春風の薄衣
後を引く、手が止まらない!
私はヒィヒィ言いながらもメンを全て食べ尽くし、最後に残った真っ赤なソースとひき肉とナッツを、全て口内へと掻き入れた。
おおおっ。す、すごいっ!
頭皮や首の後ろから、汗が一気に噴き出した!
あまりの刺激に、視界がグワングワン揺れるっ!
顔の皮膚がピリピリと突っ張り、口の中が爆発しそうだ!
「はっ、ふぅっ、はぁっ……ひぃーッ! だ、だがしかし、ちゃんと綺麗に平らげたぞ。レン……例の飲むヨーグルト、『ラッシー』をくれ。み、水でもいい……!」
息も絶え絶えになりながらそう頼むと、レンとブラドは厨房からティーセットを持ってきた。
そして、みんなの前にカップを置いて、湯気の上がるお茶を注ぐ……。
私は驚いて声を上げた。
「バカなッ!? こんな時に、熱い茶だと!」
レンは平然と言う。
「そうだよ。ま、物は試しだ。飲んでみてくれ」
「むう……。君がそう言うなら、まあいいだろう」
辛くて痺れて大変な時に、まったくもう。
私は渋々カップを手に取り、ズズゥと啜った。
うわっ、熱々だな!
舌が火傷しそうだ。そしてこのお茶、かなり濃い目に煮出されていて、とても苦いぞ!
だが、ふうふうと息を吹きかけながら、お茶をチビチビと飲んでいると、不思議なことに舌の痺れが徐々に和らぎ、辛さもスッと消えていく。
……と言うか、むむ?
先ほどまでは口の中が大変で、味も香りもよくわからなかったが。
このお茶、どこか覚えがあるな。
よく見れば、カップも……。
白磁に艶やかな赤で、花や蝶々の可愛らしいイラストが描かれてる。
「レン。これは、東方のお茶と茶器だね?」
「そうだぜ。鉄観音や凍頂烏龍、いわゆる半発酵の『青茶』だな。こっちの世界でも東方じゃ、俺の世界と似たようなお茶が日常的に飲まれてるらしい……ポリフェノールの渋みや苦みってのは、辛味をまぎらわせる効果があるんだ」
落ち着いて余裕がでてきたのだろう、女王様とララノア殿は、カップやポットをまじまじと見つめて言う。
「素敵な絵ですね、ララノア。色使いはシンプルなのに、とても細かく描かれています」
「はい、美しいです。あえて線のみで表現するシンプルさ。オレの絵にも参考になりそうだ!」
お二人とも、芸術品が好きでおられるからな。
ブラドが言う。
「このお茶と茶器は、ナンシー商会が提供してくれました。『お気に召したら女王様に差し上げますので、どうぞ里までお持ちください』との事です」
その言葉に、二人は大喜びである。
「きゃあ、本当ですか!? 素敵です、嬉しいです!」
「よかったですね、アグラリエル様! 里のみんなにも見せてあげましょう!」
レンが、女王様に言う。
「アグラリエル。近々、ナンシー商会の商隊がエルフの里まで塩を売りに行くそうだ……その時、里の特産品でめぼしいものがあれば、『ぜひ売買の契約を結んで、今後も塩の取引をしたい』ってよ」
「そ、そうですか! それは大変ありがたいです。ブラドさん、ナンシーさんにお礼を伝えておいて下さい」
……ああ、なるほど。
プレゼントを渡すのに、ナンシー本人がなぜ来ないのかと思ったら、そういうことか!
彼女も私たちほどではないが、ニホン語は話せる。
レンとの会話で、『エルフの里の塩不足』を知ったのだろう。
現状、商隊の派遣は『里の手助け』の側面が強く、ナンシー側のメリットは薄い。
というか極端な話、ナンシーは自腹を切って塩を輸送し、チャンスを与えてくれてるだけだ。下手をしたら損してしまう!
だから、もしナンシー本人がこの場にいたら、女王様がナンシーに頭を下げる形になりかねない。
誕生日の席でそれは、いくらなんでもあんまりだろう?
さすがは一流の商人、気配りも完璧だ。
しかしながらここ数十年、王や貴族の地位よりも、金が物を言うようになってきている。
いずれ、この世界も商人を中心に動くように変わってしまうのかもしれないな。
と、そういう配慮は全然できないオーリが、女王様の前だと言うのにだらしなくシャツをバタバタさせながら言った。
「にしても、アッチィなぁ! 『ゲキカラケイ』を食った後で、熱い茶まで飲んだんじゃ、身体に熱が溜まる一方だぜ」
レンがブラドに目配せし、ブラドが店の窓と扉を開け放す。
すると外から冬の空気が入って来て、身体がスッと冷えていく……。
マリアとカザンが声を上げた。
「わあ! なんだか、すっごく気持ちいいわぁ!」
「ええ、まるで深い瞑想に入ったような。日々の疲れで乱れていた身体が、スッと整っていくような。そんな爽快な気分ですね!」
そうなのだ。
ゲキカラケイの快楽は、底なし沼に引きずり込まれるような凄まじいものだった。
だが今は、空にフワフワと浮かんでるみたいに、とても落ち着いて静かな気持ちだ。
それに汗というのは、乾くと多少なりともベタつくものである。
しかし不思議な事にこの汗は、不快な所が一切なく、肌もサラリとしている。
また、身体の中からはフツフツと熱が湧いて来て、入ってくる外気はとても冷たいのに、ちっとも寒くないのだった。
冬が終わり、暖かな春の始まりを告げる爽やかな風。
そんな『空気』を一枚まとったみたいに、とても心地よい感覚だ。
くぅーー~~……きゅるるるるっ
皆で目を閉じてリラックスしていると、奇妙な音が聞こえた。
はて、何の音かと見回していると、ララノア殿が呆れた声を出した。
「女王様……。今、レンのラメンを食べたばかりじゃありませんか!」
アグラリエル様が、焦ったヒソヒソ声で言う。
「ち、違うのです! ララノア、これは違います!」
「何が違うんですか。ちょっとこれは……いくらなんでも、はしたないですよ」
「声が大きいです。周りに聞こえたら恥ずかしいでしょう!?」
「もう、お腹の音が聞こえてます。みんなにもバレてますよ。恥ずかしいのは女王様です」
小声でたしなめるララノア殿に、アグラリエル様は顔を真っ赤にして俯かれる。
まあ、かくいう伯母上殿も、エルフの里での晩餐会の後でレンにラメンを強請っていたことを、私は忘れていないがな!
レンが大声で笑った。
「あっはっは! さてはアグラリエル、また腹が減ってきたんだろ? 大丈夫だ、驚くこたねえ」
体調わるくて更新おくれてます。
ごめんなさい。