謎に満ちた圧倒的『ラメン』
レンは人数分のメンを鍋に放り込むと、さらには『何か白い物』を同じ鍋で茹で始めた。
その間にドンブリに熱々のスープを注ぎ、メンが茹で上がると複数のザルを手にもって、一気に湯切りする。
ザッ、ザァ!
メンを沈めて手早く具材を乗せると、先ほど茹でていた『白い物』もラメンに乗っけた。
できあがったドンブリをお盆に載せて、レンはサラへと声を掛ける。
「サラさん! こっちの三杯、ジュリアンヌたちに持っていってくれ」
「オッケー!」
私たちの前にはレンが、ジュリアンヌたちにはサラがラメンを並べる。
レンが大きな声で言った。
「こいつの名前はワンタン麺っ! 『雲』を『呑』むと書いて、『雲吞』と読む……上に乗ってる白いのが、ワンタンだ。今回は、『三種のワンタン』を用意した。食う時は、スープと一緒にレンゲで掬って口に入れてくれ!」
待ちきれない我々は、さっそくワリバシを手に取りパチンと割った。
ドンブリをのぞき込むと、やや小ぶりなチャーシュやナルト、ヤクミ、メンマの上部に位置するように、白くてヒラヒラした不思議なトッピングがいくつも浮かんでる。
先ほど茹でていた白い物体は、この『ワンタン』だったのだ。褐色の海にプカプカと浮かぶその姿は、曇天の夕焼け空、あるいは高い山の頂上から見下ろす朝焼けように美しい。
ドンブリから漂うのは、チキンベースに魚介が加わったお馴染みの香りである。綺麗に透き通ったショーユ・スープに沈むのは、よく縮れた黄色いメン……。
それは、トンコツ、トマト、カレー、ミソと、様々な刺激的で新しいラメンを食べた今となっては、やや地味で懐かしさすら感じる、『昔ながらのチューカソバ』であった。
どうやら、ベースは『タイショのラメン』か……なるほど、読めたぞ!
これは、『サンマーメン』と同じパターンだろう?
上に乗っている具で、ラメンの味に変化をつける手法だな。
さて。そうとわかれば、まずは一口っと……ズルルー。
ーーーーー~~~~~~っ!?!?!?
食べた瞬間、ガクンと腰が抜けそうになった。
な、なんだ、この美味さは……?
……美味い。圧倒的に美味い!
こ、これは『タイショのラメン』ではないッ!
気づくと私の手は、自然と次のメンを持ち上げていた。吹きかける息ももどかしく、熱々のままで啜りこむ! ズルルーッ。あ、熱い……口の中が火傷しそうだ!
ほふっ、ほふと頬を膨らませて空気を送り、メンを冷まして咀嚼する。
メンは中細で表面はツルツルしてるが、縮れてるのでスープがよく絡む。歯を食い込ませるとムチリと抵抗し、ほど良いところでプチンと切れる。腰が強くてシコシコと、蠱惑的な歯ざわりだ。
ドンブリの縁に口をつけてズズゥっと啜ると、熱々のチキンエキスのショーユ味が、口の中に流れ込む……鶏の脂とショーユの塩っ気が、独特の風味の魚介の旨味が、歯の間で踊るモチモチプリプリのメンと混じり合い、小麦の甘みを伴って何倍にも膨らんでいく!
それらをゴクンと一気に飲み込むと、バラバラになったメンと一緒に熱いのスープが喉を焼いて、ズウンと重たく胃に落ちる……鼻から素晴らしい香りが抜けて、濃密でまろやかな後味が舌を蕩かす。
圧倒的な重厚感っ! 豊潤でリッチな旨味!
く、ううぅーーー~~~ッッ! う、美味い……たまらぬッ!!
ああ……な、なんだ、これは!? 本当になんなのだ、このスープは!?
感じる風味は、鶏ガラ、マグロのアラブシ、ヤクミに生姜、ニンニク、ナガカイソウ、オゴリタケ、臭み消しのリンゴ……混合ソースには豚の旨味、白ワイン、砂糖、コンブ粉もわずかに入っているな。
これらの食材は、ラメン復活の研究の中で何十回、何百回、何千回と食べた組み合わせだ。他の物が入っていれば、すぐに気づく。
つまり材料は『タイショのラメン』、あるいは『黄金のメンマ亭の転生版タイショのラメン』と同じである。だけど、味が違う……こちらの方が、はるかに美味い。
なぜだ!?
これは断じて、なにかの油を垂らしただとか、隠し味を加えただとか、そういう小手先の技ではない……も、もっと別のなにかが、根本的に違うのだ!
だが、それがなんだかわからないっ!
同じ材料を使って、何故ここまで美味しくできる!?
わからない。謎である。ミステリーである。美味である。奇怪である!
私は無我夢中でメンを啜り、スープを飲み続けた。
しばらくしてから、ハッと気づく。
メンとスープが、もう半分ほどに減っている……。
おおっと、いかん! 具材の存在をすっかり忘れていたぞ!
思えば二十数年前、タイショのヤタイで『初めてラメンを食べた時』も、今と同じように具材の存在を忘れてメンとスープに酔いしれたっけ。
そこまで考え、私の目からポロリと涙が零れ落ちた。
……人は人生で何度、料理の味に感動できるのだろう?
美味い物を探し、美食の経験を積めば積むほど、味に驚く機会は減って行く。
レンに未知のラメンを食わせてもらっている時も、夢中になりつつも頭の片隅では冷静に『メンと具材、スープのバランス』を考えてる自分がいた……。
そのような事すら忘れて、ただ子供の様に目の前の料理に溺れ、味に酔いしれる。
まさか齢400を超えて、もう一度このような体験ができるとは思わなかった!
ふと隣を見ると、オーリも同じように目に涙をためている。
私と目が合うと、オーリは照れ臭そうに笑った。
きっと彼も、同じような事を考えていたのだろう……私もフッと笑みを返し、レンゲを手に取る。
さて、いよいよ具材を食べるとするか!
チャーシュやナルトはひとまず置いといて、まずは『ワンタン』からいってみよう!
ふむ? 見た目は『ギョーザ』によく似ているが、それよりも皮が薄くて中の具材が透けているな。
三種の色は、ピンクに茶色に黄色である。それぞれ2つずつ、合計6個あるようだ。
ワンタンをレンゲに乗せて唇に寄せてスッと吸い込むと、チュルンと口に飛び込んできた。
まず、茶色のワンタンの中身は、『豚のひき肉』であった。
ギュッと噛みしめると煮溶けたラードのコクが、大量の肉汁となってドッと溢れ出た!
だが臭み消しの生姜が効いてて、後味はスッキリしてる。
それが圧倒的な美味さのショーユ・スープと混ざる事で、また新たな魅力を生み出している。
次に食べた黄色いワンタンは、『炒り卵とニラ』だった。
もっともニラと言っても恐らくは、代用品の『ギョウジャニンニクの葉っぱ』だろうが、味、香りともに本物のニラと遜色ない。
ふわふわの優しい卵と薫り高いニラの甘みが、これまたショーユ・スープと絶妙に合う!
ピンクのワンタンは、なんと『エビ』だ。
これは昨日、私とレンが川まで取りに行った『最後の食材』である。粗みじんに刻んであり、プリプリの食感が後を引く美味しさだ!
どうやらエビの殻を乾煎りし、細かく砕いて混ぜてあるらしい。
エビの殻は香ばしいが、混ぜすぎると食感が悪くなる。その点、この『エビ・ワンタン』は、食感の邪魔にならないギリギリのところまで殻の量を増やしており、強烈な香ばしさと滑らかな舌触りを両立していた。
パンパンに詰め込まれたギョーザと違い、ワンタンは具の量が少なくて、皮が長く伸びている。
形もギョーザは半月型だったが、ワンタンは三角形である。ピラピラした皮が吸い込むたびに唇を撫でて、口の中でチュルチュルと砕けて気持ちいい……。
どのワンタンも、味付けはシンプルに塩コショウのみ。
単純な味わいだが、それが複雑かつ重厚でリッチなスープを引き立てる。
三者三様に違った変化を見せて、口も鼻も飽きさせない。
百点満点の具材である!
だが、いずれのワンタンも皮はしっかり閉じていて、スープに何か『直接的な影響』を及ぼしたとは思えない。
やはり、このラメンのスープには、何か大きな『秘密』がありそうだ……!
さてさて、レンは一体スープになにをしたのでしょうか……?
もしわかっても、ミンナニハナイショダヨ
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やる気モリモリ出るですよ?