宴の夜はこうしてふけた
笑いの主は、シンザンであった。彼は面白そうに言う。
「いやはや。それがしには何を喋っているのか、てんでわからぬ。だがお二人とも、実に楽しそうに言い合いされておられる! はっはっはぁ!」
突然の事に気勢を削がれ、レンとサラは口をつぐむ。
しばらくしてレンは、心底呆れた声で言った。
「……ったく、強引にこの場を収めやがって。つーかシンザンさん、これ全部あんたの仕込みだろ」
「はっはっは。さて、何のことでござろう?」
「隠したってバレバレだぜ。あんな見え見えのタイミングで、狸寝入りしやがってよ! それにイッシンさんが俺に絡んできた時、カザンが驚いてた。そりゃそうだ。話の筋がおかしいもんよ。上手くラーメンが作れないから俺らが呼ばれたってのに、なんで嫌がるんだよ? それにシンザンさん、あんた寿司を全部食ってる。しかも、ヴァナロ人には忌避されてるはずの大トロまで……本当に居眠りしてたなら、起きて目の前に知らない料理があったら手をつけるか?」
レンの指摘の数々に、シンザンが膝をポンと打った。
「お見事っ! そこまで見破られては、それがしの負けでござるな」
カザンがため息を吐き、テンザンが渋い顔をした。
「そうです、おじ様。すべて父上の企みです。まったくもう、カザンに断りもなくこんな事をするなんて、どうかしてます!」
「レン殿、すまぬ。拙者は反対したのだ」
そ、そうか! レンのピンチに、我が友テンザンまでだんまりなのを妙に思っていたが……。
シンザンはまた、笑い声を上げる。
「はっはっは。ニギリズシ、大変美味うござった。実は、格好よく啖呵を切って騒ぐ皆を叱りつけるはずが、先にカザンが食いはじめてしまいましてな。見せ場を取られて、コソコソ食う羽目になりましてござる。はっはっはぁ!」
どうもシンザンは、『笑えばなんでも誤魔化せる』と思ってるようだった。
とはいえ、本当に笑って場の空気を変えられるのは、ひとつの才能と言ってもいいだろう。
レンも苦笑し、後頭部をガリガリとかき回した。
「ま、いいけどよ。ご隠居のコネまで使って、ラーメンのために必死で覚えた寿司だけど。今まで活用できなかったしな」
サラが呆れ声で言う。
「ラーメンとお寿司って……炭水化物同士じゃないの! いくらなんでもワンパクすぎない?」
レンは首を振る。
「んなことねえよ。関西じゃラーメンの待ち時間にバッテラを食うし、最近じゃ逆に、回転寿司屋がラーメンを出したりもしてる。ほら、寿司ってのは毎日大量のアラが出るだろ? 寿司屋にとっては捨てるだけでも、海鮮ラーメンのスープに使えば旨味の宝庫になっちまう」
「あー、確かに。あら汁にするにしたって、全部は使い切れないわよねえ?」
「前日に残ったネタも、火を通せば安心だろ。日によって仕入れる魚が違うから、アラ炊きスープの味が毎日変わる……なんてのを、売りにしてる有名店もあるくらいだぜ」
「へええ、面白いわね。そう言えば私、大学時代に研究で徹夜してた時、コンビニでカップラーメンと助六寿司を買って食べたわ。醤油スープで甘酸っぱい酢飯が、口の中でパラパラほどけて……疲れた体に、ありゃ染みたなぁー!」
レンは大きく頷いた。
「関東風の稲荷寿司自体、そんな感じの味付けだもんな。冷たい米と熱いスープ、相性が悪いわけねえ。だが和食の料亭やフレンチのシェフからラーメン屋になった例はあるが、寿司職人からラーメン屋になったって話は、とんと聞かない。でも、バッテラやあら炊きラーメンの例があるからな。俺は可能性がないとは思わなかった」
サラは驚いた顔になる。
「え、えーっ、なにそれ! 懐石料理やフランス料理とラーメンの組み合わせ!? 30年以上前の日本しか知らない私には、それだって十分驚きよ!」
レンはニヤリと笑った。
「今じゃソフトクリームや、フルーツを入れたラーメンまであるんだぜ! 当たり前の味噌やカレーも、出てきた当時は『ラーメンは醤油くさいのに限る』とか、『軽薄なゲテモノだ』なんて言われてた。誰かが最初にやる。常識を疑う、ぶっ壊す。無茶なんてねえ。成功すれば、そいつが当たり前になるのさ」
オーリが言う。
「だけど、残念だなぁ。ラメンとニギリズシは、結局上手くいかなかったんだろ?」
レンは首を振る。
「あ、いや。単品としては、なかなか面白いものができたんだ。ただ、その頃の俺が求めてたのは封印した『最強の親父のラーメン』の代わり、『商売になるラーメン』だったからな。そいつは少々、エキセントリック過ぎたんだよ」
「おお、一応は成功してんのか! ならレン、それもいつかは……?」
「へへっ。こう言って欲しいんだろ? 『ああ、食わせるよ』ってな!」
シンザンが立ち上がり、最初に会った時に見せたような厳つい顔で、太い声を出す。
「皆の者、よくわかったでござろう!? ヴァナロの外には偉大な文化がたくさんある。『ラメン』もまた、そのひとつだ。世界の中では、我らがヴァナロはあまりに小さい……三つの神器を守るため、異文化を受け入れて他国と手を取り合うのだ!」
それを聞いたヴァナロの人々は、声をそろえて一斉に叫んだ。
「「「御意ッ!!!」」」
さて、ついに雪崩飯である!
すり下ろした山芋は、トロトロネバネバと不思議な食感だ……『サンマーメン』の『アンカケ』ともまた違い、あれよりかなりゆるい。
新鮮な芋の風味とミシャウの絶妙なしょっぱさが、少し硬めに炊いた米と混じり合い、温かな飯で冷えた山芋がやや熱されて、良い香りがプウンと立ち上る。
量が控えめなのとスルスル喉に入るので、たっぷりのご馳走とニギリズシの後でも、美味しく食べられた。
ううむ。汗水流して芋を掘り、待ちに待った甲斐があったぞ。期待通りの美味さだな!
その後、宴会は『一旦お開き』となる。
帰った者も数人いるが、大半は私達の近くにやってきて、互いに酒を酌み交わす。
まさにシンザンの言う、『ざっくばらん』の砕けた雰囲気であった。
レンだけでなく、私やオーリにも大陸の質問が乱れ飛ぶ……ちなみにジュリアンヌは酔っ払った私たちに呆れて、早々に部屋へと戻ってしまった。
上機嫌のオーリが立ち上がる。
「うぃー、ヒック。すっかり酔っちまった。俺っち、便所に行ってくらあ」
「いちいち報告しないでよろしい。とっとと行ってこい!」
そう言ってオーリを送り出すと、ヴァナロ人のひとりが言った。
「ところで、リンスィール殿。エルフという方々は、『歌が非常に上手い』とシエ殿から聞きましてござる。ここはひとつ、歌声をお聞かせ願えませぬでしょうか?」
突然の申し出に、私は戸惑った。
「えっ!? わ、私の歌をか……? でもなぁ……うーん」
悩んでいると、サラが言う。
「あら。歌くらい、歌ってあげればいいじゃない。嫌なの?」
「む、むう……嫌と言うわけではない。ただ、私の歌はエルフの中でもかなりすごい部類に入るらしい。あまりにすごすぎて涙を流したり気絶するものまで出る始末なので、できるだけ人前で歌わないようにと伯母上殿に言いつけられているのだ」
私の言葉に、オオッ! という驚きの声がいくつもあがる。
サラとレンも、目をキラキラと輝かせた。
「キャー! 歌が上手なエルフの中でも、ひときわ綺麗な歌声ですって!?」
「そりゃすげえ! 俺も聞いてみたいぜ、リンスィールさん!」
シェヘラザードが寄ってきて、三本弦の奇妙な楽器をベベン! と打ち鳴らす。
彼女は妖艶な笑みを浮かべ、私に請う。
「リンスィール様、わたくしからもお願いいたします。皆もこうして興味津々、聞きたがっておりますゆえ。伴奏はさせていただきます」
こうまで期待されては、歌うしかあるまい。
「ふむ。シエ殿、『虹色の剣の唄』は知ってるかね?」
「知っております。五十年ほど前にハーフエルフの旅芸人ニケが歌い、大陸全土で人気を博した演目ですね。七つの声とリズムを使い分け、まるで七人が歌っているように聞こえる。不思議な力を持つ神々の遺物を巡る、冒険の物語です」
「難しい曲だが、できますか?」
シェヘラザードは何度か楽器を鳴らし、弦を調整してチューニングすると音を刻み始めた。
♪ベンベベン、ベンベン ♪ベン、ベベンベンベン
軽快なリズムにいざなわれ、私は広間の中央へと歩み出る。
「こほん。では、歌わせていただく……虹色の剣の唄!」
と、ちょうどよく戻ってきたオーリが、私の姿を見て目を丸くした。
「お、おい。レン! こりゃ一体、どういうこった!? 何やってやがんだよッ!」
「えっ。何って、今からリンスィールさんが歌うんだよ」
そういえばオーリに歌を聴かせるのも、二十数年ぶりになる。
「バ、バカッ! やめさせろ、今すぐ止めるんだ!」
なにやら騒ぐオーリに軽く手を振り、ニッコリと笑う。
さあ、歌いだしはここからだ!
私は大きく息を吸い込んで、曲に合わせて気持ち良く歌い始めたのだった。
ボエーーー!!!
次回は、いよいよ始まる『ラメン』作り