パチーーーン!
目の前に木の棒がニュッと飛び出る。
「リンスィールさん、ラーメンのお味はいかがですか?」
「ああ、うまい。鴨の脂とショーユの風味が、こんなに合うとは思わなかった! 甘めのこってりスープに、ピリッと辛い粗みじんのヤクミが相性抜群だね」
問いかけられて、私は答えた。
「おお、美味しそうですね! 素晴らしいコメント、ありがとうございます。お次は……ええっとぉ?」
サラはナンシーに尋ねようとして、躊躇する。
だが、ナンシーは身を乗り出すと、木の棒を掴んで先端を自分に向けて喋った。
「……ふん。なかなか美味しいラメンじゃないか! 特に、この鴨肉のチャーシュはとてもいいね。あたしゃ、気に入ったよ」
オオオーッ!
明確に『敵対宣言』していたナンシーからも好評を得た事で、会場は驚きに包まれる。
サラはホッとした顔で、クエンティンへと木の棒を向けた。
「では、お次はクエンティン卿。ラーメンの味を教えてくださ――」
「うまーーーーーーい!」
パチーーーーーーン!
!?
突然の絶叫と弾けるような高い音が、会場に響いた。
どうやらクエンティンが、思いっきり両手を叩いたらしい。
驚いて固まる我々に、彼はすまし顔で言う。
「いや、失敬。実は吾輩、美味しい物を食べると自然と手を打ち鳴らすクセがあるのであーる」
……おいコラ、嘘つけ。
君とは二十年来の友人だが、そんな変なクセは初めてみたぞ!?
また市民に受けようと、妙なキャラ作りをしているな……。
だが、彼の行動はわかりやすかったらしく、観客の反応は上々である。
「おお! クエンティン卿にはそんなクセがあったのかっ」
「あんなに激しく打ち鳴らすってことは、よっぽど美味しかったんだねえ」
「会場全体に鳴り響くほどだもんなぁ」
「鴨のラメンか。最初はどうかと思ったけど、かなりの物らしい」
「か、柏手じゃ……まさに、『柏手のクエンティン卿』じゃあ!」
おおかた『ラメン勝負』の話がきた時から、わかりやすく目立つような『審査のリアクション』を考えてたに違いない。
クエンティンは、いつでも『自分の人気取り』に必死である。
その甲斐あって市民だけでなく、貴族からの信頼も篤い。
なんと、王族すらも彼を頼る……だがそれは、私利私欲のためではない。
市民に負担を強いるような政策でも、クエンティン卿が表に出てくれば不満はピタリと止むし、反対に市民の要望も彼を通してなら、貴族や王族に届きやすい。
平民出身でありながら、今は上流階級に身を置くクエンティンは、文字通りに『庶民の心がわかる政治家』である。
クエンティンの人気取りは、偏に『この国と民を思って』のことだった。
サラは大げさな行動に呆れて絶句していたが、観客が盛り上がったことに気を良くしたらしい。
上機嫌でレンの方へと歩いて行き、木の棒を突きつけた。
「はい、クエンティン卿でした! えー。では、次はレン選手。対戦相手のジュリアンヌ嬢のラーメン、お味はいかがですか?」
ラメンを食べていたレンは、顔を上げてジュリアンヌを見た。
「おい、ジュリアンヌ! 二つ、聞きたいことがある」
彼の言葉は、もちろんサラが訳して伝えてる。
突然、話しかけられたジュリアンヌは、戸惑いながらも応じる。
「な、なんですの……?」
「お前、なぜ出汁を取る前に鴨ガラを『下茹で』した?」
「そ、それは……鴨は、風味がキツすぎるからですわ! そのまま使ったら、鶏ガラの代わりにはなりませんもの。湯通しをして、アクを抜く必要があったんですの」
「ふうん。だったら、このラーメンにお前の自慢の『豚チャーシュー』が乗ってないのはなぜだ? 鴨ガラをあくまで代用品と考えるなら、チャーシューまで鴨に変える必要なかったろ」
ジュリアンヌはグッと言葉に詰まり、黙り込む。
レンの指摘は、実は私も気になっていた。
鴨のチャーシュは、確かに一級品である……だが、あの絶品の豚チャーシュがないのは、やはり寂しい。
入手を邪魔されていたのは、鶏ガラだけである。
豚ならば、父親の養豚場でいくらでも手に入るはずだ。
ジュリアンヌが答えられないのを見て、レンは言う。
「俺が言ってやろうか? お前のチャーシューは、このラーメンに合わせるには『美味すぎる』んだ……濃厚すぎる豚の旨味が、鴨の風味と喧嘩しちまう! ……違うか!?」
ややあって、ジュリアンヌが投げやりな口調で言う。
「そ、そうですわよっ。豚チャーシュのコクが強すぎて、鴨のスープの微妙な香りをかき消してしまうのですわ。だから、チャーシュまで豚の代わりに鴨に変えざるを得なかったんですわ! で、でも、それが何だって言うんですの!? その鴨チャーシュだって、味は一級品のはず……スープとの相性もいいですし、問題なんてないはずですわ!」
レンは、残念そうに肩を落として息を吐く。
「……惜しいな。もしもお前が下茹でしてない鴨ガラを使い、自慢の豚チャーシューものせて『強烈な個性がぶつかり合ったラーメン』を作っていれば、これから俺が作るラーメンに勝てたかもしれねえのに」
「なっ!?」
レンの呟きは、あまりに挑発的であった。
ジュリアンヌの顔が、怒りでサッと赤くなる。
しかし、ジュリアンヌが何かを叫ぶ前に、レンは猛烈な勢いでメンを啜りこんでスープをゴクゴクと飲み干すと、カウンターに空のドンブリを勢いよくドンと置いた。
「ぷはーっ……。ただまあ、鴨を使ったラーメンとしては、これはひとつの正解だな。子供から大人まで、誰にでも万人受けする味だ! 初めて使った食材でスープを取って、このバランスの良さとはな……すげえセンスだよ。まさに、天性の勘だ。美味かったぜ。ごっそさん!」
いきなり褒め始めるレンに、ジュリアンヌは目を白黒させる。
だが、一瞬は気勢を削がれたものの、すぐに文句を言いはじめた。
「な、なんですの、その上から目線……っ! ほ、褒めたりけなしたり、忙しい人ですわねっ。さあ、次はあなたの番ですわッ! 早くラメンを作りなさい! あなたのラメン、欠点を洗いざらいぶちまけて、この大観衆の前でケッチョンケチョンに酷評してさしあげますわよ!」
腕を組んで顎を上げて睨むジュリアンヌに、レンは同じく腕組み顎上げポーズで応じてニヤリと笑う。
「よっしゃ! 待ってろ、ジュリアンヌ。今すぐ、俺のラーメンを食わせてやるぜッ! お前を囲ってる狭い壁、丸ごと壊して『新しい世界』を見せてやる!」
鴨の出汁を使ってるという事は、鴨の味がするという事です。
政治家は人気が大切ですが、人気がなければ政治家になれません。
……セクシーですね?
次回、ついにレンのラーメンの試食に入る!!




