仁義なきチャーシュ勝負・後
全員の食べ終わりを見計らい、レンが言った。
「みんな、牡蠣味噌つけ麺はどうだった? 忌憚のない意見を聞かせてくれ!」
「牡蠣の旨味が凝縮された、素晴らしいラメンだったよ。トリパイタンはこってりだから、揚げ物のトッピングなんて、最初はどうかと思ったが……いらぬ心配であったな。メンも骨太で歯ごたえが良く、実にツケメンらしい食べ心地だったぞ」
「超ーーー~~~っ美味かったぜ! リンスィールの考えたヤクミ代わりのダイコン摩り下ろしも、ばっちりぴったしハマってた! エルフの里に続いて、ヴァナロにもゴトーチラメンができちまったか。チッキショウ、羨ましいなぁ」
「牡蠣の風味は独特のクセがあるので、カザンはあまり好きではないのです。けれど、このラメンのスープはとっても美味しくいただけました。トリパイタンと混ぜてあってまろやかで、すごく食べやすかったです」
「以前、馳走になったミソラメンよりも、拙者の口に合い申した。これぞまさにヴァナロ伝統の味ミシャウと、異文化であるラメンの融合であろう」
「牡蠣とお味噌の組み合わせって、土手鍋を思い出すわねえ。それに紫蘇天食べたのなんて、何十年ぶりかしら!? 最後のお味噌汁がどことなく中華っぽくて、よかったわぁ!」
我々の賞賛を聞いて、レンとイッシンは満足げな顔になる。
「今回のラーメンはチャーシューを含め、調理はイッシンが全部やった。みんなの評価を聞けば完璧な仕事をしたことがわかる。この短い期間で、よく覚えたもんだよな? すげえじゃねえか、イッシン!」
レンがイッシンの背を叩き、イッシンが頭を下げる。
「かたじけのうござる。レン殿のご指導ご鞭撻の賜物でござる」
「えーっと、それでだな――」
「チャ、チャーシュは!? どちらの方が美味しかったですのッ!?」
ジュリアンヌが勢い込んで身を乗り出した。
皆の視線が私に集中する。
お、おお。これは、私が一番手ということか……?
「……ごほん、そうだね。私は蒸し鶏の方が、若干上に感じたな。しっとり落ち着いた肉厚なチャーシュが、ミシャウスープの濃厚さをよく受け止めてたように思う」
と、ジュリアンヌが地団太を踏む。
「キィーッ! く、悔しいですわー!」
……おい。
そういう態度をされたら、どっちがどっちを作ったのかバレバレじゃないか!?
私たちがシラけた目で見ていると、ジュリアンヌはハッと気づいて居住まいを正した。
「え、ええっと。今のは、お忘れになってくださいまし」
なるほど。蒸し鶏がレンで、串焼きがジュリアンヌだったのか。
なんだか妙な空気になってしまったが、まあ人物の好き嫌いで味の良し悪しを決める者など、ここにはいないだろう。
オーリが片手を挙げて言う。
「俺っちは、串焼きだな。炭火の焦げ味は食欲を誘うし、パリパリの皮が食ってて楽しかった」
「カザンは蒸し鶏に一票でございます。確かに串焼きは胸肉を使ったり、チャクラ・ゲのようにスダチが絞ったりと、さっぱり食べられる工夫がしてありました。ですが、それでも少し重たく感じました。きっとヴァナロの民の口にも、蒸し鶏の方が合うでしょう」
これでレンが二票、ジュリアンヌが一票である。
テンザンが口を開いた。
「串焼きだ」
それきり、黙ってしまう。
「……それだけですの。理由は?」
「拙者、焼き鳥が好物ゆえ」
「ええと。それってつまり、『貴方がたまたま焼き鳥が好きだから』ってことですの?」
テンザンはコクリと頷いた。
「然り」
「そ、そんな……! そんな理由で票をもらっても、あたくし全然嬉しくないですわよっ! もっとこう、『コレコレこういう理由で美味しかったぁー』とか、『ここのこういう工夫がすごく良かったぁー』みたいに、ちゃんと納得できる理由を仰ってくださいまし!」
ジュリアンヌは自分に票が入ったというのに、プリプリ怒りながらテンザンに詰め寄る。
私は慌てて割って入った。
「あ、いやいや。待ちたまえ、ジュリアンヌ嬢。究極的なところ、食べ物の評価というのは『個人の好み』に集約される。それにテンザンは口下手なだけで、舌は確かなものを持っているよ」
私の言葉に、レンも頷いた。
「そうだぜ、ジュリアンヌ。どんな人間が審査するか、それを引き当てる『運』も実力のうちだ。素直に票をもらっとけ」
「う……わ、わかりましたわ……。レンが言うなら、そういたしますわ。で、サラさん。あなたは、どちらのチャーシュが美味しかったんですの?」
これで2対2、残るはサラだけである。
彼女の一票で勝負が決まる。
皆が固唾を飲んで見守る中、サラはニコニコ笑って口を開いた。
「え、どっちが美味しかったって? そんなの私、決めらんない。どっちも美味しかったわ」
その言葉に、レンとジュリアンヌはムッとする。
「それじゃ困りますわよ。どちらが上か、ちゃんと決めて欲しいですわ!」
「そうだぜ! それじゃあんまりにも無責任だ。食ったからには決めてくれよ」
「えー、無理よ。だって私、グルメ評論家じゃないもの。どっちも同じくらい美味しかった、じゃダメなの?」
「ダメですわ。あなたが票を入れないと、どちらのチャーシュをヴァナロのゴトーチラメンに乗せるのか、決められないじゃありませんの」
ジュリアンヌがそう言うと、サラは不思議そうな顔で空のドンブリを指さした。
「えー、なんでなんで!? だって、このつけ麺。とっても美味しかったわ」
レンが頷く。
「ああ。そりゃ、さっき聞いたぜ」
サラはドンブリを指さしたまま、確かめるような口調で言う。
「だからさ……チャーシューが、二種類のってた。でも、すっごく美味しかった。……だったら、変える必要あるのかなぁ? 片っぽに決める必要、あるのかな? どっちのチャーシューものせたままじゃ、なんでダメなの?」
両方のチャーシュをのせる……。
その言葉に、全員がハッとした。
オーリが大声で言う。
「それだぜ、レンっ!」
私も即座に同意する。
「うむ! ラメンにはチャーシュが一種類しか入れてはいけない、なんてルールはないからね」
レンも頷く。
「ダ、『ダブルチャーシュー』……っ! そうか、その手があったかよ」
ジュリアンヌが戸惑った表情でキョロキョロする。
「……え。えっ、えーっ! ど、どどど、どういうことですの? つまり勝負は……?」
レンがフッと息を吐いて、ジュリアンヌの頭に優しく手を乗せた。
「引き分けだよ。お前のチャーシュー、ヴァナロのご当地ラーメンに採用だ!」
「ひ、引き分け……。あたくしが、レンと引き分けですって!?」
ポカーンと口を開けているジュリアンヌに、カザンとサラがパチパチ拍手する。
「おめでとうございます、ジュリアンヌ様」
「わあ、よかったわねー。レンと互角なんて、やるじゃないの」
テンザンがイッシンに言った。
「イッシン。そうと決まれば次はヴァナロの民に向け、ゴトーチラメンのお披露目会だ」
「御意にござる! 拙者、今すぐシンザン様にラメンの完成を報告し、つけ汁の仕込みに入らせていただき申す。それでは皆様方、これにて失礼いたす」
二人は我々に頭を下げると、足早に厨房を出ていった。
ようやく原稿チェックも終わり、まとまった時間がとれそうです。
一か所直すと、こっちも直さなきゃ……が続いて、なかなか進まなかったです。
第一巻の発売日は2月3日、追加エピソードがんばりました!
次回は……『仁義なきチャーシュ勝負・解』