ヴァナロの風呂文化
今回は前回、まるまる削った部分になります。
やっぱ「削る必要なかったかな」と思いまして、再掲することにしました。
すみません。
長い芋を折らずに持ち帰るのは少々骨だな、と思っていたら、帰りはサラがワープ魔法で送ってくれた。
彼女は嬉しそうに、「うふふ、自然薯が掘れる座標ゲット! これでいつでも美味しいトロロが食べられるわ」と呟く。
「あの、サラ殿。勝手に掘ったら、『芋泥棒』になるのでは?」
私の言葉に、サラはギクリと硬直する。
それを見て、カザンが笑った。
「うふふ。いいですよ、お姉様。欲しいのならば芋くらい、いくらでもお持ちください」
屋敷に帰った我々であったが、服も手も泥だらけになったので、まずは湯を浴びて汚れを落とすことにする。
ヴァナロは海と山が近いこともあり、どこを掘ってもお湯が湧くほど『温泉』に恵まれた土地なのだそうだ。
ヴァナロ人はみんな風呂が大好きで、街には誰でも自由に入れる共同温泉があるのだとか……。
大陸にも温泉はあるが、たいていが火山の近くなのでドラゴンの住処がそばにあり、商業的に利用してるという話はあまり聞かない。
テンザンの屋敷の風呂も温泉で、岩を配置した広大なバスタブには、溢れんばかりの湯がコンコンと注がれている。
また、それとは別にキンキンに冷えた川の水を引き込んだ『水風呂』も用意されていた。
ヴァナロでの入浴は、白い麻の肌着を着て男女混合で風呂に入る『混浴』というスタイルである。
身体に湯をかけて汚れを落として、広いバスタブに足を踏み入れる。
入ったばかりはとても熱く感じるが、すぐに肌が慣れてちょうどよくなる。
オーリが、首をボキボキ鳴らして言った。
「ふぅー……! たっぷりのお湯に浸かるってのは、気持ちがいいもんだなぁ!」
お湯に身をゆだねながら、私は頷く。
「ああ。入浴で身体を浸せるほど湯を使うのは、小さなホビットや、大きな街を築くヒューマン族のやり方だね。エルフはもっぱら水浴びだし、確かドワーフは蒸し風呂だろう?」
「おうよ。ドワーフは、洞窟暮らしだったからなぁ。精錬で出た熱や地下水はたっぷりあったが、汚れた水を捨てる場所がなかったんだよ」
「なるほど。それで蒸し風呂なのか」
「ドワーフの王国には、それは豪華なサウナ室があったらしいぜ? 壁や装飾品は純金でできてて、いつでも蒸気で満ちて熱々だったって話だよ! ま、俺っちが生まれた時は、もう国は悪魔どもに乗っ取られた後だったから、この目で見たことはねえが……」
「そうか。それもいつか、見てみたいものだな……」
「ああ。いつか……いつかな。俺っちたちドワーフが国を取り戻したら、お前やレンも蒸し風呂に入れてやれるかもな」
「と、そういえば。そのレンは一体、どこにいるんだ!?」
キョロキョロしてると、すぐ隣りにいるサラが言った。
「レンなら、スマホの回収してくるって言ってたわ。ソーラー発電機に繋いでおいてたんですって」
「スマホ……? それは、『ツイッター』とかいう板とは別の物なのですか?」
「さあ、よくわかんない! アレ、私のいた時代にはなかった機械だから。ボタンもなしに、どうやって操作するのかしらねえ?」
そんな話をしていると、湯煙の向こうから人影が近づいてきた。
体格や背の高さからして、レンだろう。
オーリが大声で彼を呼ぶ。
「おーい! こっちだ、レン! 早く来いよ、気持ちいいぜ!」
「おう、オーリさん。今行くよ」
湯煙の中からスタスタと歩いてくるその姿を見て、私は驚いて声を上げた。
「……って、えええーーっ!? レ、レンっ、君、なんで素っ裸なんだ!?」
「リンスィールさん。サラとジュリアンヌまで!? 混浴かよっ!」
サラがキャーキャー悲鳴を上げて左手で顔を隠す。けれど隻腕ではそもそも隠せる範囲に限りがあるのか、それとも元から隠す気がないのか、彼女の視線は指の隙間からレンの裸体をバッチリ見ていた。
その横ではカザンが頬をポッと赤らめて顔を伏せてモジモジしてるし、さらにその向こう側ではジュリアンヌが己の見たものが理解できない様子で、目を丸くしてカチンコチンに硬直している。
「っていうか、なんでみんな風呂入るのに服着てんだあっ!」
素っ頓狂な声を上げるレンに、私は思わず言葉を返す。
「そりゃあ、人前で裸になるわけにいかないし、普通は服を着るだろう」
「いやいや。温泉っつったら、普通は裸だろ」
「そもそも脱衣所に肌着が置いてあったじゃないか。なぜ、あれを着てこなかったのだね?」
「ありゃあ、出た後に着る浴衣かと思ったんだよ!」
てんやわんやと不毛な言い合いを続ける私たちに、ただ一人冷静なオーリが呆れ声を出した。
「おい、レン。いいからとりあえず、急いで肌着を持ってこい!」
「おっ。そ、そうだな」
レンはハッとして、苦笑いで足早に去って行った……。
しばらくしてから、サラが妙にウキウキした声で言う。
「ね、ね。カザンちゃん。どうだった?」
「ど、どうとは……? どういった意味でしょうか、お姉様」
「んもう、トボけちゃって! レンの裸見て、顔を赤くしてたじゃない。ねえ、なんでよ?」
「えっと……そのう……。とっても……ご立派でしたから」
「そうねえ。おっきかったわよねえ。山芋みたいだったもの! ありゃ、相手するの苦労するわ」
耳まで赤くなってうつむくカザンに、サラは嬉しそうにニシシと笑って追い打ちをかける。
「ねねね、どうかしらカザンちゃん? 今夜あたり、寝ぼけたふりしてレンの布団にお邪魔してみたら?」
カザンはしばらく顔を伏せていたが、やがて顔を上げた。
「……そうですね。カザンも正直、おじ様がカザンをどう思っていらっしゃるのか、興味があります。夜這いはともかくこのようにお近づきになる機会はもうないかもしれませんし、少し積極的に動いてみるのもいいかもしれません」
だが、その時である。
「そ、そ、そんなのダメですわッ! あたくしが許しませんですわよ!」
意外なとこから『待った』の声が掛かった。
ジュリアンヌである。
私は首を傾げつつ、彼女に問う。
「いや、ジュリアンヌ嬢。君が許す、許さないを言うのはおかしくないか? だって、君とレンはラメンを通じた仲間ではあるが、友達でも恋人でもないだろう。今回の旅にも無理やりついてきたようなものだし、レンが誰とどのような関係になろうが、君には関係ないのでは?」
「か、関係なくなんてありませんわよ! だって、レンはあたくしの大切なお――」
「やぁー。悪りぃ、悪りぃ! みっともないとこ見せちまったな、みんな!」
彼女が何かを言いかけたと同時に、レンが戻ってくる。
するとジュリアンヌは、顔を赤くしてグッと口を引き結ぶ。
「……ジュリアンヌ嬢。お、の続きはなんだね? 君の言葉はレンには訳さないから、言ってみたまえ」
私は続きを尋ねるが、ジュリアンヌは無言でフンと顔を逸らしてしまった。
……ふむ。
どうやらレンに聞かれたくないというより、レンの前でそれを口にしたくない、といった風だな。
その後はレンも交えて、平和な入浴が続く。
ジュリアンヌが、身体に小さな布袋を擦りつけてるカザンに尋ねる。
「カザン。それ、なんですの?」
「これですか? ヌカ袋です。これで洗うと汚れが落ちて、肌がツルツルになるんです。お使いになられますか?」
受け取ったジュリアンヌは、しばらくそれで肌着の上から手や足を洗っていたが、やがてオーリへと顔を向ける。
「ねえ、『黄金のメンマ亭』のオーナーさん。ちょっとこれで、背中を洗ってくださらないかしら?」
「ああん? 俺っちは、おめえの召使いじゃねえぞ!」
「だって、手が届かないんですもの。いいじゃありませんこと」
「チッ、しょうがねえなぁ……。ほら、頭も洗ってやっから、クルクル髪を結んでるリボンほどくぞ」
「あっ……ダ、ダメですわ! 今夜はメイドがいないから、同じ髪型にできませんもの!」
ジュリアンヌは嫌がるが、オーリはさっさと外して頭を洗い始めてしまう。
不満げな顔でお湯をかけられてる彼女に、苦笑交じりで私は言った。
「大丈夫だよ、ジュリアンヌ嬢。ドワーフは、手先がとても器用なんだ。髪型ぐらい、すぐに戻してあげられる。彼等が髭を結んでお洒落してるの、見たことないかい?」
ドワーフの中には、長く伸びた髭を編み込んだりビーズで飾ったりと、見事にアレンジしている者も少なくない。
実際、彼らは本当に器用である。
武器や日用品の鍛冶仕事にとどまらず、大工、石工、陶器作りに床屋まで、なんでもこなす。
できないのはポーション作りくらいと言われてる。彼らは秤を使って計量せず、目分量と勘で薬を調合するので、どうにも効果が安定しないのだった……。
湯上がりは、『アマザケ』と呼ばれる飲み物を楽しんだ。
これはサラが用意したもので、米を発酵させた酒の一種だそうだ。
酒とはいうものの、アルコール分はほとんど感じない。
「このアマザケという飲み物は、甘くてのど越しが柔らかで実に美味いね!」
私が称賛の言葉を口にすると、サラは言う。
「竹筒に入れて、雪の中に入れておいたのよ。よく冷えてて、おいしいでしょ?」
レンが頷く。
「ああ。温泉の飲み物と言えば、ビールかフルーツ牛乳だと思ってたけど。冷やした甘酒もいいもんだな」
「お酒はどうせ、この後の宴会で飲むしね! っていうか、レンはフルーツ牛乳派なのね。私はコーヒー牛乳派だったわ。あーあ、また飲みたいなぁ……こってり甘くて、美味しいのよねえ。レン、次にこっち来る時に、雪印の買ってきてよ」
「いいぜ。でも確か、こっちの世界にもコーヒーあったろ」
「えっ、嘘ぉ!?」
「なあ、リンスィールさん。カンコォリって名前で売られてるんだっけ?」
私はサラに、カンコォリの味や香り、ナンシー商会を通じて売られていることを説明する。
話を聞いたサラは、驚いた顔になった。
「全然、知らなかった……! こ、今度買ってきて、お砂糖たっぷりの家でつくろっと」
小一時間ほど入浴を楽しんで、腹もペコペコ。
いよいよヴァナロで最も楽しみにしていた、夕食の時間だ。
適度に体を動かして身を清め、広間に通された私たちの前に、『ヴァナロのごちそう』が登場する!