圧倒的な『ラメン』の答え
チャーシュはほんのりピンク色で、しっとりとした舌触り。ニンニクは控えめだ。
とろけるような脂身や、舌で押しただけでほぐれる柔らかさはないものの、上品で繊細な肉の旨味が十二分に感じられる。
こ、これは先ほど食べたジュリアンヌの『鴨チャーシュ』に、負けずとも劣らぬ美味さだなッ!
私は、しっかり煮しめられてニンニクの効いたチャーシュも好きなのだが、このスープにはこちらチャーシュのが合ってる気がするぞ。
一方、工夫を凝らしたワンタンやチャーシュと違い、メンマの味付け自体はごく普通であった。
まあ、この地ではタケノコは手に入らないし、さすがのレンも一から仕込む事はできなかったのだろう……。
だけど極太のメンマが揃えてあって、コリコリした歯ごたえが実に楽しい!
おそらくは複数の商人から大量にメンマを購入し、質の良い物を厳選したに違いない。
ナルトも普通だ。
しかし、ナルトの役割はスープの脂っこさで重くなった口を改める事にある。
この、なんの飾り気もない普通の淡泊さのおかげで、『三種のワンタン』やスープの奥行きを存分に堪能することができた。
ナルトで一休みしたら、エビ・ワンタンを食べてチャーシュを一齧り!
メンマの食感を一回、二回と楽しんだら、かぶせるように豪快にメンを啜る。
すると合間、合間にヤクミも一緒に入ってきて、メンマのコリコリ、ヤクミのシャキシャキ、メンのシコシコと、口の中で素晴らしい合奏が鳴り響く!
メンマの汁とヤクミの爽やかさが一噛みごとにスープと混ざり、飲み込んだ後は手が待ちきれずに、すぐ次のメンを捉えている……。
さあ、次はどう食べよう。なにと一緒に楽しもう?
ラメンを食べる手が、口が、喉が、ひたすら止まらない……っ!
私たちが一心不乱にラメンを食べる様を、皆がジッと見つめてる。
その鬼気迫る様子に気圧されたのか、サラは先ほどのように我々に感想を聞きに来ない。
もっとも例え話しかけられても、今はこの口、ラメンを食べる以外に使いたくないがねっ!
目の前のラメンがどんどん減っていき、代わりに極上の旨味で口中が満たされて、腹がずんずん膨れていく。
やがて具材もメンを食い尽くし、ドンブリを持ち上げ口をつけて残ったスープをゴクゴクと飲む。
飲む物がなくなってもこの美味いラメンを味わおうと、未練たらしくドンブリをひっくり返し、底を手のひらでポンポン叩く。
振動によって壁面から集まった雫がポタリと垂れて、最後の一滴が舌へと落ちる。
じんわりとした鶏の旨味たっぷりのショーユ味。
濃厚な甘い脂の後味と残り香が、口から消える……ああ!
至福の時間は終わってしまった。
だけど、不満はまったくない。
私は今、身も心も完璧に満たされている。
幸せだ……。
ドンブリを置くと脱力し、天を仰いで深く息を吐いた。
「くっ、ふぅうううううーー~~……っ!」
身体が軽く汗ばんで、全身がフワフワと心地よい暖かな感覚で包まれている。
と、誰かが啜り泣く声が聞こえた。
「あっ、ああ……。こんな……こんなことってぇ……! あ、ありえませんわ……っ!」
「う、美味すぎるでヤンスッ! どうやったって、ケチつけられないでヤンス……」
「なんちゅう味や! か、勝てるわけあらへん……こんなんズルや!」
ジュリアンヌたちだ……無理もない。
ここまで圧倒的な力の差を見せつけられては、どれだけ高慢な娘でも、十四歳のプライドなど粉々に砕け散ってしまうだろう。
と、それを見て観客がざわざわし始める。
「食べてる様子を見る限り、ワンタンメンのが上に見えたな」
「ジュリアンヌたちも泣いてるし、こりゃレンの勝ちじゃねえか!?」
「でもよ。クエンティン卿の柏手が出てないぜ?」
「あっ! そういや、そうだ!」
「じゃあ、ジュリアンヌ嬢のラメンのが美味しかったってのかい?」
「……わっかんねえ。結局、どっちが勝ったんだよ!」
サラがクエンティンの前へと歩いて行き、木の棒を突きつけた。
「えー、クエンティン卿っ! ジュリアンヌ嬢の鴨ラーメンと違い、レン選手のワンタン麺には柏手が出なかったようですが……?」
するとクエンティンは、ハッと気づいて手を打ち鳴らす。
「ああ。そ、そうだな。美味い!」
パチン!
……えっ。それだけ?
会場の誰もがそう思った、次の瞬間。
「う、美味い。美味い! 美味い、美味い……!」
パチン! パチン! パチン! パチン!
クエンティンは熱に浮かされたようなボーっとした顔で、ただひたすら「美味い」を連呼し、何度も何度も手を叩き始めた。
その異常な様子に、観客たちはドン引きである。
「あのっ! ちょ、ちょっと……クエンティン卿? もう、けっこうですからっ!」
見かねたサラが声を掛けると、クエンティンは困りきった様子で言う。
「す、すまんのであーる! おそらく、どのように手を叩いても、この素晴らしい味は皆さんに伝わらんだろうと……そう思った瞬間、つい何度も手を叩いてしまったのであーる」
シーンと静まり返った会場で、誰かが叫んだ。
「レンの勝ちだ!」
その声に会場がワッと沸いて、ジュリアンヌがガックリと肩を落とす。
その後、一応の形式としてサラが審査員ひとりひとりに確認を取り、こうしてラメン勝負はレンの勝利で終結を迎えた!
……けれど、まだ確かめなければならない事がある。
私は立ち上がり、大きく両手を上げて下ろして会場の歓声を制すると、レンに質問をぶつけた。
「レン! 君のチキンスープには、マグロのアラブシ、ヤクミに生姜、ニンニク、ナガカイソウ、オゴリタケ、臭み消しのリンゴが入っているな? 混合ソースには豚のエキス、ショーユ、白ワイン、ザラメ、コンブ粉……そうだろう?」
私の言葉に、レンは頷く。
「ああ。さすがはリンスィールさん! すげえな、全部合ってるよ。ま、昆布粉は旨味の増強ってより、全体の味をまとめる役割で、ほんのちょっぴり入れただけだけどな」
「そ、そうか……全部、合ってるか。つまり、他に材料はないんだな? ……ならば、レン。教えてくれ! たったそれだけの材料で、どうやってあんなに美味い鶏ガラ・ショーユ・スープを作ったんだね!?」
材料的には『やや地味』で『単純』、『古臭い』とすら感じる組み合わせである。
なのに、できあがったスープは驚くほど豪華で新しく、すさまじく鮮烈な旨味に満ちていた。
その秘密、解かねばなるまい!
レンは苦笑しながら言う。
「おいおい、リンスィールさん。俺は『鶏ガラ醤油スープ』なんて作っちゃいないぜ」
「……は? なん……だと……! あのスープが……鶏ガラ・ショーユ……じゃない?」
私は思わず絶句する。
と、オーリが勢いよく立ち上がった。
「おいコラ、レン! ふざけんじゃねえぞっ! 俺っちはこの世界にラメンを復活させるため、二十年も必死で研究を続けてきた! おめえのショーユ・スープに使われてたのは、間違いなく鶏ガラだぜ!」
さらにはナンシー、クエンティンも立ち上がって、口々に声を上げ始めた。
「そうさねっ! あたしゃ、ラメン食材の売買でこの国一番の商人にのし上がった女だよ。自慢じゃないが、あたしの目利きだって一流さ! あの味は、間違いなく鶏ガラだった……他の物であるわけないよっ!」
「その通りであーる! あれが鶏ガラ・ショーユ・スープでないなんて、そんなのありえないのであーる。言っていい冗談と悪い冗談があるのであーる!」
皆にやいのやいのと詰め寄られ、さすがのレンも焦った様子を見せる。
「い、いや。でもよ……本当に違うんだ! だって、俺が作ったのは鶏ガラ醤油スープじゃねえ……丸鶏醤油スープだもんよ」
私たちは、ポカーンと口を開ける。
ややあって、全員が叫んだ。
「ま、丸鶏……?」
「ショーユ!」
「……スープ」
「だとぉおおおお!?」
な、なんとッ!
そんな単純な仕掛けだったのか……同じチキンの旨味なので、気づかなかった。
だがしかし、納得できる!
そうか。試合前に言っていた「相手が鶏ガラショーユにこだわる限り絶対に負けない」とは、こういう意味だったのか。
可食部である肉の旨味は、改めて説明するまでもないだろう……肉を入れたスープは美味い。
そんなこと、我々だって知っている。問題は、鶏肉から旨味を抽出し、その上で肉の姿を完全に隠すという発想の奇抜さにある。
だってスープに肉を入れたら、普通はその肉も食べるだろう!?
レンは腕を組み、顎を上げてニヤリと笑うと、声も高らかに言った。
「ハイスペック醤油ラーメンっ! 俺がワンタン麺のベースにしたのは、そう呼ばれてるラーメンだぜ」
ダルゲ「なんちゅーもん……なんちゅーもんを食わせてくれたんや……!」
ダルゲ「これに比べたら、お嬢のラメンはカーー」
ダルゲ(……いや。カスは言い過ぎやろ)
ダルゲ(お嬢のラメンも普通に美味かったしなぁ)
ダルゲ(カスは言い過ぎやろ……)
京極さんには四国の鮎食わせとけば勝手に大喜びしてくれる説。
あると思います!
次回は……ハイスペック・ショーユ『ラメン』
作者はブクマ、評価で大喜びします。