シンザンとシエ
部屋の床は『タタミ』と呼ばれる、植物を複雑に編み込んだ『板』が敷き詰められている。
同じ東方でも『大陸の東方』の内装は、赤や金を多用したデザインだ……しかし、ヴァナロの室内は木や草を使っていて、白と黒と茶を基調にした落ち着いた色合いとなっていた。
派手好きなドワーフなどは大陸の様式がいいのだろうが、自然と共に生きる我々エルフには、こちらの方が好みだな。
カザンやレンたちは薄手のクッションの上で『足をそろえて踵の上に尻を乗せる』という、奇妙なスタイルで座っていた。
私とオーリも真似してみたが、足がしびれて耐えられなかったので、今はあぐらをかいてる。
なお、ジュリアンヌはそもそもこの国の作法に従うつもりがないのか、持参したトランクに腰かけていた。
まったくもう、この娘は……旅の楽しみ方をわかっておらぬ!
やがて足音が聞こえて紙製の引き戸が開かれると、精悍で鋭い目つきの男と、旧友のテンザンが現れた。
彼らは、カザンたちと同じようなスタイルでクッションに座ると、口を開く。
「ようこそヴァナロへ、お客人。それがし、剣の頭首シンザンでござる」
なるほど。息子だけあって、若い頃のテンザンによく似てる……。
シンザンは400年生きたエルフの私から見ても、古風なしゃべり方をする男である。
彼は私たちをぐるりと見まわし、それから軽く頭を下げて言った。
「我が子カザンの話によると、皆様方は『ラメンの専門家』であらせられるとか。ぜひとも『ヴァナロのラメン』を完成させるため、お力添えをいただきたい! 滞在中はこの屋敷に部屋を用意させるゆえ、自分の家だと思って、ごゆるりとおくつろぎを」
「それじゃ早速、試作品のラーメンを食わせてもらいたいんだけどよ。いいかな?」
レンがそう言うと、シンザンは手をパンパンと二回叩く。
「あい、わかり申した。すぐに支度させるゆえ、しばしお待ちを……おい、ラメンの用意だ! それと、茶を持て! ところで、お客人。それがし堅苦しいのは苦手ゆえ、ここからは『ざっくばらん』でいこうと思いまする。……よろしいですかな?」
「ああ、かまわないぜ。俺も気楽な方がいい」
レンが返事をすると、シンザンは大仰にうなずいた。
「それは重畳にござる。では、許しも得たことですし……よっこらせっと」
シンザンは、その場にゴロリと横になる。
さらには着物の前をはだけて腹を出すと、ボリボリかいて肘枕であくびした。
あまりのだらしなさに呆気にとられる私たちの前で、テンザンが厳しい声で言う。
「こら、シンザンっ! 貴様、はしたない真似をするでないッ!」
叱られてるというのに、シンザンは平気な顔で言い返す。
「よいではないですか、父上殿。お客人も気楽がいいと言っておりまする……あんなしゃちほこばったやりとりでは、互いの胸のうちも明かせないでござるよ。ざっくばらん、ざっくばらんでいきましょうや」
先ほどまでの凛々しい目つきは、今はフニャリと垂れ下がってる。
テンザンは、大きくため息を吐いた。
「はぁー、我が息子ながら頭が痛い! 剣の才は拙者以上だというのに、なぜそう怠け癖が抜けんのだ!?」
「あっはっは。それがしの怠けは、生来のものでござる。抜きようがありませぬ。それに元服前の息子を放り出して、大陸に渡って魔女探しの旅をしてた父上に言われたくありませんなぁ」
「ぐっ!? ぬぅ……」
痛いところをつかれて、テンザンは渋い顔で黙り込む。
と、部屋の外から声が掛かった。
「テンザン様。お茶をお持ちいたしました」
「おう、シエか。それがしの女房でござる。よし、入れ!」
シンザンが声をかけると、引き戸が開かれて女性が姿を現した。
その姿を見て、私は驚愕する。
黒目、黒髪。それはいい……だが、あの長く尖った耳はエルフのものだ!
そして、肌が浅黒い。
「なっ!? ダ、ダークエルフではないかっ!」
私が思わず立ち上がると、シエと呼ばれたダークエルフは、床に膝をついて頭を下げた。
「シンザンの妻、シェヘラザードと申します。どうぞ、シエとお呼びください」
「バカな……! なぜ、ダークエルフがここにいる!? 貴様、ヴァナロで何をたくらんでるのだ!? サラ殿っ! あなたは、この事を知っていたのか!?」
サラは慌てて首を振った。
「い、いえ。私は何も知らなかったわ! 前に来た時は玄関先でテンザンと話して、リューミンを紹介されてミシャウのお店を案内してもらっただけだもの」
「おいおい。どうしたんだよ、リンスィールさん。そんなに慌てることないだろ?」
「レン、リンスィールが身構えるのも無理はねえ。ダークエルフは、血と暴力を好む野蛮な種族なんだ! エルフの里もダークエルフの手引きで魔族に襲撃されて、リンスィールの両親もその時に命を落としたらしいぜ」
オーリの言葉に、シェヘラザードは神妙な顔つきで頷いた。
「その通りでございます。ダークエルフは魔王に与し、死と呪いをふりまく種族です。ですが、私は違います。一族の皆とは違い、血を見ることが怖くてたまらないのです。そして戦いから逃げて裏切り者として仲間に追われ、流れ着いた先がこのヴァナロです」
シンザンが、のんびりした声で言う。
「シエは、それがしが子供の頃に浜辺で拾った女でござってな。服装から大陸の漂流者とわかりましたが……いやはや。最初は驚きましたぞ! 肌が黒いからタコに墨でもかけられたのかと、気絶したシエを布でゴシゴシ擦ったものでござる。あっはっは」
笑い話のつもりなのか、シンザンは楽しそうに笑う。
だが、私は全然笑えない。
そんなシンザンと、息子のカザンを交互に見ながら言う。
「シンザン殿っ! 先ほど、この女はあなたの『妻』だと言ってましたな。ですがそもそも、ダークエルフは他種族と子を成せないはずですが?」
その疑問には、カザンが答えた。
「当然です。シエとカザンは血が繋がっていませんから。シエは、義理の母です」
「……義理の母だと?」
「はい。実の母上のミヅキは、カザンを生んだ際に身罷りました」
後を引き継ぐように、シンザンが言う。
「カザンの母のミヅキは、生前はシエとも仲がようござった……子が生まれたらシエに乳母をやらせようと、二人で相談しておったでござる。シエには海辺の家を与えて匿っておりましたが、父上が魔女探しで国を出られたので、これ幸いと屋敷に呼び寄せたのでござるよ」
「カザンは母の顔を知りませんが、母の愛はシエからたっぷりいただきました」
「うむ。それがしは、ご覧の通り怠惰な男。シエがおらなんだら、頭首の務めを果たしながらカザンを育てるなど到底できなかったでござろうな」
「シンザン様。私は、あなた様に命を救われた御恩を返しているだけです。ミヅキ様にも大変お優しく、よくしていただきました。忘れ形見のカザン様もご立派になられて、シエは嬉しゅうございます」
「…………」
カザン、シンザン、シェヘラザード。
3人の様子を見る限り、とても深い『絆』で繋がってるように見える。
彼女と暮らしてるはずの旧友のテンザンも、特にシェヘラザードを問題視していないようだ。
シェヘラザードが、私に言う。
「リンスィール様。先ほど、わたくしに『何をたくらんでいるか?』とお聞きになりましたね。ダークエルフの寿命はご存じですか?」
「む……? だいたい、400歳くらいだと言われているな」
「その通りです。400を超えて生きたものは、ダークエルフの歴史上に存在しません。そして私は今、386歳です」
「なに!? で、では……!」
「はい。どう多く見積もっても、あと10年と少ししか生きられない。何をたくらもうと、もはや意味などありません。今の私の望みは命尽きるまでシンザン様にお仕えし、カザン様の成長を見守ることです」
「……そうか」
私は、シェヘラザードに頭を下げる。
「シェヘラザード……いや、シエ殿。種族の責を個人に被せるなど、愚かな振る舞いであった。どうか、許してほしい」
シェヘラザードは、残念そうに首を振る。
「いいえ。私はダークエルフの一族の中にいながら、声を上げることもできずにただ逃げました。私に真の勇気があれば、一族の皆を説得して争いを止めていたでしょう」
なるほど。シェヘラザードは非常に『ダークエルフらしくない性格』であり、むしろ我々エルフに近い性質を感じる。
もしかしたら彼女は、『先祖返り』のようなものかもしれないな。
エルフとダークエルフは、元々は同じ種族であったそうだ。
太古の昔、神々の時代。『混沌の蜘蛛』と呼ばれる、恐ろしい怪物が現れた。
エルフは蜘蛛と戦うため、その言葉を聞き取るために、神々に作られた種族なのだ。
その戦いで呪いの声を聞きすぎて、魂が闇に染まったエルフがダークエルフだと言われている。
と、引き戸の向こうから声が掛かった。
「シンザン様。ラメンの用意が整いましてございまする」
シンザンが立ち上がる。
「おお、できたか! では皆様方、いきましょう。厨にご案内さしあげますぞ」
異世界ラーメン屋台クソつまらんみたいなレビュー喰らって凹んでました。
異世界ラーメン屋台おもしろいよって伝えて作者を励ましてみよう!
お待たせしました。
次回からはやっとラーメンの試食と料理パートに入ります。