Another side 17 part1
……ギィーッ……ギィーッ……。
一定のリズムで揺れる部屋に、ハンモックがひとつ。床には酒瓶と本、脱ぎ散らかした服がだらしなく散乱している。ハンモックに寝ているのは、エルフの女である。
「ちっ。なんだか、妙に荒れてやがるね」
彼女の名前はエレノア。
リンスィールの叔母である、ララノアの双子の姉妹だ。
と、ドアが乱暴に叩かれた。
「姐さーん! クラーケンが出ました、急いでください!」
「この揺れはクラーケンか……よっしゃ、任せなッ!」
エレノアはガバリと飛び起きると、壁に掛けてあったショートソードを手に取って甲板へと走る。
外ではすでに、クラーケン相手の大捕物が行われていた。
「機械銛! 四発目五発目、打ち込めっ!」
白髭に眼帯の船長の命令で、船体の3分の1ほどの大きさもあるクラーケンに、次々とバネ仕掛けで発射する機械式の銛が撃ち込まれる。
ドシュ、ドシュウゥ……ドカカンッ!
ギョオオオオオーン!
クラーケンの悲鳴が上がる。
銛を打ち込まれながら、若いクラーケンは混乱していた。
木製の『容れ物』に乗った『小さな生き物』は、海の中から何度も何度も『観察』してる。
こいつらはせいぜいが網を垂らして魚を捕るくらいで、セイレーンのような機動力も、シー・モンクのような不思議な力も、巨大蟹のような強固な甲羅や巨体もなく、大した力は持ってないはずだった。
現に、少し前に同じような『容れ物』を襲い、『小さな生き物』はすべて平らげて、『容れ物』は砕いて海の藻屑に変えてやったところだ。
……だが今、身体に食い込む銛は体内の魔力を吸収して膨張し、その先に繋がる鎖は強固でどれだけ引っ張ろうと千切れない。
片足の船員、ゲラが不敵に笑う。
「ふへへ。西のドランケル帝国の魔力銛に、ドワーフに特注した最新式の巻き上げ機だ。てめえの力じゃ切れねえよ! ……おおっと!」
やたらめったらにくねるクラーケンの触腕を、ゲラは間一髪で避ける。
イカの八本脚は鎖より短いが、二本の触腕はそれより長く、気を付けないと攻撃を喰らってしまう。
小型のクラーケンは、脅威度で言えば【中の上】である。
これはしっかりと武装した船でも、数人の犠牲は避けられない程度だった。
実際、海の怪物との戦闘は危険だ。船乗りの中には、手足を失った者も多い。拘束はできても、トドメを刺すには近づかなければならないからだ。
だが、しかし。この船に限っては、その心配はない。
なぜならば……。
「あっ、姐さーん!」
「エレ姐さんが来てくれたぞ!」
「はやい! これで勝つる!」
「バカなクラーケンだぜ。ナンシー商会の高額輸送船に手を出したのが間違いだったな!」
この船には、無敵の女神がいるからだ。
エレノアはショートソードを抜き放ち、風魔法を纏わせると大声で宣言する。
「よぉーし、てめえら! あたいがトドメを刺す、そのまま抑えてろ!」
ギュオオオオオーン!!
彼女を脅威に感じたのか、クラーケンが吠える。
次々と繰り出される二本の触椀を、エレノアはステップで華麗にかわす。
クラーケンは触腕を振り上げ、甲板に思いっきり叩きつけた。
ドガァン!
轟音と共に船が揺れ、船員たちが悲鳴を上げて近くの物にしがみつく。
その時、エレノアは空中に居た。触腕が叩きつけられるより早く、自ら宙に跳んでいたのだ。
照りつける太陽に、ショートソードがキラリと輝く。
「ていやーっ!」
グギョオオオーン!!
クラーケンが雄たけびを上げて、触腕のひとつをエレノアに伸ばした。
空中では逃げ場がない。触腕がエレノアと交差する。
シャキィン―――ザグッ!
軌跡が煌めき、一瞬後。
エレノアの剣は、クラーケンの両目の間に突き刺さっていた。
クラーケンの身体がビクリ硬直し、刺し傷を中心に、半透明の身体が真っ白に染まっていく。空中で切り落とされた触腕が、時間差で甲板にドカンと落ちた。残った脚や触腕が力を失い、ダラリと甲板に横たわる。
う、おおおおーーーっ!
船員たちの、勝利の歓声が上がった。
死んだクラーケンの解体作業をしながら、ゲラがぼやく。
「毎度毎度、ゲソとワタのニンニク炒めってのも芸がないよなぁ」
それを聞いて、他の船員たちが言う。
「つっても、船に積まれてる調味料や食材だって限りがあるし。魚以外の新鮮な肉が食えるだけでも御の字だろ。いいじゃん、別に。ニンニク炒め、うめえし」
「そうだぞ、ゲラ。贅沢いうな。クラーケンのニンニク炒めは、船乗りだけが食える珍味中の珍味だぞ!」
「だな。クラーケンの身はすぐ縮む。保存がきかん。陸の奴らが食えるのはクラーケンの干物だけだ」
「ま、量が多すぎて持って帰って配っても、半分近く余っちまうんだけどな」
「でも、ゲラの言う事ももっともだぜ……せっかくクラーケンは美味いのに、口に入る料理といや、ニンニク炒めと干物しかない!」
「あとはまあ、小さく刻んでスープやピラフの具にするくらいか。もうちょっとこう、レパートリーが欲しいとこだよ」
ふと、ゲラが視線を移す。
「ありゃ? 姐さん、どうしました。なんだか、考えこんじまってるご様子ですな」
声を掛けられ、エレノアは顔を上げる。
「ん、いや。あたいの死んだ妹の子が、『エルフ一の食通』って呼ばれてるんだけどね。そいつが前に、やたら美味いイカ料理を食べたって言ってたのを思い出してさ。しかも保存がきいて、作り方も簡単らしい。確か……シ、シオ……シオ……シオ、キャラ? とか、そんな名前の料理だったかな」
謎の料理、シオキャラ!
明日も更新予定です。




