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Another side 18

 アグラリエルとララノア、アイバルバトが『黄金のメンマ亭』を出ると、レンは店先で財布から免許証を取り出した。

 そしてそれを、アグラリエルへと差し出す。


「アグラリエル。これ、貰ってくれないか」


 受け取ったエルフの女王は、まじまじと見てから言った。


「この男性は……? もしかして、頭の布を取ったレンですか!? レン、布の下はこんな目をしてたんですね!」


 ララノアが言う。


「女王様。それはきっと、『シャシン』ですよ。リンスィールから聞いたことがあります。レンたちの世界の技術のひとつで、一瞬の光景を紙に焼き付けるんだそうです」


 レンは、照れ臭そうに鼻の頭を掻きながら言う。


「お前のために、俺ができる事はなんだろうって考えたんだ……アグラリエルに、俺の美味いラーメンをいっぱい食わせる、楽しい時間を過ごす。そういうこともだけどさ、エルフは長生きだから、いずれ俺の方が先に死んじまうだろ?」


「え? ええ。そうですね」


「写真は、俺が死んだ後も残り続ける。そしたら時々でいいから、それ見て美味いラーメンいっぱい食ったなとか、みんな嬉しそうだったなとか、思い出して笑ってくれよ!」


 レンは遠い目をする。


「本当は、もっと大きな写真を渡したかったんだけどさ……でも俺は、キザな真似は大の苦手だからな。お前の誕生日プレゼントに正装して自分の写真を撮るなんて、きっと恥ずかしくてできなかったよ! だから、こっちの世界で帰れなくなって、こうやって渡す写真がそのちっこい免許証しかなくて……これでよかったんだな、きっと。うん」


 まるで自分に言い聞かせるような言葉だった。

 アグラリエルは、おずおずと尋ねる。


「……レン。これ、本当にいただいてしまってもよろしいのでしょうか? これには何か、大切な情報が書かれてるように思います。なくて困りませんか?」


「いいんだよ。もう、免許の更新期間だしな。向こうに帰ったら新しいのを作るから、そいつはマジで不要なんだ! じゃあな。また会おうぜ、アグラリエル」


 それだけ言うとレンは背を向けて、そそくさと店の中に戻る。

 アグラリエルは、レンから貰った免許証を大切そうに胸に抱いて呟いた。


「ありがとうございます、レン。わたくしの事を真剣に考えてくれたのですね。ここ数日、色々な方々からたくさんのプレゼントを頂きました。けれど、これが一番嬉しいです……!」


「さ、女王様。そろそろ宿に向かいましょう。ほら、アイも行くぞ」


 ララノアに(うなが)され、一行は夜道を歩きだす。

 するとしばらくして、今度はマリアが追いかけて来た。


「じょ、女王様ーっ! アグラリエル様!」


 マリアはハアハアと息を切らせて追いつくと、アグラリエルの前にひざまずいて言った。


「あ、あたし、さっき、レンさんと女王様のやり取りを見ちゃって……それで、どうしても女王様にお聞きしなければならないことがあって……アグラリエル女王様。失礼を承知で伺います! その……じょ、女王様は、レンさんを――」


「はい、そうですよ」


 マリアはハッと息を飲む。

 アグラリエルは、遠い目をして言葉を続けた。


「ですが、安心してくださいマリアさん。あなたが気にするような事は起こらないのです。所詮はエルフの女王と異世界の人間ですもの。どれだけわたくしが求めても、一緒に暮らせるわけがありません。そのような道など最初からない、わたくしはそう理解してます」


「…………」


 マリアは複雑な表情をする。

 アグラリエルは(さび)し気に微笑んで、マリアに言う。


「マリアさん。レンをどうか、よろしくお願いします。もし、この世界で女性として彼と暮らせる人がいるならば……それは、あなただと思ってますから」


「……っ! は、はい。女王様のお気持ち、理解いたしました。レンさんの事は、お任せください。それでは失礼いたします」


 マリアは立ち上がり、夜の道を去って行った。

 その姿が消えると、ララノアが言う。


「よかったのですか、女王様。レンを諦めてしまって」


 アグラリエルは唇を尖らせた。


「だって、仕方ないでしょう? お互いの立場を考えたら、諦めるしかないじゃありませんか!」


「そうですかね。レンが相手なら、エルフのみんなも納得すると思いますけど」


「……えっ」


「他の相手ならともかく、レンが結婚相手なら、里のエルフは誰も反対しないでしょう。だって、里のエルフはレンの実力と人柄を知ってますからね。あいつは良い奴だ」


「だ、だけど……人間とエルフの恋愛ですよ!? そんなの許されると思いますか?」


 他種族との恋愛なんて、ありえない! 王族の血脈を守らねばならない。

 千六百歳を生きたアグラリエルだが、いまだ少女の頃に『大人たちから教えられた常識』の中で生きている。

 そして王族である以上、誰よりも自分を律するべきと、アグラリエルはそう考えていた。


 だが、ララノアは平然とした顔で言う。


「ただの人間なら、問題です。でも、レンは異世界人です……他種族の王族であれ貴族であれ、それが単なる流れ者であれ、女王がご結婚なされるならば、オレたちエルフの民としては『陰謀』の類を疑わざるを得ない」


「あ、はい。そうですね」


「しかし異世界人であるレンには、この世界でのしがらみが一切ない。あるのはせいぜい、リンスィールたちとの友情くらいです。背後に姦計(かんけい)がないのであれば、女王様が恋愛感情で選んだ相手を、なぜオレたちが祝福しないと思うのです?」


 逆に問い返されて、アグラリエルは絶句する。

 だが、彼女がそういう反応になるのも無理はない……。

 なにしろアグラリエルが子供の頃は、周囲は頭の固い『純血主義者』のエルフばかりだったのだ。


 千歳を超えるララノアも、そういう時代を少しは知ってる。

 だけど、今は時代が違う。ここ最近の二百年は、ハーフエルフなんて珍しくもなんともない。

 もちろん子供の王位継承(けいしょう)問題などで多少は揉めるだろうが、周囲の理解さえあれば、決して乗り越えられない壁ではないのだ。


 ララノアは苦笑交じりに言った。


「それに、レンのラメンの知識は里の未来にも貢献(こうけん)します。彼が里で暮らしてくれるなら、オレも嬉しい……リンスィールの奴も帰ってくるかもしれないしな」


 アグラリエルは次の瞬間、猛烈な勢いでダッシュする。

 ララノアは驚いて声を上げた。


「あっ!? アグラリエル様、どこへ行かれるのですか!」


「どこって、マリアさんを追いかけるんですよ! 先ほどの言葉、取り消してきます!」


「えーっ!? そ、そんな、カッコ悪い……レンの事は、諦めたんじゃないんですか!?」


「諦めませんよッ! なんですか……もう! エルフのみんなが許してくれるなら、わたくしがレンを諦める必要なんて、全くないじゃありませんか!? さんざん悩んで、泣いて、胸の痛みに苦しんで、それで最後は諦めて……わたくし、まるでバカみたいじゃないですかーっ!」


 エルフの女王の絶叫が、深夜のファーレンハイトに木霊(こだま)する。

 深夜の町をひた走るアグラリエル。

 それを追いかけるララノアに、ひとりポツンと残されたアイバルバト。


 アイバルバトはしばらくボーっとしていたが、やがて周囲を見渡して、ちょうどよく座れそうな(たる)を見つける。

 そこにちょこんと腰かけると、懐から落花生の入った麻袋を取り出して鼻歌交じりで殻を剥き、口に入れてパリポリ齧りながら満足そうな声で言った。


「れん、らめん、おいしかた。あい、とっても、しあわせ!」


 なんだかんだで結局、今夜の一番の勝ち組はこいつなのだった。

そろそろ、レンが日本に帰る日が近づいてます……。

こちらの世界での生活も終わりですね。

また夜な夜な屋台でラーメン食べる話に戻りますが、レンにはあと1つだけ、こちらの世界で大仕事をしてもらう予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 念の為調べたけど紛失からの再交付って案外難しくないんですね。 免許センターで困るレンはいなかったw アイは本当に勝ち組だなw
[良い点] 諦めた と思ったら復活したw ララノア あんたが焚きつけたんだろうがw 大仕事とはなんだろな~ [気になる点] そっか 帰っちゃうのか [一言] アイバルバトが可愛くて辛い
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