本当の決着
「おい、ジュリアンヌ。話がある」
ジュリアンヌは身体をビクリと震わせ、恐々とレンを見る。
「な、なんですの……?」
ミヒャエルとダルゲが、慌てて割って入った。
「旦那っ! 敗者に鞭打つだなんて、悪趣味でヤンスよ!」
「そやで、レンはん。頼む、これ以上は勘弁したってくれや」
「心配すんなって。怒ったりしねえから」
レンは二人をどけると、ジュリアンヌの前にしゃがんでニカッと白い歯を見せて叫ぶ。
「大人なんて、くっだらねえよなぁ!? 美味いラーメンも作れないくせして、デカい顔しやがってさ! ……見てろよ。俺がてめえらぐらいの歳になったら、きっともっとすっげえラーメン作って、立派な店を構えてるに違いねえぞ!」
突然の事に、ジュリアンヌは驚いて絶句する。
そんな彼女を見つめながら、レンは静かな声で語りかけた。
「ジュリアンヌ。お前は、俺の若い頃によく似てる……俺も昔は大人をバカにして、マズいラーメン屋みつけると片っ端から喧嘩を売って、暖簾や看板を取り上げてたんだぜ」
「えっ……? あ、あなた、そんな乱暴なことやってたんですの!?」
レンは照れ笑いしながら頷く。
「ああ。俺は、お前みたいに自分の店なんてなかったからよ。その分、お前より荒れてたかもな。……でも、ある日、出会ったんだ」
「出会ったって、誰にですの?」
「師匠にさ。『尊敬できる大人』たちにだよ」
それからレンは、彼女の肩に手をポンと乗せて言った。
「なっ! 一度くらい負けたって、気にすんな! お前には間違いなく、才能がある。俺なんて環境がよかっただけで、才能で言ったらお前よりずーっと下だと思うぜ?」
ジュリアンヌは勢いよく首を振って言う。
「そ、そんなことありませんわ! だ、だって……あの味は……っ! あの味は……『レシピを知ってれば作れる』というものではありませんもの!」
その通りである。
レンのワンタンメンは、その日の気温や湿度までも計算にいれた『完璧な味』だった。
そもそも材料からして、彼の世界の物とはまったく質が違うだろう。
超一流の料理人は、どんな材料どんな条件であっても、完璧に近い味に仕上げるものだ。
同じ材料でなければ同じ味が出せないようでは、二流である。
レンは苦笑する。
「そうか? ……まったく、参っちまうぜ。こっちの世界に来てからは、俺より才能ある奴ばっかで自信を失うばかりだ。なあ、頑張れよ、ジュリアンヌ。お前なら絶対、俺より美味いラーメンを作れるようになるさ!」
もしこれが『形だけの慰め』であったなら、ジュリアンヌは激怒してたろう。
公衆の面前で負けた相手に励まされるなど、恥辱の極みである。
だけど、レンの言葉は本気だった。
少なくとも、言葉の端々や表情からは、『そう』としか読み取れなかった。
本気で相手の実力を認め、自分の弱さを見せて、彼女の未来を応援していた。
ジュリアンヌはしばらく絶句していたが、やがてうなだれてシクシクと泣き始める。
「な、なんですの、それ……? あ、あなた……どうして、あたくしに優しくするんですの……? あたくしは、あなたのラメンを地面に捨てたんですのよ……?」
レンは、嬉しそうにニンマリと笑った。
「ふっふっふ。やぁーっと認めやがったな!」
「えっ」
ジュリアンヌはキョトンとして顔を上げる。
レンは勝ち誇った顔で、また言った。
「お前が捨てた、俺の油そば。やっとラーメンだと認めやがったな」
「…………っ!?」
レンのワンタンメンは、圧倒的な美味さだった。
その味に感動し、己の敗北を認めた瞬間。彼女は、激しく後悔したに違いない。
自分が捨ててしまったレンのラメンは、どんな味だったのかと……無意識のうちに、『アブラソバもラメンだ』と認めてしまった。
それこそがまさに、勝負前にレンが言っていた『本当の勝利』であった!
ワンタンメンは、ラメンにワンタンを乗せた物である。
それはラメンであって、ラメンにあらず。
この世界のラメンからは、ちょっとだけ外れた存在である。
それは鴨で作った『鴨ラメン』も同様だ。
ジュリアンヌは新しい材料でラメンを作るため、認識のすそ野をちょっとだけ広げる必要があったのだ。わずかな綻びから差し込んだ光は、その先の景色を彼女に見せて、世界を大きく広げたのである。
レンは、ジュリアンヌの頭をぐりぐり撫でながら言う。
「まあ、アレだ。お前がぶちまけた分は、エリーと野良犬が綺麗に食っちまったしな。許してやるよ!」
だがジュリアンヌは、イヤイヤするように首を振ってまた泣きはじめる。
「嘘ですわッ! そんな簡単に許せるわけがありませんもの! 自分のラメンを一口も食べずに地面に捨てられたら、あたくしでしたらその場で飛び掛かって、相手をボッコボコに叩きのめしてやりますわよ!」
レンは呆れ顔で言う。
「いや。ボッコボコって……お前、やっぱ色々すげえなぁ! なあ、ジュリアンヌ。お前、ラーメン好きだろ?」
「好きですわ! 好きに決まってますでしょ。大好きですわ!」
「だったら、許すよ。ジュリアンヌ。お前が俺を嫌ってても、関係ねえ。お前がラーメンを好きな限り、俺はお前の味方だぜ! 困った時は遠慮なく頼れ。いつでも駆けつけて、お前を助けてやるからよ」
ジュリアンヌは呆気に取られてポカンと口を開けていたが、やがて絞り出すような声で問う。
「……そ、そんなあっさり。本当にいいんですの? あなたのラメンを捨てたことも、もどきとバカにしたことも……無理やり勝負させたことも、鶏ガラなんていらないと意地を張ったことも……全て許すとおっしゃるんですの!?」
レンは立ち上がり、腕を組むと力強く頷いた。
「ああ、いいぜ。何もかも水に流そう! 若いうちは、誰でも失敗するもんさ。お前はまだ、出会ってないだけだ。お前を導き、高みに押し上げてくれる人に……いつか、お前も出会えるといいな。そんな、尊敬できる『師匠』と呼べる大人によ!」
ジュリアンヌはレンを眩し気に見上げていたが、ふいに視線を外すと頬を赤らめ、モジモジしながら呟いた。
「……あの……その。もしかしたら、もう……あたくし、その方に出会ってるかもしれませんですわね」
「ん、なんか言ったか?」
「あうっ。な、なんでもありませんわ!」
ジュリアンヌは顔を真っ赤にして、そう叫んだ。
と、観客の誰かが言う。
「ところで、先着100名がラメンを食えるって話はどうなったんだ?」
師匠、マスター、先生、師父、ペタゴーグ、導師、レーラァ、教授、プロフェッサー。
いろんな呼び方がありますね。
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