『ラメン』勝負が始まった
天気は快晴。『無敵のチャーシュ亭』の庭園には、数百人の市民が詰めかけている。
中央にはヤタイと組み立て式のカマドや調理台が向かい合う形で置いてあり、レンとジュリアンヌとその従者が、それぞれの場所に立っていた。
風魔法で拡大した、サラの声が響き渡る。
「さあ~、いよいよ始まりました! 『異世界ラーメン屋さん』レンVS『無敵のチャーシュ亭』ジュリアンヌ嬢のラーメン対決っ! まずは審査員の紹介といきましょ~!」
どういうつもりかは知らないが、手には短い木の棒を持っている。
と、サラは審査員席に座った私の方へと寄って来て、その木の棒を突き出した。
「まずは『エルフ一の食通』リンスィールさん。今の気持ちをお聞かせください!」
これに話せという事か?
私は咳払いをひとつしてから、喋り始める。
「うむ。レンの友人である私が審査に加われるとは思ってなかったので、自分がこの場にいることに少々困惑しているよ……だけどこうなった以上、しっかり厳正な審査に努めようと思う! 時に、サラ殿。事件の当事者のあなたが、一体なにをしてるのですか?」
「え。だって私、ラーメン作りなんて手伝えないもん。火や水は屋台に残ってる分で十分だって言ってるし、レンの隣でボーっと突っ立ってるのも変でしょう? 暇だから、司会進行で盛り上げようと思ってね。はい、では次! 『ドワーフ一の食通』オーリ・ドゥオールさんです!」
「おう、オーリだ。言いたいことは、全部リンスィールが言っちまいやがった。それ以上は特にねえな!」
「はい、どうも。次は『女豪商』のナンシー・ミュラーさんです。どうぞ!」
木の棒を突きつけられたナンシーは、調理台の向こうにいるジュリアンヌを睨みながら親指を地面に向けた。
「タイショさんの息子の敵、潰す」
盛り上がってた会場の空気が、一瞬にしてシンと冷え切ってしまう……。
ジュリアンヌは腕組みして平気そうにしてたが、さすがにこれは怖かったらしく、顔が若干青ざめている。
サラが、引きつった顔で言う。
「は、はい……どうも。では気を取り直して、次いきましょ。審査員でもあり、今回のラーメン勝負を取り仕切ってる、『元・騎士団長』のクエンティン卿です!」
「吾輩がクエンティン・ドラクロワであーる! 市民の皆さん、こんにちはなのであーる!」
彼が挨拶すると、観客から喝采がいくつも飛んで、またもや会場の熱が上がる。
相変わらず凄い人気だな、クエンティン……。
だけど昔は、あんな喋り方じゃなかったのだ。
一人称も『俺』だったのが、いつの頃からか『吾輩』などと言うようになり、『であーる』と語尾を延ばす変な癖がついてしまった!
市民の印象に残りやすいよう、キャラを作り続けた結果である。
サラが、木の棒を突きつけて尋ねる。
「えー、クエンティン卿! どうも審査員がレン寄りと言うか、ジュリアンヌ嬢に不利と言うか、ルールがわかってなさそうな方まで一名混じってるような感じなのですが……?」
クエンティンは、大きく頷いてから答える。
「ご指摘、痛みいるのであーる! 本来ならば、もっと公平な立場の審査員を用意するはずだったのあーる……それが今朝になって、急にみな腹痛やらなにやらで、まるで誰かに脅されたみたいに一様に審査を辞退したのであーる。もっとも吾輩も彼女にひとつ大きな借りがあって、こうして審査員にせざるを得なかったわけだが……」
言いつつ彼は、隣のナンシーをジロリと見る。
だけどナンシーは、涼しい顔だ。
クエンティンは口ヒゲを指で尖らせながら、神妙な面持ちで続ける。
「グルメの審査というのは、どちらが美味いかどうして勝ちで負けなのか、ちゃんと説明できて誰もが認める舌を持つ人物でなければならないのであーる。今日の朝からそのような人物に慌てて声をかけてかき集めた結果、ご覧の有様になってしまったのであーる!」
「しかし、これはあまりにもレン選手が有利ではありませんか?」
「隣の一人は別として、吾輩もリンスィールもオーリも、身内だからと勝ち負けを曲げたりしないのであーる。相手より優れたラメンを作れば、確実に三票は入るのであーる」
サラは何度もウンウンと頷く。
「なるほど、なるほどー。明らかな負けが勝ちになったりはしないのですねー?」
「で、あーる」
「というわけで、お待たせしました! そろそろ試合に移りましょう。この勝負は審査員四名の他に、お互いのラーメンを相手に食べさせる形式になります。先攻はジュリアンヌ嬢です! さあ、ラーメンを作ってください!」
食べ物勝負となれば、先攻が圧倒的に有利である。
だが、審査員はレンの知り合いばかりだし、やはり少しでも勝負の公平性を保つため、彼女のラメンが先になるのは仕方ないだろう。
観客からワーっと歓声が起こり、ジュリアンヌと従者たちが動き出す。
ジュリアンヌがメンを茹でる傍らでは、ミヒャエルとダルゲはヤクミを刻んだりドンブリを温めたりしている。二人は彼女がメンを茹で上げる直前にドンブリに熱々のスープを注ぎ、彼女がメンを沈めると具材を載せて、それを次々とお盆に移す……流れるような共同作業である!
一度に数人分を作るとなると、一人では手が回らない部分がどうしても出てくる。
ドンブリを温めたりヤクミを刻み立てにはできないし、最初の一杯と最後の一杯では出来上がりに十数秒の差がついてしまう。
その点、ジュリアンヌたちは三人であることの利点をしっかりと活かし、見事であった!
我々の前に、ジュリアンヌのラメンが並ぶ。
黄色いメンと褐色のスープに、具材はヤクミ、ナルト、チャーシュ、メンマ。
チャーシュはどうやら豚ではなく鳥のようだが、見た目は普通の『チューカソバ』とあまり変わらない……ただ、匂いが違う。甘くて脂っぽい、不思議な香りだ。
私は、このラメンに使われてる『食材』がなんなのか知っている。
「それではみなさん、食べてください!」
サラの声と同時に、我々は一斉にワリバシを割ってラメンを食べ始めた。
メンはこの世界で一般的な、縮れた中細メンである。作った後でやや長めに寝かせていたのか、熟成されてプリプリと実にいい塩梅だ。水分量、コシの強さ共に不満はない。
スープはこってり甘めで、表面に浮いた鳥の脂がたまらない!
ヤクミは粗めに、大きく刻んである。ややクドさを感じる甘味の中で、ジャキジャキの歯ごたえと鼻に抜ける強烈な辛味が爽やかだ……。
メンマも太目、ナルトもやや厚切り。どちらも脂で重くなった口を改めるのにピッタリだ。
特筆すべきは、鳥のチャーシュだろう。
表面はこんがりローストしてあるが、内部は綺麗なピンク色でしっかりと弾力がある。皮と身の間の脂の部分を齧り取ると、野性味あふれる強烈な肉の旨味が滲み出た。
味付けはシンプルに、ショーユ、ハチミツ、赤ワイン。白ではなく、あえて赤ワインを選んだ所に才能を感じるぞ。
むむう……こ、このチャーシュは文句なしの一品だっ。
以前、食べた豚のチャーシュも美味かったが、このチャーシュもかなりの物である!
やはり、ジュリアンヌの肉の扱いは『一流の域』に達しているな。
我々が半分ほどを食べた頃を見計らい、サラがオーリに尋ねた。
「オーリさん、どのような味ですか?」
「こりゃあ、驚いた! スープに使われてるのは鶏じゃなくて、『鴨』だな」
会場から、オオオー! と驚きの声が飛んだ。
そう。このラメンのスープは『鴨出汁』なのである。
昨日、ミヒャエルとダルゲに襲われた後、レンは彼らを川に連れて行った。
そしてのんびり泳ぐ鴨を指さし、こう言ったのだ。
「アレ、美味い出汁が取れるんだぜ。鶏ガラの代わりに使ったらどうだ?」
魔法を使えば簡単に獲れるが、襲ってきた相手にそこまでしてやる義理はない。
網も弓矢もなしでどうするのかと見ていたら、しばらく相談した後でミヒャエルは地面を素手で掘り、ダルゲは上着を脱いで川に入った。
そして孤立している鴨に向けてミヒャエルがミミズを放り投げ、それを食べようと寄って来たところを、隠れていたダルゲが上着で包み込んで捕まえる。
そうして三匹ほど捕まえた後、泥だらけのミヒャエルとダルゲは、我々に頭を下げて帰って行った……。
よく見れば、ジュリアンヌや従者たちの目の下には濃い隈がある。
なにしろ、鴨を手に入れたのは昨日の今日だからな。
この甘めの鴨スープとそれに合う具材を探すため、徹夜で研究したに違いない。
すさまじい負けん気の強さである。
グルメ対決は先行有利……?
主人公後攻は勝ちフラグだっ!
ブクマ、ポイントありがたいです。