ヴァナロの『ラメン』、どう作る?
タタミに膝をついたカザンが真っ直ぐに頭を下げる。
「よもや、あそこまで酷いものだったとは……! 申し訳ありませんでした、みなさま方っ!」
それを見て、レンが笑った。
「大丈夫だよ、カザン。むしろ、あれくらい酷い方がやる気が出るってもんだぜ」
ジュリアンヌが眉間にしわを寄せ、腕組みをして言う。
「それにしても、あのイッシンって料理人……ちょっとあんまりじゃなくって? 豚がないなら、チャーシュは他の物で作れば良いのですわ。鴨とか羊とか、使えるお肉は他にも色々ありますわよ」
私は同意した。
「まったくだね。カザン君、彼は一体どういった男なんだ?」
「イッシンは、カザンが生まれる前からこの屋敷に仕えていて、二十年以上も料理を作り続けています。カザンの誕生日にはご馳走で祝ってくれますし、母上の命日にはお好きだった栗ご飯を墓前に供えてくれます。彼ならば、もっと美味しいラメンが作れるはずなのですが……?」
「だとしても、彼からはラメンに対する情熱が感じられないよ。ラメン作りには創意工夫が必要だ。担当するのは、別の料理人に変えた方がいいんじゃないか? オーリ、君もそう思うだろう」
だがしかし、オーリは首を振る。
「いいや。俺っちは、そうは思わねえな」
「なんだと……? 意外だな、オーリ。タイショのラメンを復活させるため、ブラド君と一緒に二十年以上も頑張り続けてきた、君らしくもないセリフだ」
「違うぜ、リンスィール。逆だよ。俺っちやブラドは、タイショのラメンを食ったからこそ、二十年も頑張れたんだ」
「なに。タイショのラメンを食べたからこそ、だと?」
私が思わず聞き返すと、オーリは力強くうなずいた。
「そうだ。自分が進むべき場所が見える。そこに至る道はわからなくっても、ゴールには世界一美味い食いもんがある……それがわかってたから、俺もブラドも必死になれたのさ。だけどよ、イッシンの奴はどうだ!? 食ったこともない料理を『ウマいから作れ』と命令されて、オマケにショーユや豚肉、いくつかの材料は手に入らないときた!」
「……ふむ、なるほど。一理あるな」
どうせ、口下手なテンザンのことだ。
ラメンや『ミソラメン』がどのような料理か聞かれても、「とにかく美味かった!」とか「味わったことのない美味であった!」とか言うだけで、二言目には「また食べたい。早く作れ」としか言わなかったに違いない……。
そんな状況でせっつかれても、やる気を失うだけなのは想像に難くない。
オーリは、あご髭をしごきながら続けた。
「チャーシュだってそうだろ。豚肉を食ったことあれば、何で代用すればいいかも思いつく。けどよ。生まれてから一度も豚を食ったことない人間には、何を使えば豚の代わりになるのかすらわからねえんじゃねえか?」
レンとジュリアンヌ、そして私も頷く。
「ああ。俺の国には、『百聞は一見に如かず』ってことわざがある。文字だけで情報を伝えるのは、想像以上に難しいんだ。それに料理ってのは、とにかく経験がものをいう世界だからな。微妙な塩加減や調味料のわずかな違いとか、レシピじゃ書ききれない情報もたくさんあるぜ」
「あたくし、豚を食べたことない人がいるだなんて、想像もしてませんでしたわ! 生まれた時からあたくしの身近には、豚もラメンも当然のようにありましたもの。でも、確かに……言われてみれば。豚肉に近い味のお肉だなんて、パッと思いつきませんですわね」
「レンにエルフの里でラメンを作ってもらった時も、現地の料理人には大いに反発されたよ。知らない料理を自分の主君がベタ褒めするのは、やはり料理人の立場からすると、良い気分ではないのだろうな」
数々の言葉を聞いて、カザンはグッと息を呑む。
「は、はい。みなさま方のおっしゃる通りです……っ。カザンは、イッシンの気持ちをまったく考えていませんでした……。彼の力量ならば、与えられた情報だけで十分に『ヴァナロのラメン』を作れると、そう短絡的に考えてしまいました……」
エルフの里を出てから、200年余り。
私は世界の各地で、『天才』と呼ばれる者たちを何人か見てきた。
例えば、友人の『大錬金術師タルタル・ヴォーデン』もその一人だし、カザンもおそらくそうである。
この若さで剣の腕は鍛えた騎士より遥かに強く、よく頭も回り、外交官としての仕事も立派にこなしている……。
天才。なんでも卒なくこなし、時には世界を変えるほどの力を持つ彼らには、だがある共通した『弱点』があるのを私は知ってる。
それは、『普通の人の心がよくわからない』ということである。
そしてもうひとつ。失敗の経験がほとんどないだけに『打たれ弱い』ことだ。
カザンはショックを受けて、ひどく落ち込んでしょんぼりしている。
何も言わずに肩を震わせ、うつむいたその頭を、レンが身を乗り出して大きな手でワシャワシャなでた。
「気にすんな、カザン! お前、料理は素人だろ。細かいことに気づかなくっても仕方ねえさ」
「そうだぜ。だからこうして、俺っちたち専門家が遥々ヴァナロまで来たわけだしな。小難しく考えずに、ガキは大人を頼りゃいいんだ」
「うむ。大船に乗ったつもりで、私たちに任せておきたまえよ。ヴァナロのラメン作りに誠心誠意、全力を持って取り組まさせていただこう」
「オーッホッホッホォ! このスーパー天才美少女貴族料理人のジュリアンヌ・シャル・ド・ペンソルディアがお手伝いしてさしあげますわ! なぁーんにも心配いらなくってよ?」
カザンは目の下を真っ赤にして、我々を見てニッコリと笑った。
「お、おじ様、みなさま方! カザンは……カザンは、本当に果報者ですっ!」
その可愛らしい顔に、私たちはなんだか照れてしまう。
どうやら彼には、『人たらし』の才能もあるようだ。
ふと、サラがこの場にいたら、鼻血でも吹き出してたろうな……と、そんなことを思った。
しばらくしてから、ジュリアンヌが得意げに言った。
「こほん。ま、それはともかくとして……あたくしにかかれば、問題はあっという間に解決ですわ!」
オーリが興味津々で問う。
「へえ、なんか名案でもあんのかい? 『無敵のチャーシュ亭』の店主さんよ」
「簡単なことですわよ。ねえ、カザン。ヴァナロの人たちが食べないのは猪だけで、豚は食べられるのでしょう?」
「はい、そうですね。豚と猪は見た目が大きく違いますから、ヴァナロの民も父上たちに遠慮はしないで食べるでしょう」
「だったら、ファーレンハイトから豚を運んでくればよろしいんじゃなくって? サラさんに頼めば、あっという間に行き来できますもの。ついでにこれを機に、ヴァナロでも養豚を始めればよろしいのですわ! ねーっ、エリザベスー?」
ジュリアンヌはニコニコ顔で、足もとのエリーに笑いかける。
主人に同意を求められ、小豚は嬉しそうにブヒブヒ鳴いた。
むぅ。なにやら、残酷な光景だ!
すぐさま私は、手を振って言う。
「いやいや。それはダメだよ、ジュリアンヌ嬢。『ゴトーチラメン』の主義に反する」
「ゴ、ゴトーチ……ラメン……? なんですの、それは?」
私はジュリアンヌに、ゴトーチラメンとは『その土地の名物的なラメン』であること、その土地の住民が馴染みやすく日常的に作りやすいよう『できるだけ土地に根差した素材を使う』ことなど、『ゴトーチラメンの極意』を教える。
話を聞いたジュリアンヌは、キラキラした目になった。
「土地ごとに違った味のラメンだなんて……すごいですわ、ゴトーチラメン!」
レンが言う。
「なあ。まだ時間もあるし、とりあえず外に出てみないか? ヴァナロのリアルを知らなきゃご当地ラーメンは作れないし、腹減らさないと夕食も満足に食えないだろ」
と、サラが引き戸を開けて顔を出す。
「ねえ、みんな。ちょっと山までお芋堀りに行かない? 自然薯掘り!」
東郷平八郎「なあなあ!イギリス海軍でめっちゃ美味いビーフシチューって料理食ったんだけど、日本でも作ってくれん?」
部下「へえ。やってみましょう!で、どんな料理ですか?」
東郷平八郎「んー、なんかね。肉とじゃがいもとタマネギ入ってた……じゃ、よろしく!」
部下(はぁ!?そんな情報で作れっかよ!?)
数日後
部下「……な、なんとかできた!」
東郷平八郎「なんか、思ってたんと全然違うけど……これはこれで美味いからよし!」
部下「肉とじゃがいも入ってるから、肉じゃがと名付けましょう」




