ゴトーチ『ラメン』試食会
次の日からジュリアンヌは、チャーシュ作りに邁進し始めたようである。
朝食を食べるとすぐに姿を消して、夕方まで帰ってこない……。
レンは厨房にこもりっきりなので、彼女の行動には一切気づいてなかった。
なお、我々はカザンから飲み食いしたり食材を買う金を『調査費』の名目でもらっているが、ジュリアンヌはヴァナロの通貨を持っていない。
どうするのかと思ったら、手持ちのドレスを売って軍資金にしたようだ。
とある店先でジュリアンヌのドレスが飾られていて、仰天した。また、シンザンの弟子の少年たちもジュリアンヌの装飾品を身に着けていた。
どうやらジュリアンヌはそれらを与え、彼等を部下として使っているようだった。この人使い、さすがは子供でも貴族であるな!
一方でレンもラメン作りに注力し、それから三日後ついに試作品が完成した。
思ったより時間が掛かってしまったのは、今回のラメンは『レシピの全てを完璧にイッシンに伝授』しなければならなかったからだ。
スープと具材は望むクオリティに達したそうなのだが、イッシンがメン作りを習得するのに時間が掛かってしまったそうである。
私、オーリ、カザン、シンザン、サラと、試食のためメンバーが集まった厨房で、レンとジュリアンヌが火花をバチバチ散らす。
腕組み顎上げポーズのレンが言う。
「おい、ジュリアンヌ! ダメだっつったのに俺に隠れてコソコソと、チャーシューなんて作りやがって……いい根性してんじゃねーか、お前!」
ジュリアンヌも腕組み顎上げで、胸を張って言い返す。
「オーッホッホッホ! ごめんあそばせ、レン。けれども、あなたがいけないんですのよ? あたくしがあんなに頼んだのに、チャーシュ作りを任せてくれないんですもの。ですから、『勝手に』させていただいたまでですわ」
レンはフンと鼻を鳴らす。
「相変わらず、可愛げのない小娘だぜ。まあ、いい。どっちのチャーシューが上か、ひとつ勝負といこうじゃねえか」
「望むところですわ。でもあたくし、今回はかなり自信がありますわよ。ゆめゆめ油断なさらないことですわね」
「今度は、負けても泣きべそ掻くんじゃねーぞ」
「レンこそ。いつまでもあなたに負けたままのあたくしだと、思わない方がよろしくってよ」
と、イッシンが完成したラメンを持ってきた。
「レン殿。ラメンができましてござる」
「おう。それじゃみんな、食って感想を聞かせてくれ!」
並べられたのはいわゆる『ツケメン・スタイル』で、『スープの入ったドンブリ』と『メンと具材が盛られた平皿』である。メンの皿にはフライがいくつかと、『二種のチャーシュ』が載っている。
ひとつはレンの作ったもので、もう片方はジュリアンヌが制作したものだ。
どちらがどちらのチャーシュなのか、私たちは知らない。
両方を食べて、美味いと思った方に票を投じる形式なのだ。
フライは衣がかかっているので具材の判別がつかないが、色や薄さから見て『テンプラ』にしてあるらしい。
さらにもっとも特徴的なのは、スープにたっぷり載せられた『淡雪のような何か』である。
さて、外観はこのくらいでいいだろう。
なにはともあれ、まずは一口っと……ズズルルゥッ。
お、おおおっ!? こ、この特徴的な味と香りは!
「レ、レンっ! ミシャウに合わせるもうひとつの食材とは、『牡蠣』だったのかね!?」
私の言葉に、レンはニヤリと笑って言う。
「そう、牡蠣味噌つけ麺だぜッ! 牡蠣のエキスは中国語で蠔油、日本語でカキ油、英語でオイスターソース。牡蠣ってのは、旨味の爆弾でな。貝類のコハク酸、甘味を生み出すグリシンに、ラーメンには欠かせないグルタミン酸も豊富に含まれている……ミシャウの旨味もグルタミン酸だから、相性は抜群さ! そいつを動物系のこってりしたイノシン酸豊富な鶏白湯と合わせることで、旨味の相乗効果を引き出すんだ」
極太メンは平べったいストレート。冷たい井戸水でキリリと冷やされ、角がしっかり立っている。やや硬めの食感で、一噛みごとに小麦の香りが鼻に抜け、ほのかな甘みが後味に残る。ツルツルと軽快な喉越しよりも、ムッチリした歯ごたえを楽しむメンだった。
スープは熱々でドロリと濃厚。メンを沈めるのも一苦労するほどだ。独特な牡蠣の風味とほろ苦さが、まろやかなコクのしょっぱいミシャウと見事に調和している。
表面には液状化した鶏の脂が薄い層を作っており、いかにもオイリーでしつこそうに見えるが、スープに大量に浮かぶ『淡雪のような白い何か』……これは、『とある野菜』をすり下ろしたものなのだが、こいつが実に爽やかで清涼な辛味があって、水っ気たっぷりでシャリシャリと心地よい歯ざわりで、メンに絡めて一緒に食べるとちっともクドさを感じさせない。
いやー。すごいな、この『淡雪のような白いやつ』ッ!
口の中の脂っぽさを、見事にサッパリ洗い流してくれる。
これを思いついた人は天才だな。本当に、誰なんだろーなっ!?
……なーんて、ついトボけてしまったが。
実はこれ、私のアイデアで載せられた物だった。
ヤクミ。いわずと知れた、ラメンの名わき役である。
爽やかな辛味と清涼な香り、シャキシャキした食感で、脂っこいラメンを胸やけせずに美味しく食べさせてくれる。
だが私は『エルフの里のゴトーチラメン』で『ヤクミ代わりの花びら』を食べてから、ずっと疑問に思っていた。
……なぜ、ラメンにはヤクミがお決まりなのだろう?
レンはあくまで代用品として、食用の花びらを使ったわけだ。しかし、花びらを食べるという発想といい、カラフルで美しい見た目といい、それはあまりに奇抜で斬新で、私にとっては転がり出たカルマン猫の目玉(エルフの言い回しで、『目から鱗が落ちる』の意)だった!
だけどもそれからレンに食べさせてもらったラメンには、どれも必ずヤクミが乗っていた。
唯一違ったのは、『マタオマケイ』のツケメンのタマネギだけだ。
ラメンとは可能性の料理であり、『なんでもあり』が身上である。
で、あるならば。後口がサッパリしさえすれば、どんな物を乗せても良いはずだ!
そう思ってヤクミ代わりになる物を探し始めたのだが、これが意外と見つからない……。
香味野菜は数多あれど、スープに浮かべてメンと一緒に啜りこめ、油っこさを和らげるベストな食材は、やはりヤクミしかないように思えた。
もうダメか……と諦めかけた時である。ヴァナロの宴会で、レンの作った『ニギリズシ』。
あの卵焼きに巻かれていた薄切りの野菜、『ダイコン』を食べてこれだと確信した!
爽やかな後口。清涼な香り。ほろ苦さ。辛味。すべて私が求める水準に達している。
ダイコンをヤクミ代わりにできないだろうか? ヴァナロの名物『雪崩飯』のように、細かくすり下ろせばスープに浮くし、メンにも絡みやすいのではないか?
私は会議の場で、そう皆に提案したのである。
※なお、このアイデアをレンに話した際に『ヤクミ』というのは本来『風味付けの香菜や香辛料』を指す言葉で、私たちが『ヤクミ』と呼んでいる植物の名は『ナガネギ』というのだと教えてもらった……タイショがいつもナガネギをそう呼んでいたので、勘違いして覚えてしまったのである!
しかし、すでにこの世界の『ヤクミ』は『ナガネギ』を指す言葉になっているので、少々ややこしいが、今後もナガネギをヤクミと呼ばせていただく。
ヤクミとネギの勘違いは、ややこしいので作者的にはずっとスルーさせときたかったです……。
でもリンスィールがレンに話してしまった以上、指摘しないわけにはいかなかったです。
読んでてわからないよーとかあったら、感想で教えてください。
わかりやすく書き直してみます。
次回……仁義なきチャーシュ勝負