仁義なきチャーシュ勝負・前
いよいよ具材を食べるとしよう!
まずは二種のチャーシュから……見た目からしてまるで違うな。
ひとつは串に刺して焼いてあり、もう片方は蒸してある。素材はどちらも鶏肉のようだ。
スープに鶏ガラを使う以上、その肉を有効利用するのは賢い判断と言えるだろう。
まずは蒸し鶏を食べるとするか。
ほほう! これはしっとり柔らかで、とってもジューシーっ!
部位はモモ肉で、油紙で包んで蒸したのか少しのパサつきもなく、皮目はゼラチン質でプルプルしてる。
味付けは塩コショウ、それとハチミツか? ショウガの香りもするな。
ボリュームがありつつもシンプルな味付けで、食べ口はちっとも重たくない。
硬いメンで疲れた顎に柔らかめの食感がちょうど良く、塩辛くて脂たっぷりのミシャウ・スープの良い口休めになっている。
美味い。文句なしの百点満点である!
よし、次は串焼きを食おう。
こちらは先ほどの蒸し肉と違って、食感はパリパリと香ばしい
部位は……胸肉か? 味付けはやはり、塩コショウのみである。
だがしかし、一噛みするとダイレクトに肉汁がにじみ出て、蒸し鶏と比べるとやや重たく感じるぞ。スープにも鶏の脂が大量に溶け込んでるわけだから……あ。いや、まてよ!?
この香りは『スダチ』じゃあないかッ! 果汁を絞ったのか、酸味が実に爽やかだ。
それに炭火で炙って適度に脂を落としてあるので、肉の繊維だけが口中に残り、食べ終わりの印象はそれほどしつこくない。
こちらも美味い。ミシャウとの相性もよく、文句のつけようがない。
こ、これは……どちらがどちらを作ったのか、全然わからんぞ。
私はもっとはっきりと、片方が明らかに劣っていたり、あるいは既存のチャーシュに多少手を加えただけだったりと、如実に違いが表れると思っていたのだ。
だが両方とも形といい味といい、まったく新しい発想から作られている。
それに多少の違いはあれど、どちらも味付けは塩コショウのみ。
二人ともミシャウの旨味に合わせるには、変に凝って複雑な味付けにするよりも、シンプルにまとめた方がよいと判断したわけか。
レンはともかく、ジュリアンヌまで同じ発想に行き着くとはな。驚いた!
まさか彼女が、ここまでレンに迫るとは思ってもみなかった。
ラメン勝負の時は実力に明確な差があったが、こと肉になると、やはりジュリアンヌは天才だ。
これではどちらのチャーシュが上か、すぐに結論を出すことはできないな。
とりあえず今は保留して、次はテンプラにいってみるか。
まずは、この細長いのから……サクゥッ!
おお、『山芋のテンプラ』か! 中は半生で、口の中でわずかに粘る。ネットリホックリと土の香りが立ちあがり、なんとも不思議な食感だ。
衣が掛かっているのでスープが馴染みやすく、ミシャウとの食べ合わせは『フラ・イドポテト』より上に感じる。
ふむ? 次のテンプラは、何かの葉のようなものを揚げてあるな。
シャワシャワと軽く砕けるぞ。スイートバジルによく似た風味でほろ苦く、胸がすくような爽やかさがある。薄くてほとんど衣だが、濃い目のスープにつけてたべると中々美味い。
丸いテンプラはゆで卵だ。半熟の状態を揚げてあり、白身はプリプリ黄身はホックリ。そして、最後のテンプラは……なんと、牡蠣である。
スープに使われていた牡蠣が、具でも再登場だ! ふっくら肉厚で、サクサクの衣との対比がたまらない!
いずれも下味はついておらず、具材そのもの素材な味が楽しめる。
それにすり下ろしたダイコンのおかげで、胃もたれせずに食べられるぞ。
ふと隣を見ると、旧友のテンザンの手が止まっていた。
ああ……そうか!
私は咳ばらいをひとつして、彼に言う。
「テンザン。スープが冷めてしまったのだろう? 君は早食いだからな。スープの消耗も激しいはずだ」
「むう、然り」
「フフフ。であれば、アレを頼むべきだよ。ほら……カザン君の手帳に書いてあったろう?」
「む。『ヤキイシ』か!?」
私は頷く。
「そうだ! レン、ヤキイシを二つ頼むよ!」
「俺っちにもくれや!」
「私にもちょうだい」
「カザンにもお願いいたします」
「おうよ! イッシン、ヤキイシだ。用意してあるな?」
「ござりまする、レン殿」
イッシンが金網に乗った真っ赤に焼ける石を、火バサミで順番にスープの器に落としていく……ドジュウウウウウッ!!
テンザンが目を丸くする。
「こ、これがカザンの手帳に書いてあったヤキイシかっ! なんと凄まじい!」
再びホカホカと湯気を上げるスープにメンを浸して食べると……ッ!?
な、なんだ、味が変わっている? そうか、ヤキイシによって『アジヘン』が起こったのか!
焼けたミシャウは香ばしく、ダイコンは熱が通ってほっこり甘め。先ほどまでのピリリとした辛さがなくなったのは残念だが、どこかホッとするような優しい味だ。
これは嬉しい誤算である!
アジヘンで食欲を取り戻し、残ったメンと具材をあっという間に平らげる。
するとイッシンが鉄鍋を持ってきて、湯気を上げる液体をオタマで私のドンブリへと注ぐ。
〆の『ワリスープ』である。
ホカホカと湯気を上げるミシャウ・スープを飲みながら、私はふと思い出す。
若りし頃、私は美食を求めて初めてエルフの森を出てすぐに、大陸の沿岸部へと向かった。
たどり着いた港町では、グロテスクな深海魚やタコやイカなど様々な食材に出会ったが、その中で最も驚愕したのが牡蠣だった。
ゴツゴツした岩の如き殻に包まれた、でっぷり太った異様な姿。
目も耳も口もなく頭さえなく、何を喰って生きているのかすらわからない……実際、その港町の漁師や海女も、牡蠣が食事している所は見た者はいなかった。「岩に似てるから岩を食べてる」という者や、「海中のエーテルを取り込んで生きてる魔法生物だ」という者までいた。
そんな不気味な生き物を、彼らは「生で食うのが一番美味い」と言う!
……おい、嘘だろう?
生って。こいつが何を喰ってるかわからないのに!?
さすがにそれは遠慮したいッ!
だけど、最初に「美食を求めて世界を旅するエルフのリンスィールだ。美味いものならなんでも口にしてみたい」と自己紹介した手前、拒否するのは気が引けた。
それに海はララノア殿の双子の伯母上のエレノア殿が、船乗りとして生きる場所である。
ここで私がためらえば、「エルフは嘘吐き。臆病で根性なしだ」と悪評がたち、巡り廻ってエレノア伯母に迷惑がかかるかもしれない……。
私は、えいや! と覚悟を決めて、殻に乗った牡蠣をチュルンと口に吸い込んだ。
グンニャリとした食感。歯を立てるとプチュリと身が弾け、内容物がトロっと漏れ出てくる。気持ち悪い!
ところが、これが美味かったのだ。それは今まで食べたことのない不思議な旨味に満ちていて、豊かな海の香りとミルクにも似たクリーミーさが口中に溢れ、微かな塩気と共に魅惑のハーモニーを生み出した。
なんにも調理していない生の状態で、まさかここまで美味いとはっ!
私は牡蠣を夢中で食べた。いつの間にか私の前には、牡蠣の殻が山のように積まれていた。
その食べっぷりを見た港町の人たちは大いに喜び、ウニやナマコなどの海の珍味を教えてくれた。
そしてこの経験は私に自信と勇気を与えてくれて、その後の旅ではどんなものが出てきても、物怖じせずに口に入れることができたのだった。
牡蠣は、生が一番美味い!
あの日、港町の住民たちに教えてもらい、私もずっとそう思っていた。
今でも牡蠣そのものを味わうならば、生か半生が一番だと思う。
だけども、このミシャウ・スープの味ときたら……!
ホカホカのスープは海の風味に満ちている。
牡蠣は魚でない海産物でありながら、イカともタコともホタテとも違う。
……考えてみて欲しい。こんな個性的な食材、他にあるだろうか!?
牡蠣の旨味は、牡蠣でしか出せない。牡蠣には代用品が存在しないのだ。
そこにまろやかなトリパイタンと、熟成されたミシャウのしょっぱさが混ざり合う。
ああ……堪えられぬ美味さである。しみじみと美味い!
私は牡蠣の美味さを教えてくれた港町の住民と、今また牡蠣の新たなる魅力を見せてくれたレンに感謝し、満ち足りた気持ちで温かなスープを飲み干したのだった。
とある視点で見ると、実は両者のチャーシューには大きな違いがあります。
どちらがどちらの作ったものか、わかるでしょうか……?
生牡蠣のところは書いてて楽しかったですw
次回……仁義なきチャーシュ勝負・後




