Another side 17 part2
エレノアの言葉に、船員たちは顔を見合わせた。
「……シオキャラだって。誰か知ってるか?」
「いや、知らん!」
「姐さん。そんな変な名前の料理、誰も知らないですよ」
「そもそも食通ったって、姐さんの親戚ってことはエルフでしょう? そんな奴の言う事が当てになるんですかね」
「エルフってたまーに陸の食堂で見かけても、いっつも安いメシばっか食ってるよな」
「どうも、あいつらが味を気にしてるようには思えない!」
「俺、エルフと一緒に旅した事あるけどよ。メシにしようって言ったら平気な顔して生のジャガイモ齧り出して、ビックリしたぜ!」
「脳と舌が繋がってないんだ、きっと。なに食っても満足なんだから、ある意味幸せだよ」
「ああ、そうだな。エルフの味覚はポンコツだ」
皆に口々にバカにされ、エレノアの額に血管が浮かぶ。
「んなぁっ!? ……あ、あたいは陸に上がるたび、双子のララノアと報せ鳥で連絡しあってるんだけどなっ。最近はエルフの里でも『ゴトーチ・ラメン』って名物料理を出すようになって、それを目当てに旅人たちが来るようになったって話だぞ!」
再び、船員たちは顔を見合わせる。
「ラメンは知ってるけど。ゴトーチってなんだ?」
「……さあ? わからん!」
「エルフの里って、『美しき食の墓場』と呼ばれてる所だろ? 絶対に大した料理じゃない」
「どうせ、薄味で脂っ気のない料理に決まってる!」
「噂を聞いて訪れた旅人たちも、さぞガッカリした事だろう」
「姐さんには世話になってるけど、エルフの料理じゃなぁ……」
「美味いわけがないんだよ! どう考えたってさ」
「どんなに金が余っても買ってはならぬ。エルフの料理とドワーフのポーション、獣人の売る銀製品ってな」
「うん、そうだな。エルフの舌は信用できん」
またもや散々バカにされ、エレノアは唇を尖らせる。
「な、なんだよなんだよ、みんなして! 文句ばっか言ってさ……。せっかくあたいがお前らのために、新しいクラーケン料理を作ってやろうと思ったのに!」
その言葉に、船員たちがザワザワッと騒ぐ。
「ええっ!? あ、姐さんの料理ですかい? そいつはぁ、ちょっとぉ……」
「エレ姐さんの料理って、こないだのブツ切り野菜と魚のスープみたいのか?」
「ありゃあ、酷いもんだった!」
「野菜は生煮え、味はほぼお湯。薄味だって文句言ったら、今度は塩をドバドバ入れてな」
「魚も鱗とってないから、ジャリジャリしてなぁ。塩っ辛くて食えたもんじゃなかったぜ!」
「残したら、無言で睨んでくるからよ。飲み込むのが大変だった」
「あれで次の日、三人寝込んだ。もう二度とごめんだ!」
「うむ、そうだな。姐さんの料理は地獄のマズさだ」
ブチリ。
エレノアの血管が切れる音がした。
「お・ま・え・らーッ!」
エレノアは鞘がついたままのショートソードを振り上げる。
船員たちがワーッと声を上げて、蜘蛛の子を散らすようにいなくなる。
それを追いかけて一通り大暴れしたエレノアが、息を荒げて足音をドスドス響かせてクラーケンに歩み寄った。
「ふんだ! もういい……もういいよ。あたい、ひとりで作って食うから。お前らには絶対やんない! ええと。身とワタを洗って塩を振り、ザルに載せて一日ほど陰干しして、よく水を出す。そしたらワタをほぐして細く切った身とあえて、消毒した瓶に詰めて冷暗所で熟成させる……うん。確か、手順はこれだけでいいはずだよ」
ブツクサと文句を言いながら作業するエレノアを、船員たちは物陰からソーっと覗くのだった。
エルフの寿命は精神状態に左右される。
エレノアはハンモックに揺られながら、己の『命の灯』が消えかけてるのを感じていた。
あんなに美しく輝いて見えた海が、最近は灰色に濁って見えるのだ……。
大体、この海はどこもかしこも冒険し尽くして、なんにも珍しい物がない。
そもそも森で生きるエルフが海にいるのは、愛する人と暮らす為だった。
およそ八十年前、エレノアは一人の少女に恋をした。
いや。エレノアは別に、同性愛者ではない。ただ、愛した人がたまたま女性だっただけだ。
と言うか、最初は『少年』だと思っていたのだが、実は性別を偽って船に乗り込んだ『少女』だったというオチである。
性別が発覚した後も自分の好意がいささかも変わらぬことに、エレノアは少し驚いた。
やがて二人は自分たちの船を手に入れ、七つの海を股にかけて大冒険した。
西海の秘宝を手に入れて、海賊どもを蹴散らして、氷の海を切り拓き、身の丈数キロもあるリヴァイアサンと戦った!
数多の困難を乗り越えて、二人は強く愛し合った。
もしもどちらかの性別が違えば、間違いなく子供を作っていただろう。
やがて出会ってから六十年が経ったある日、彼女は暖かな南の海で息を引き取った。
眠るように穏やかな死だった。喪失感はあったが、悲しさはなかった。
他種族は皆、エルフより先に死ぬものだから。
だから、幸せな時間をありがとう……とだけ思った。
でも彼女が死んでから、エレノアの世界は急速に色を失った。
おそらく、あと数年……。
双子の片割れララノアを残して行く事に、若干の申し訳なさはあった。
だけど、寿命だけは己の意思ではどうにもならない。
「……アウロラ。あたいもすぐ、そっちに行くよ」
愛しい人の名を呼びながら、エレノアはウトウトと眠りに落ちた。
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