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異国の宴会

 宴会は席が数人ずつのグループに分けられて、各々の前には『小さな個人用テーブル』があり、その上に各種の小皿料理が並ぶ。

 さらにグループ内には大皿があり、それをみんなで取り分ける形式だった。

 目の前できらめく、山海の珍味っ!


 個人テーブルには野菜の漬物、イカとタロイモの煮物、ミシャウ・スープなどの酒肴(しゅこう)が彩りよく配置されていたが、中でも特に印象に残ったのが、カップに入った温製プディングの『茶碗蒸し』である。

 大陸のプディングはどちらかと言えば甘い味付けが多く、また型から出して冷やしてあり、クリームなどで飾り付けられて食感はフワっとしている。

 だが茶碗蒸しはツルンとした口触りで、魚やコンブの出汁で味付けしてあり、控えめな塩味で香りがよい。

 また、カップに入ったまま(さじ)(すく)って食べるという形式もいい。

 茶碗(カップ)に入れて蒸すから、茶碗蒸し……うむ、読んで字の如くだな!


 大皿には薄く平たく、一口大の短冊状に切った、生魚の切り身が大量に盛りつけられてる。

 赤身や白身、銀色に光る青魚の他、ホタテやアワビ、生牡蠣(なまがき)などの貝類もあって、どれも規則正しく美しく飾られていた。

 これはワリバシ(我々の使っている木を削っただけの簡素(かんそ)な品と違い、黒い塗装(とそう)がされている。おそらく使い捨てではなく、何度も洗って使うのだろう)でつまんで、酢と酒と塩を煮詰めた液体に浸して食べるのだが、調味液には『ワサビ』と呼ばれる香辛料が溶かしてあり、強いしょっぱさと鮮烈な辛味が官能的な歯ごたえと共に、ツーンと鼻に抜けるのだった。


「こ、これは新感覚だなっ! ワサビか。生の魚の風味と実によく合っている。このような素晴らしい食材に出会えて、私は嬉しいぞ! ……おや。どうしたんだオーリ、食べないのか?」


 私がそう尋ねると、オーリは恐々とした顔で言う。


「あ、いや。生魚を食うと虫に当たるっていうだろ? 俺っちの父方の叔母が、生魚でひどく寝込んだことがあってよぉ」


「一応、エルフにも『ウサギの胃は絹で、エルフの胃は木綿で、クマの胃は麻でできてる』なんて言い回しがあり、生魚を食べるのは禁忌(きんき)とされてる。しかし君は以前、私と一緒にタイショの持ってきた『シオカラ』を食べたじゃないか!」


「アレは熟成されてただろ? だけどこりゃ、完全に生魚を切っただけじゃねえかよ」


「君にしてはずいぶん臆病だな、オーリ。だけど大陸でも、生の魚は食されてるぞ」


「えっ、そうなのか!?」


「ああ。港町など、新鮮な魚が取れる地域に限られてるがな。薄切りにした白身魚にレモン汁をかけ、塩コショウを振って食すのだ。初めて見た時は、私も大いに驚いたぞ! だが、その町では生魚を食べても誰も腹痛を起こしてなかったので、大丈夫と判断して私も口にしたのだよ」


 それを聞くとオーリは、ようやく生魚の切り身へとワリバシを伸ばす。


「ま。ブラックドラゴンの肉食って腹イタ起こしたおめえさんが、平気というなら大丈夫だろ……」


 彼の一言に、顔がカッと熱くなるのを感じた。


「そ、そのことは言うなっ。もう忘れてくれ!」


 ジュリアンヌも生魚を怖がっていたが、私たちやレン、サラが平気で食べてるのを見て、大丈夫と判断したようで食べ始める。

 だがしかし、どうやらワサビがお気に召さなかったらしく、一口食べると口を押えて涙目になり、ケホコホと咳き込んでから給仕に言って、ワサビの入ってない調味液に変えてもらっていた……。


 後で友人のタルタルに聞いたのだが、一応は海の魚にも虫はいる。

 だけど川の魚は肉の中に虫がいて、海の魚は主に内臓に虫がいるのだそうだ。

 魚が死ぬと虫は身の方に移動するので、新鮮な海の魚肉には虫がいないのだとか。


「この魚は、昔食べた魚よりもさらに美味い気がする……身がプリプリしてて、生臭さがちっともない。不思議な甘みがあるな」


「チャクラに針を打ち、魚を気絶させるのです。そうすると魚はいつまでも新鮮なままなのですよ」


 と、カザンの声が掛かる。

 チャクラとは、東洋で言うところの魔力(マナ)の通り道である。


「おや、カザン君。こちらへきたのかね?」


 彼は先ほどまでの服装と違い、ドレスのような美麗な服を着てる。

 カザンはテンザンやシンザン、義母のシェヘラザードと同じグループにいたようだが、個人用のテーブルを持ってこっちへ移ってきたようだ。

 なるほど……この形式だと簡単に好きなグループに移動して、親しく話ができるのだな。

 立食形式とフルコースの、いいとこどりの宴会と言えそうだ。


「はい。父上が、お客様をもてなしてこいと。それと、何か不足があれば対応するようにと言われました」


「ふうん。君の家族は、あれで全員かね? テンザンの奥さんはいないのか? ……まさか、もうご存命ではないのだろうか?」


 テンザンの妻はユメハと言い、サラの残したニホンの本をもとに、同性愛文化の『ヤオイ』や少年の女装文化を、ヴァナロに広めた張本人である。

 なかなか無茶苦茶をやるので、屋敷に到着した時からどんな人物か気になっていたのだが……。

 だがしかし、カザンは笑って言う。


「お婆様はピンピンしてますよ。今は、西の『玉の一族』の地に旅行中です。お爺様と喧嘩して、怒って出て行ってしまわれたそうです。なにしろ、三十年も帰ってこなかったわけですから」


「なるほど。不平不満も大いにたまっているというわけか。それは怒りっぽくもなるだろうね」


 奥さんに文句を言われながら、申し訳なさそうな顔で無言を貫くテンザンを想像し、私は苦笑する。


 レンがカザンに声をかけた。


「お? なんだ、カザン。えらく可愛らしい格好してるな」


「あ、ありがとうございます、おじ様。これは、カザンのとっておきの勝負服です! ささ、どうぞお酒を……」


 レンは頬を赤らめるカザンに寄り添われ、酒を注いでもらっては飲む。

 ヴァナロの酒は米を発酵させたもので、アルコール度数は高くないが甘くて飲みやすく、トロリとした喉越しで華やいだ香りがする。

 ミシャウの味付けや魚の味によく合っていた。


 ふと、サラが一人でコソコソやっているのを見て、ジュリアンヌが尋ねる。


「あら? サラさん、何をやっていらっしゃるんですの?」

 

 サラはギクリとして、何かを背後に隠した。

 私は身を反らして彼女の背を見る。


「サラ殿。一体、何を隠したのです。これは……ショーユ?」


 透明なポーション瓶の中には、黒い液体が半分ほど入っている。

 見まごうはずもない馴染みの姿。

 ファーレンハイトでラメン食材として売られてるショーユである。


「お、お願い! 見逃してよ。私、ヴァナロの新鮮なお魚をワサビ醤油で食べるのが長年の夢だったの!」


「いや、別にいいんじゃないか。なあ、レン?」


 私がそう言うと、レンもあっさり頷いた。


「うん。現地に食材を持ち込まないってのは、あくまでご当地ラーメンのルールだ。ラーメンに使うわけじゃないし、個人の食べ物までとやかく言わないよ。それより、こっちにも醤油くれないか?」


 私もオーリもジュリアンヌもカザンも、サラにショーユをもらった。

 ワサビを入れて魚の切り身を浸して食べてみると、なるほどこれはかなり美味いッ!

 酢と酒の調味液よりもしょっぱさが鋭く、ワサビの刺激も際立っている。わずかな苦味もちょうどいい。


 ヴァナロ人のカザンも大絶賛である。


「ショーユにはラメンだけでなく、このような使い方もあったのですねえ!」


 と、レンが言う。


「こっちの醤油って確か、ココヤシの実からできてんだろ? 俺らの世界の醤油は大豆からできてんだよ」


「大豆。では、我が国のミシャウと同じですね」


「ああ。興味あるなら、あとで作り方を教えるぜ」


 そんなこんなでみんなでワサビ・ショーユで魚の切り身をパクついてると、あっという間になくなってしまった……。

 オーリが名残惜(なごりお)しそうに、空の大皿を見つめて言う。


「なあ、カザン。厨房に言って、もうちょい生魚の切り身もらえねえかな?」


「いいですよ。ですが、そろそろ次の料理が来るはずです。そちらを楽しんでからではいかがでしょうか?」


 カザンがそう言うと同時に、部屋の引き戸が開かれてオオッ!と声が響く。

 生魚が載っていた大皿が撤去され、次々と並べられる新しい大皿の上には、なにやら茶色い塊と白くて細長い料理が相盛りにされている。

 それを見て、サラが歓声を上げた。


「キャーッ!? カザンちゃん、ひょっとして、アレって、アレって……!?」


「そうです。あれはその昔、お姉様がニホンより伝えてくださった料理です」

はたして、サラが伝えた料理とは……!?


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― 新着の感想 ―
[一言] 活き締めってほんとすごい知識だよな。日本の江戸時代が発祥らしいが、そこまでして魚を食べたいのかってな。
[良い点] 茶碗蒸しは和風プリン!w 日本人なら醤油でしょw 他にもいっぱいあるけどとりあえずw [気になる点] 味噌ときりたんぽかな? [一言] らーめん・・・どこ?w
[気になる点] 煎り酒や赤酒はコストの安い上位互換があった為に一部の人だけしか使用しない品物になってしまいましたね後学のためアマゾンで購入したことありましたがリピートは無いなあと思いました
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