証拠。皆にも食って欲しいでござる!」
ドォーン、ドドーーーン!
またもや、太鼓の音が響き渡った。
「ラメンご試食、解禁にござる!」
その声と共に、客たちは調理台の前にワイワイと行列を作る。
イッシンは青竹でメンを作っては茹で続け、ジュリアンヌは串焼きを、その他の料理人はトッピングや盛り付けを担当する。
客たちは屋敷の中だったり縁側だったり、庭石だったりと思い思いの場所で食べている。その間をイッシンとジュリアンヌ以外の料理人たちが行き来して、ヤキイシやワリスープを配る。
昼の早い時間から始まったが、百人分ものツケメンを配り終わる頃には、日は傾き始めていた……。
ジュリアンヌも少女ではあるが人気店の店主だし、普段の仕事なら百の数くらい作ったことあるはずだ。しかし、ここは異国の地。
調理器具も環境も違う上、いつも作りなれてるラメンではなく、串焼きの担当である。
ジュリアンヌは汗だくの疲労困憊で、地面に崩れ落ちる。
そんな彼女の元へとレンが歩いていき……、
「がんばったじゃねえか、ジュリアンヌ!」
優しい声でそう言って、その手をグッと引いて彼女を立たせた。
私が二人の元へと歩いていき、レンの言葉を彼女に伝えると、ジュリアンヌは生意気そうにフンと鼻を鳴らす。
「別に……おあいにく様! あたくし、言葉での賞賛なんてとっくに貰いなれていますの。そんなのより、もっと別の物が欲しいですわ」
「お? なんだ、なんだ。可愛くねえな。プレゼントでも欲しいのか? お前にはもう、テポザルをやったろう」
面白そうに言うレンに、彼女はモジモジしながら言った。
「……そ、そうじゃありませんわよっ。そうじゃなくって……よ、よくやったと思うなら、それ相応の態度で示して欲しいって……そう言ってるんですのよ」
「態度? なんだよ。俺に、どうしろってんだ」
ジュリアンヌは顔を上げて、
「レ、レン。あなた、あたくしと――」
言いかけて、ハッとする。
それから懐から手鏡を取り出して、自分の煤だらけの顔をジッと見た。
「…………」
私とレンは彼女の次の言葉を辛抱強く待ったが、ジュリアンヌは軽く息を吐いて首を振ると、手鏡をしまって屋敷の方へと歩を進める。
「おい、ジュリアンヌ嬢! レンに何か、伝えることがあるのじゃないかね?」
私がそう尋ねると、彼女を振り返りもせずに不機嫌な声で言う。
「明日、ファーレンハイトに帰る前に言いますわ」
ペットのエリーがブヒブヒ鳴きながら、その後をついて行った。
体調不良やっと治りました!
長かったヴァナロ編も次でラストです。