新たなる世界へ
私、レン、そしてオーリの三人は『黄金のメンマ亭』の倉庫で、ヤタイの椅子に座ってお茶をしていた。
最近では、ここが私たちのたまり場になっている。
「オーリ、『無敵のチャーシュ亭』の客の入りは素晴らしかったよ。『鴨ラメン』の宣伝効果はすさまじく、本店の方も大盛況。庭では庶民に混じって貴族も鴨ラメンを啜っているし、王族がお忍びで食べに来たなんて噂もある……実際、ラメンのレベルもかなりの物で、あれで青銅貨三枚なら流行るのも納得だね」
私の言葉に、オーリは拳と掌をぶつけてパチンと打ち鳴らす。
「チッキショウ! ギョーザとシオラメンを出し始めてから、うちの店が一番人気だったのによぉ……。このままじゃ、『無敵のチャーシュ亭』に追いつかれるのも時間の問題だぜ」
実は今回、レンと食べに行った鴨ラメンは、オーリに頼まれた『敵情視察』もかねてのものである。
と、レンが真剣な顔をしてるのに気づき、尋ねる。
「おや、レン。どうしたんだね」
「……いや。そろそろこの町のラーメン屋も、『味だけで勝負』する段階を本格的に抜けたのかもな。これからは、プラスアルファが重要になってくる。つまりは値段や宣伝、サイドメニューや店の雰囲気、ブランド力なんかだな」
それを聞いて、オーリが言う。
「プラスアルファか……。ふん、まあ青空の下で食えるってのはいい考えだよな? 雨の日は、ちと困るがよ」
レンも頷く。
「ああ。屋台のラーメンが美味いのも、外で食べるからってのあるしな。それにジュリアンヌの鴨ラーメンは、貴族や王族も食べにきてんだろ? 普段、高い飯を食ってる連中も食べたがる味。それも、一種のブランド力だぜ」
『ブランド力』……なるほど。
考えてみれば、『黄金のメンマ亭』だってそうである。
食通の間で、この世界にラメンをもたらした存在、『タイショの話』を知らない者はいない。
その『タイショのラメン』を天才シェフが完全復活させたとなれば、客が押し寄せるのは当然だ。
現在の『黄金のメンマ亭』の一番人気は、ラメンの味もそうだが、噂の力も大きいだろう。
レンはエプロンのポケットから銀貨を出すと、親指でピンと弾いて空中に飛ばし、片手でキャッチする。
「それにこの世界のラーメンは、どこも銀貨一枚の値段だった。ジュリアンヌのやったことは、いわゆる『価格破壊』ってやつだよ! ……あいつに、その意識があったとは思えないがな」
「うむ。彼女はただ、純粋にラメン作りを楽しんでるように見えるね。おそらく、ラメンの量を減らしてギリギリ儲けの出る値段にしたのは、ミヒャエルだろう」
「この段階まで、俺の予想だとあと3年はかかるはずだったが……ちょっと、早すぎるな。まるで俺の世界のラーメンの歴史を、早回しで見てるみたいだぜ」
オーリはあご髭をしごきながら、ブツブツと呟く。
「うちも量を減らして値段を下げるか……? いや、ダメだ! あっちは養豚場まで持ってる貴族だ、資金力で勝てるもんかよ。それに、これ以上メニューを増やすのも得策とは思えねえ。……ならやっぱ、インスタント・ラメンだな。けど、ありゃまだ完成にはほど遠い……どうすっかなぁ」
「ふふっ」
ついつい楽しみで、笑ってしまう。
いやはや、これからこの世界のラメンに、一波乱も二波乱もありそうだ!
お茶を飲みながらレンに尋ねる。
「ところで、レン。君が帰るまで、あと数日となったわけだが……一ヵ月近くこの町で暮らしてみて、どうだったかね? なにか驚きや発見はあったかい?」
「そうだな。色々な魔法を見れたのもそうだが、獣人の毛並みを触らせてもらえたのは感動したな! 他にも上下水道が完備されてて、いくらでも水が使い放題なのに驚いた」
「この世界は、ずっと魔王軍の脅威に晒されているからね。籠城や市街戦での要になるのは、やはり水だ。魔力を込めた精霊石を利用して、市民なら誰でも水を豊富に使う事ができる。水は使えば汚れるが、汚れた水は『病気』を産む。だから各家庭から集められた汚水はスライムを使って浄水し、綺麗にしてから農業用に使ってるんだよ」
「へえ、『バイキン』に似た概念があるわけか……どうりでみんな風呂に入って、しっかり清潔にしてるわけだ」
オーリも言う。
「水と大地にお天道様さえあれば、生きるための環境は町の中に作れっからな! 中級までの水魔法は特別で、学ぶのはタダだし、ちゃんと覚えれば報奨金が支給されんだ。俺っちのガキも、魔力に適性がある奴はみぃんな覚えてるぜ?」
もっとも魔力があるのは、十人中一人か二人である。
オーリの養子も魔法の適性があったのは、二十人もいてアーシャ、シエル、ブリジットの三人だけだ。
中でも、アーシャはすごかったな……子供とは思えない魔力量だった!
アーシャは魔族だ。魔族には避けられない『業』がある。
いつか彼女も魔族として覚醒し、敵対する日が来るかもしれない。
だけど、それまではオーリの大切な家族として、しっかり可愛がってあげたいものだ。
そんな事を考えながら、私は言った。
「『食』は、生物が生きるための基本である。傷つき疲れた兵士を癒すのも、魔族に怯える民を元気づけるのも、食事が何より有効だ。だからチルチャックのように農業に秀でた人間が、王から勲章をもらったりするのだよ」
オーリも感慨深げに頷いた。
「ああ。俺っちは、よく知ってるぜ。人は『美味い飯』さえあれば、何度でも勇気を取り戻せるのさ!」
と、倉庫の扉がノックされる。
入ってきたのは、サラとカザンである。
私たちは折り畳み式の椅子を広げ、二人を歓迎する。
だが、カザンは椅子に座らずにピンと背筋を伸ばすと、レンに真っ直ぐ頭を下げた。
「おじ様、お願いがございます。おじ様があちらの世界に帰るまでの残り時間を、どうかカザンにくださいませんか?」
「俺が帰るまでの時間だと……? どういうことだ、カザン。とりあえず座って、詳しく話してみろ」
レンの言葉にカザンは頭を上げて、椅子に座ると凛とした口調で話し始める。
「はい。唐突な申し出、どうかご容赦くださいませ。どうやら、お爺様がたは『ツケメン』を再現しようと頑張っていらっしゃるのですが、上手くいかなくて難儀しているようなのです。そこでおじ様にヴァナロまで来ていただき、助言をさしあげて欲しいのです」
サラも、レンの顔を見つめながら言う。
「ほら。私もついこの前、あんたに頼まれてヴァナロまでミシャウを取りに行ったじゃない? そこで試作品を食べさせたもらったんだけど、あんまり美味しくなかったのよねえ……でも私、料理の知識は全然ないから。何が悪いのかすらわからなかったのよ」
カザンは顔を曇らせる。
「お爺様に渡した手帳には、ラメンの詳しい製法を書き記してありました。ですがヴァナロのラメンは、おじ様のツケメンどころか、この国の一般的なラメンと比較しても明らかに劣っているようです」
「なるほど。レシピまであるのにマズイってのは、なにか根本的な間違いがありそうだな」
「どうかな、レン……? もちろん送り迎えは私がしてあげるから、帰る前にヴァナロで何日か過ごして、カザンちゃんの頼みを聞いてあげてくれない?」
サラの言葉に、レンはすぐさま頷いた。
「いいぜ。ヴァナロにはいつか、行ってみたいと思ってたんだ。願ったり叶ったりだよ!」
早速その晩、私たちは集まった。なんと、今回はオーリも一緒だ!
ブラドとマリアの二人は、店があるため残念ながら留守番となった。
サラが地面に魔法陣を描き、いよいよ出発である。
と、その時だ。
「オーッホッホッホッホ! オーホホホッ!」
突如として、高笑いが響く!
「な、なんだ!? どっから聞こえてきやがる!?」
オーリが辺りを見回す。
カザンが一点を指さした。
「あそこです!」
そこには月明かりを背景に、石塀に立つジュリアンヌたち三人組の姿があった。
ジュリアンヌの腕には、ペットのエリーが抱かれている。
「オーホッホッホ! 遠い東方の地でのラメン作り……ミヒャエルにこっそり調べさせて、もとい偶然話を聞いて、すべて把握してますですわ! 安心なさい、レン。このジュリアンヌ・シャル・ド・ペンソルディアが、あなたを手伝ってさしあげ――」
「いや。お前は連れてかねえよ」
「……え」
「おい。なんだその、『嘘でしょ?』みたいな顔は。むしろ、なんで連れてってもらえると思ったんだ?」
無限の世界へ!
さあ行こう!




