ヴァナロの風景
まず、私が見た景色を説明しよう。
左手に青い海が、右手には山がそびえ立っていた。
海には船が何艘も浮かび、山は冬のため茶色く寂しい色である。
なんというか、海と山がとても近い印象だ……。
そして遥か遠くには、てっぺんに真っ白な雪を冠のように蓄えた、壮大な水色の美しい山が見える。
その山へと『道』が続いているのだが、それが恐ろしいほど左右の歪みがないのである!
普通、自然を切り開いて町と町を繋ぐ『長い道』というものは、真っ直ぐ作ろうと思っても多少なりとも曲がりくねってしまう。
しかし、この道は定規で引いたように真っ直ぐすぎて、道の果てを見通そうと思っても、先はたんなる『点』にしか見えない。
……巨大な建造物や精緻な彫刻などを見た時に、『これは本当に人間が作ったものか!?』と、空恐ろしくなることはないだろうか?
自然の中に人が作った真っ直ぐな線が続いている光景は、まるで『だまし絵』でも見てるみたいに不思議な光景である。
これほどの道は、現在の大陸の技術では作れない。
『ヒヤシチューカ』の『カニカマ』を見た時にも感じたが……この道を築くのに注がれた心血を想像すると、私はただただ驚嘆せざるを得ないのだった!
レンとサラ、そしてカザンが話す声が聞こえる。
「おおー、富士山じゃねーか!? 綺麗だなー! 富士山があっち、海がこっちに見えるってことは、ここは関東平野か……?」
「そうね。位置的には、東京とか神奈川のあたりになるのかしら? ヴァナロの地は、富士山より西を『玉の一族』、ここ東を『剣の一族』、そして北海道を『鏡の一族』が統治してるのよ」
「おじ様の世界にも、『フシの山』があるのですか? 興味深いです! ぜひ、カザンにお聞かせください」
ふむ……?
ヴァナロで育ったカザンはともかくとして、異世界人であるレンとサラも、この『大規模な人工物が自然を圧倒している凄まじさ』に、なんの感動も覚えていないようである。
ちなみにジュリアンヌはエリーの頭を撫でながら、レンの顔をチラチラ見てるばかりで、風景にはてんで興味がないようだった。
まったく、せっかく外国に来たというのに……ペットのエリーの方がブヒブヒ鼻を鳴らしてキョロキョロしてて、よっぽど旅人として優秀だぞ!
私は唯一、共感してくれそうなオーリに声をかける。
「おい、オーリ。この道が見れただけでも、ヴァナロに来た甲斐があったな!」
「ああ! こいつぁたまげた。どうやって作ったのか聞きてえが……田舎者だと思われそうだし、やめとくか」
さて街に入ると行き交う人々は、みんなヒラヒラの多いヴァナロの伝統衣装を着て、半分近くはテンザンやカザンのように腰に剣を下げていた。
どうやらこの地には、エルフもドワーフもホビットも獣人おらず、住人はヒューマン族だけのようである……。
我々を先導しながら、カザンが言った。
「まずはカザンの父上、剣の当主シンザンにお会いください。カザンの家はこちらです」
後をついていくと、前から十代半ばほどの年若い集団が歩いてきた。
どの子も美しく着飾っている……と、その中の一人が我々に気づく。
「あ、カザン様! お戻りになられてたのですね。サラお姉さまも、ごきげんよう」
「こんにちは、リオン。はい、サラお姉さまのお力で、一時的に帰国しました」
「リオン、こんにちは。こないだはミシャウのお店、案内してくれてありがとね!」
どうやら顔なじみのようである。
カザンは、彼らを手で指し示した。
「こちらは、父上とお爺様の弟子たちです。左からリオン、シヴァン、エデン、タモン、ソウシン、リューミン……みな、優秀な『サムライ』の卵ですよ」
紹介を受けた順にそれぞれ頭を下げると、一斉にワッと我々を取り囲んだ。
「皆様、外国の方ですか!?」
「わあ! お耳が長くて尖ってます。背が高くて金色の髪……もしかして、『えるふ』という種族でしょうか?」
「こちらの方は背は低いけど、おヒゲが立派でチャーミングですね!」
「たくましい筋肉です……私たちと同じ、艶やかな黒髪でいらっしゃる。その目を隠すように頭に巻いた布は、なにか意味があるのですか?」
特に人気があったのは、ジュリアンヌである。
「クルクルと回転してて、とっても楽しい髪型です」
「お召し物も素敵! よくお似合いですよ」
「お人形さんみたいに可憐です!」
「容姿端麗でいらっしゃいますねえ」
ジュリアンヌはチヤホヤされてまんざらでもないらしく、実に嬉しそうである。
「オーッホッホッホ! そうかしらぁ? ま、あなたがたもあたくしほどじゃないけど、なかなか美形ぞろいだと思いますわよ?」
と、そんな様子を、サラが妙に生温かい笑みを浮かべて見ているのに気づく。
「……む? カザン君。もしかして、彼らの性別は……?」
「はい。全員、男ですよ」
その言葉に、ジュリアンヌの目が点になる。
しばらくしてから、絶叫した。
「え。……え、ええーーッッ!? あ、あなたたち、男の子だったんですの!?」
「そういえば、ジュリアンヌ嬢は知らなかったのだね。今、ヴァナロでは少年は皆、女装するのがトレンドだそうだよ。もちろん、カザン君も少年だ」
「う、嘘……。全然、気づきませんでしたわ」
絶句するジュリアンヌに、一人が平然とした顔で言った。
「あら、そんなに驚かれることですか? だって、あなたも同じ男性でしょう」
その目は、ジュリアンヌの胸部に注がれている。
他の者たちもジッと見つめ、ウンウンと頷く。
「ですよね。女性の身体つきは、もっとふくよかですもの」
「見事に起伏がありません。ぺったんこ。まっ平らです!」
「この胸は、男子で間違いありません」
「嗚呼。少年の女装文化は、遠い海の向こうでも花開いていたのですね!」
「男の子同士、仲良くいたしましょう」
「……ウッッッガァーーーー!!!」
ジュリアンヌが爆発した!
彼女は大声で叫びながら、狂ったように両手を振り上げる。
飼い主の激怒に、エリーも興奮してブキブキ鳴きながら走り回った。
追い回された少年たちは、キャアキャア甲高い声をあげながら逃げて行く……。
「あっ! おいコラ、喧嘩はダメだって言っただろ!?」
レンが慌てて制止するが、すでにみんな走り去った後だった。
しばらくしてから、息を荒げたジュリアンヌが戻って来る。
「なんですの……なんですの、もうーっ!? 失礼しちゃいますわ! あ、あたくしのおっぱいは、『これから』おっきくなるんですわよーーーーーっ!」
地団太を踏むジュリアンヌに、カザンがすまなそうに頭を下げた。
「申し訳ありません、ジュリアンヌ様。他のみなさま方も……どうか、ご無礼をお許しください。彼らは、外国の人が珍しくて仕方ないのです。なにしろヴァナロは建国以来、ずっと外部との交流を断っていましたからね」
「ほう。それは一体、どうしてだね?」
「ヴァナロには、古き言い伝えがあります。三つの神器を集めたものは『神』になれる。だけど全ての神器が集まると同時に、地下に封じられた『恐ろしい怪物』が目覚めて、世界を滅ぼすともいわれています……もし、『そのような話』が世界に広く知られれば、よくない輩を呼ぶ恐れがあるでしょう?」
オーリが頷く。
「ああ。ウワサを本気にした危ねえ奴らが、神になろうとこの国に集まるだろうな。ヘタしたら、国同士の戦争にまで発展するかもしれねえ!」
「その通りです。ヴァナロは、『三つの神器』を守るために作られた国。故に我らは、この伝説が万が一にも大陸に伝わって『神器』を狙われぬよう、また神器が狙われても守り切れるように、全てを秘して密かに武力を磨いてきたのです」
なるほど。
魔王軍の脅威がない平和な島国で、どうしてあんなに強力な剣術が生まれたのかと不思議に思っていたが……。
いざとなったら彼らヴァナロの者たちは、神器を守るために『世界を相手に戦う覚悟』でいるのだな。
「ふむ。だが長きにわたって外部との交流を断ってきた国が、どうしていきなり外交を始めたのかね?」
「我が父、シンザンの方針です。交易はしなくとも、難破船や漂流者などから大陸の兵器や魔法の情報は入りますからね。これからの時代はヴァナロ独力で神器を守るより、世界の破滅を防ぐため『信頼できる同盟国』と力を合わせた方がよいと考えたようです」
オーリが大きく頷いた。
「おう、そりゃいい考えだ! いざという時に誰にも助けてもらえないと、国ってのは簡単になくなっちまうからな」
「……もっとも今のところ外交しているのは、我が『剣の一族』のみ。鏡と玉の当主様は、保守的であらせられますから」
ふと、視線を感じる。
見ると物陰から、10歳前後とみられる子供がこちらを覗いていた。
ヴァナロ人は黒髪黒目ばかりだが、この子は珍しく、オレンジ色の鮮やかな髪をしている。
また服装もヒラヒラしておらず、簡素で寝間着のような造りだった。
「ヒカリ! 迎えに来てくれたのですね。こちらへいらっしゃい」
カザンが呼ぶと、ヒカリはおずおずと出てくる。
それから頬を赤らめて、懐から何やら竹の葉で包まれた物体を出し、ジュリアンヌに手渡す。
ジュリアンヌが包みを開けると、中には赤茶色のペーストが塗りつけられた、緑色の丸い物体がいくつも入っていた。
「な、なんですの、これ!?」
ジュリアンヌがギョッとすると、ヒカリがカザンに耳打ちし、カザンが言う。
「それは草団子、ヒカリのおやつです。ジュリアンヌ様。ヒカリは、あなたが気に入ったようです。ぜひとも、それを差し上げたいと」
ヒカリはモジモジしながら、はにかんだ笑顔でコクコクと何度も頷き、ジュリアンヌをキラキラした目で見つめてる。
ジュリアンヌは訝しりながらも、ひとつを摘まんで口に入れ、それから言った。
「ん。モチモチしてて、甘いですわ。変わった味だけど、マズくはありませんわね」
彼女は自分のトランクを開け、レースで飾られた小袋を取り出すとヒカリに放ってよこす。
「それ、あたくしが焼いたクッキーですわ。お腹が空いたら食べようと思って、持ってきましたの。代わりに差し上げますわよ」
ヒカリはパァっと笑顔になると、クッキーの包みを大切そうに抱いて走り去った。
うーむ。なんだかよくわからんが、微笑ましい一幕である……。
レンが言う。
「悪い子じゃなさそうだな。で、あの子はどっちなんだ?」
カザンは首をかしげて、問い返す。
「どっち……とは。どのような意味でございますか、おじ様」
「だから、男の子なのか? それとも、女の子?」
「ああ。ヒカリは、そのようなものではありません。父の下僕です」
「……んんっ?」
なんだか噛み合わない答えを返したカザンは、道の先を指さしてニッコリ笑った。
「あ、見えてきましたよ! あの屋敷が、カザンの家です」
時間かけて短くまとめるか、それともそのままの文量で投稿ペースを速めるか悩んだ結果、後者にしました・・・。
なかなかラーメン出てこないですが、あと一話だけ挟みます。




