表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

136/195

女王様のための『ラメン』

 ララノア殿が申し訳なさそうに言う。


「レン、すまないね。普段はこいつ、人間の料理なんて食べたがらないんだけどさ。あんたが作るって聞いたら、どうしても食べるって聞かなくてねぇ」


「れん、かきぴーくれた! れん、おいしい! れん、いいひと!」


 嬉しそうに叫ぶアイバルバトに、レンは頭を掻く。


「そっか……うーん。ここまで期待されてると、半ラーメンでお茶を濁すのはなんだか悪いな」


 と、ララノア殿が手を振った。


「いや、特別扱いしなくていい。みんなと同じ料理で大丈夫だ」


「えっ。で、でもよ。今日のラーメンは、かなり辛いぜ? 子供が食えるとは思えないぞ!」


「アイは、たまに女王様がお買いになったトウガラシをつまみ食いしてるんだ。でも、なぜだか全然平気そうでな」


 その言葉に、アイバルバトがギクリと硬直する。

 伯母上は胡乱(うろん)な目を向けた。


「おい、アイ。お前、バレないとでも思ってたのか?」


「あ、あい、かくれて、たべた……なんで、ばれた?」


「バレるに決まってるだろっ! あきらかに量が減ってるし、トウガラシの匂いプンプンさせてるし。口の周りにトウガラシの種つけてる時もあったぞ。女王様が許してやれと仰ったから、黙認してただけだ」


 アイバルバトはしょぼーんとして、頭を下げる。


「あうー。ごめんなし……あい、かってにたべた」


 な、なんという浅知恵ッ!

 うーん。鳥って、けっこう頭のいい動物のはずなのだが……?


 と、サラが口を挟んだ。


「レン。その子、正体は鳥なんでしょう? 多分、辛さを感じてないわ。カプサイシンの受容体があるのは、哺乳類と虫の一部だけなのよ」


「えっ、そうなのか!」


「ええ。私たちより、よっぽど辛味に強いはずよ。食べすぎても体調が悪くなることもないから、大丈夫」


「そうか。だったら安心して、辛いの出すかよ」


 そう言うとレンは、ブラドと厨房に向かった。

 ほどなくして、トレイに皿を乗せて二人が戻ってくる。

 そしてテーブルに次々と並べられたのは、たっぷりのひき肉が乗った、汁なしのラメンであった。

 メンは真っ白で下には真っ赤な液体が溜まっていて、大量の粉末が振りかけられ、さらには両サイドに砕いたナッツが敷き詰めてある。上に乗ってる青菜は、ほうれん草だろうか?

 白と深紅のコントラスト、そこに緑が色を添える……実に美しいビジュアルだ!

 タレからは刺激的なトウガラシの香りが立ち上り、(いや)(おう)でも食欲が増す。


「麺には油を塗してないから、そのままにしとくとくっついちまう。とりあえずみんな、皿の底からタレをしっかり絡めてくれ!」


 レンの言う通りにワリバシで混ぜくりかえすと、メンがみるみる真っ赤に染まって……おお、実に辛そうな良い色じゃないか!

 見た目だけならトマトソースのようにも見えるが、そうでない事を私はよく知っている。


 全員が混ぜ終わったところで、私は言った。


「みんな! 今日のラメンは、アグラリエル様のためのラメンである。今すぐにでも口に入れたいだろうが、少し待ってほしい。まずは、女王様に味わってもらうべきではないか?」


 私がそう言うと、皆一斉に頷いた。

 女王様がワリバシを手に言う。


「リンスィール、ありがとう。では、お先にいただきますね!」


 そしてメンを持ち上げ、ズルズルと啜った。


「あっ……なるほど。これは辛くて美味しいですね! 食べてるうちに、じんわり汗が……汗が……ひゃああ!?」


 突然、女王様は悲鳴を上げて立ち上がられた。

 周りにいた私たちはギョッとする。

 ララノア殿も立ち上がって、問いかけた。


「ア、アグラリエル様!? どうされましたかっ」


「しっ、しび……っ! しび、しびびっ!? く、くちが……くちびっ、しびび」


 女王様は、己の口を指さして何かを訴える。


「しびび? 口がどうされました!?」


「しびれっ、しびれます! す、すっごく!」


「なんですって! レン、お前まさか毒物を!?」


 ララノア殿が、レンに厳しい視線を向けた。

 私は慌てて立ち上がり、擁護する。


「待ってください、伯母上殿! レンが、そのような真似をするはずありません!」


「だったら、なんで急に女王様が苦しみだしたんだよッ!」


 渦中(かちゅう)のレンは、余裕の表情で腕組みしてる。

 皆がザワザワと騒ぐ中、アグラリエル様がララノア殿の手にすがった。


「ち、ちがっ。ララノア……違うの。し、しびれ……口がしびれて、すっごく美味しいのっ!」


「はぁ!?」


「ふう、ようやく少し落ち着いてきました……さあ、みなさんも食べてください! とっても美味しいですよ」


 明るい声に、私たちはようやくホッとする。


 ああ、ビックリした……なんだ。美味くて驚いただけなのか。

 それにしても、女王様は大げさだなぁ。

 私も『ゲキカラケイ』を食べた時に、口が痛くてヒリヒリする感じを味わったが、立ち上がって騒ぐほどではなかったぞ!


 さて。冷静沈着(れいせいちんちゃく)な私は、決して慌てず動じない。

 おもむろにメンを持ち上げると、まずは匂いを嗅いだ。

 ふむ? 強烈なトウガラシの匂いに混じって、なにやらオレンジのような、柑橘系のフルーティな香りがするぞ。

 さらには濃厚なゴマと、さっぱりした酢の香りもする……ううっ、匂いを嗅いでるだけで、口の中に涎が溜まる。


 もう我慢できん!

 食べるとしよう。ゲキカラケイは一気に啜るとトウガラシでむせるから、勢いよく吸い込まないよう、少しずつ口に入れるのがポイントだ。

 メンはやや太めで、噛みしめるとモチモチしてる。この食感、覚えがあるな……そうだ!

 これは、エルフの里で食べた手で伸ばすメン、『拉麺(ラーミェン)』である。


 里のゴトーチ・ラメンは極細だったが、太いメンもなかなかだ。

 コシの強さやのど越しは普通のメンに劣るが、この独特の噛み応えは、やはり美味い!

 また、里でのメンは啜り切れないほどの長さだったが、こちらは混ぜやすいように端を短くカットしてあり、食べやすい。

 メンの表面がもっちりしてるから、ソースの絡みもすごくいい。


 おっ、喉の奥がカッと熱くなってきた……そうそう。

 ゲキカラケイは最初の数口はそれほどでもないんだけれど、後からどんどん辛さが増していくのだよ。

 おおっ、来た来たッ! 唇がピリピリして、どんどん辛味が増していき、ついには我慢できないほどに……。


 !?


「ぐっ、あああーっ!」


 突然、口内から後頭部に掛けて、電流のような衝撃が走った!

 思わず頭を抱えて悶絶する!


 ビ、ビリビリする……ッ!

 し、しびれっ、しびれ、しび……痺れるーっ!?

 ある意味、『辛さ』は期待通りであった。

 だが、『痺れ』が……な、なんなのだ、これは!?

種を遠くに運んでくれる鳥には食べられて、生息域を荒らす虫と哺乳類は遠ざける……。

唐辛子の自然選択、進化すごすぎひん?


と思った方は、ぜひブクマと評価を!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
麻がしっかり効いてないと四川風とは言えないっすね 辣だけで四川風名乗るのは邪道
[一言] 麻辣の刺激やね…最近はあんまり辣味は苦手になっているわ。
[良い点] 唐辛子の素晴らしい生存戦略なんだけど一部の哺乳類に辛味の刺激を快感にしちゃうドMなホサピエンスが居た点。度を越さなければ辛味は美味しいですよね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ