表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

128/195

本当の決着


「おい、ジュリアンヌ。話がある」


 ジュリアンヌは身体をビクリと震わせ、恐々とレンを見る。


「な、なんですの……?」


 ミヒャエルとダルゲが、慌てて割って入った。


「旦那っ! 敗者に鞭打つだなんて、悪趣味でヤンスよ!」


「そやで、レンはん。頼む、これ以上は勘弁したってくれや」


「心配すんなって。怒ったりしねえから」


 レンは二人をどけると、ジュリアンヌの前にしゃがんでニカッと白い歯を見せて叫ぶ。


「大人なんて、くっだらねえよなぁ!? 美味いラーメンも作れないくせして、デカい顔しやがってさ! ……見てろよ。俺がてめえらぐらいの歳になったら、きっともっとすっげえラーメン作って、立派な店を構えてるに違いねえぞ!」


 突然の事に、ジュリアンヌは驚いて絶句する。

 そんな彼女を見つめながら、レンは静かな声で語りかけた。


「ジュリアンヌ。お前は、俺の若い頃によく似てる……俺も昔は大人をバカにして、マズいラーメン屋みつけると片っ端から喧嘩を売って、暖簾(のれん)や看板を取り上げてたんだぜ」


「えっ……? あ、あなた、そんな乱暴なことやってたんですの!?」


 レンは照れ笑いしながら頷く。


「ああ。俺は、お前みたいに自分の店なんてなかったからよ。その分、お前より荒れてたかもな。……でも、ある日、出会ったんだ」


「出会ったって、誰にですの?」


「師匠にさ。『尊敬できる大人』たちにだよ」


 それからレンは、彼女の肩に手をポンと乗せて言った。


「なっ! 一度くらい負けたって、気にすんな! お前には間違いなく、才能がある。俺なんて環境がよかっただけで、才能で言ったらお前よりずーっと下だと思うぜ?」


 ジュリアンヌは勢いよく首を振って言う。


「そ、そんなことありませんわ! だ、だって……あの味は……っ! あの味は……『レシピを知ってれば作れる』というものではありませんもの!」


 その通りである。

 レンのワンタンメンは、その日の気温や湿度までも計算にいれた『完璧な味』だった。

 そもそも材料からして、彼の世界の物とはまったく質が違うだろう。

 超一流の料理人は、どんな材料どんな条件であっても、完璧に近い味に仕上げるものだ。

 同じ材料でなければ同じ味が出せないようでは、二流である。


 レンは苦笑する。


「そうか? ……まったく、参っちまうぜ。こっちの世界に来てからは、俺より才能ある奴ばっかで自信を失うばかりだ。なあ、頑張れよ、ジュリアンヌ。お前なら絶対、俺より美味いラーメンを作れるようになるさ!」


 もしこれが『形だけの慰め』であったなら、ジュリアンヌは激怒してたろう。

 公衆(こうしゅう)の面前で負けた相手に(はげ)まされるなど、恥辱(ちじょく)の極みである。

 だけど、レンの言葉は本気だった。

 少なくとも、言葉の端々や表情からは、『そう』としか読み取れなかった。

 本気で相手の実力を認め、自分の弱さを見せて、彼女の未来を応援していた。


 ジュリアンヌはしばらく絶句していたが、やがてうなだれてシクシクと泣き始める。


「な、なんですの、それ……? あ、あなた……どうして、あたくしに優しくするんですの……? あたくしは、あなたのラメンを地面に捨てたんですのよ……?」


 レンは、嬉しそうにニンマリと笑った。


「ふっふっふ。やぁーっと認めやがったな!」


「えっ」


 ジュリアンヌはキョトンとして顔を上げる。

 レンは勝ち誇った顔で、また言った。


「お前が捨てた、俺の油そば。やっとラーメンだと認めやがったな」


「…………っ!?」


 レンのワンタンメンは、圧倒的な美味さだった。

 その味に感動し、己の敗北を認めた瞬間。彼女は、激しく後悔したに違いない。

 自分が捨ててしまったレンのラメンは、どんな味だったのかと……無意識のうちに、『アブラソバもラメンだ』と認めてしまった。

 それこそがまさに、勝負前にレンが言っていた『本当の勝利』であった!


 ワンタンメンは、ラメンにワンタンを乗せた物である。

 それはラメンであって、ラメンにあらず。

 この世界のラメンからは、()()()()()()()()()存在である。


 それは鴨で作った『鴨ラメン』も同様だ。

 ジュリアンヌは新しい材料でラメンを作るため、認識のすそ野をちょっとだけ広げる必要があったのだ。わずかな(ほころ)びから差し込んだ光は、その先の景色(けしき)を彼女に見せて、世界を大きく広げたのである。


 レンは、ジュリアンヌの頭をぐりぐり撫でながら言う。


「まあ、アレだ。お前がぶちまけた分は、エリーと野良犬が綺麗に食っちまったしな。許してやるよ!」


 だがジュリアンヌは、イヤイヤするように首を振ってまた泣きはじめる。


「嘘ですわッ! そんな簡単に許せるわけがありませんもの! 自分のラメンを一口も食べずに地面に捨てられたら、あたくしでしたらその場で飛び掛かって、相手をボッコボコに叩きのめしてやりますわよ!」


 レンは呆れ顔で言う。


「いや。ボッコボコって……お前、やっぱ色々すげえなぁ! なあ、ジュリアンヌ。お前、ラーメン好きだろ?」


「好きですわ! 好きに決まってますでしょ。大好きですわ!」


「だったら、許すよ。ジュリアンヌ。お前が俺を嫌ってても、関係ねえ。お前がラーメンを好きな限り、俺はお前の味方だぜ! 困った時は遠慮なく頼れ。いつでも駆けつけて、お前を助けてやるからよ」


 ジュリアンヌは呆気に取られてポカンと口を開けていたが、やがて絞り出すような声で問う。


「……そ、そんなあっさり。本当にいいんですの? あなたのラメンを捨てたことも、()()()とバカにしたことも……無理やり勝負させたことも、鶏ガラなんていらないと意地を張ったことも……全て許すとおっしゃるんですの!?」


 レンは立ち上がり、腕を組むと力強く頷いた。


「ああ、いいぜ。何もかも水に流そう! 若いうちは、誰でも失敗するもんさ。お前はまだ、出会ってないだけだ。お前を導き、高みに押し上げてくれる人に……いつか、お前も出会えるといいな。そんな、尊敬できる『師匠』と呼べる大人によ!」


 ジュリアンヌはレンを(まぶ)し気に見上げていたが、ふいに視線を外すと頬を赤らめ、モジモジしながら呟いた。


「……あの……その。もしかしたら、もう……あたくし、その方に出会ってるかもしれませんですわね」


「ん、なんか言ったか?」


「あうっ。な、なんでもありませんわ!」


 ジュリアンヌは顔を真っ赤にして、そう叫んだ。

 と、観客の誰かが言う。


「ところで、先着100名がラメンを食えるって話はどうなったんだ?」

師匠、マスター、先生、師父、ペタゴーグ、導師、レーラァ、教授、プロフェッサー。

いろんな呼び方がありますね。


続きが読みたいなーって思ったら、ぜひブクマと評価をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ここで油そばなら沢山の人に食べて貰えるって寸法よ!スープ無くて良いからね。個人的にはYouTubeでもやってた、鉄鍋のジャンの飲めるラー油なんかも出てくれると嬉しい
[一言] 英語圏だとどうなんだろうとか思う言葉。 師匠って言葉はティーチャーだとだいぶイメージ違いますよね。 メンター?うーん……ジェダイ?(違う)
[一言] 喧嘩ラーメンみたいなことやってたんだな…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ