いよいよ明日は『ラメン』勝負!
私とレンは近所の川で、ラメン作りの『最後の食材』を手に入れた帰りであった。
レンは腰につけた革袋をポンと叩き、満足そうな顔で言う。
「デカい奴がいっぱい獲れたぜ! これで、ラーメンの材料は全部そろった」
「そんな食材を使うとはね。一体どんなラメンを作るのか、今から楽しみだよ」
「本当は、海のやつがよかったんだけどな。市場で見つからなかったからよ。まあ、これでも十分に美味いのができ――」
と、突然大きな声が聞こえる。
「あいててて、いたたたたー、いたいいたいでヤン……じゃよー!」
見ると、道端に背の高い老婆が倒れてる。
「おやっ。どうされましたか、ご老人!」
私たちが慌てて駆け寄ると焦げ茶色のローブをまとった老婆は、腰を押さえながら言う。
「持病の腰痛が急に出てしまったのでヤ、じゃよ」
「おお、それは大変ですな。よければ家までお送りしましょう」
老婆は私の肩に掴まると、フードの下でボソボソと喋って指をさす。
「ウシシっ、それは助かりますじゃ! ささ、あっしの家はあっちですじゃ」
だけど老婆の言う通りに進むと、どんどん人気のない場所へと向かい、ついには行き止まりの路地へと入ってしまう。
「ご老人。本当にこちらであっているのですか? 道を間違えたのではありませんか」
私がそう言った瞬間、老婆は急にしがみつきガチャリと腕輪をはめた。
「あっ!? な、何をするのです……って、これは『魔法封じの腕輪』!?」
老婆がローブを脱ぎ捨てると、その下から出てきたのはジュリアンヌの従者、ミヒャエルだった。
「ダルゲ、今でヤンスよっ!」
ミヒャエルの叫びと共に、背後の道をふさぐように巨漢のダルゲが姿を現した。
「すまんのう、あんちゃん。お嬢のためや。その腕、ちいと折らせてもらうで!」
ダルゲの身体は、レンよりずっと大きい。
このままでは、レンの腕が折られてしまう!
「レ、レン……逃げるんだッ! ええい、離したまえ!」
慌ててミヒャエルを引きはがそうとするが、しつこくしがみついて離さない。
魔法も使えず、身動きもとれない私の前で、ダルゲは拳をボキボキと鳴らしながらレンにズンズン近づいて行く。
「ガッハッハ! 心配せんでも、綺麗に折ったるさかい。勝負が終わったら、わいの貯金はたいて一流の治癒師をやとったる。無理に動かさんかったら後遺症は残らんはずやし、三日もすれば元通りや。せやから、ちいとだけ我慢して――」
ドゴォッ!
突然、鈍い音が鳴り響き、ダルゲが派手な尻もちをつく。
「な、なんや……? いったい、何が起こったんや!?」
一部始終を見ていた私とミヒャエルは、口をあんぐり開けて固まった。
なんとレンの一撃で、ダルゲの巨体が吹っ飛ばされたのだ!
ダルゲは己の身に何が起こったか理解してないようだったが、戸惑いながらも立ち上がって再度レンに突進する。
またもや、レンが動く。
ドボォッ!
今度は鋭いつま先が、ダルゲのみぞおちに食い込んだ。
「ぐっ! おおぉ……」
真っ青な顔して、巨漢のダルゲが蹲る。
その隙に私は腕輪を石に叩きつけ、蝶番を壊して外した。
「よし、これで魔法が使えるぞ! 土に住む植物よ、仲間たちよ、我らの敵を捕らえたまえっ!」
魔力を込めた言葉を発すると、雑草や木の根がズルズルと延びてミヒャエルとダルゲの両足を搦め取った。
私は魔法で二人を拘束すると、レンに言う。
「……驚いたよ、レン! 君、あんなに強かったんだなぁ」
その言葉に、レンは苦笑する。
「おいおい、リンスィールさん。俺だって毎日重い寸胴を持ち上げたり屋台を引いたり、何時間も麺をひっきりなしに茹でたりしてるんだぜ? それなりに力はあるよ。テンザンさんみたいな化け物相手じゃなけりゃ、そうそう喧嘩じゃ負けねえさ!」
「だが、さっきのは単純な力技という風には見えなかったぞ」
「実戦太極拳だよ。こう、身体を捻って螺旋の力で相手を倒す技でな……美華。俺の麺作りの師匠のお孫さんが、師範級の腕前でさ。俺もつきあわされて、よく一緒に型をやらされたんだ」
私は感心してしまう。
「ふうん。螺旋の力か……君の世界には、不思議な技があるのだな」
「こっちの世界じゃ、格闘技は発達してないのか?」
「戒律によって武器を持てない僧兵や、素手で魔物と渡り合う格闘家と呼ばれる者たちはいる。しかし何と戦うにしても、まずは武器を持った方が有利だからね。無手での技を修得しようなどというのは、よほどの変わり者だよ! ……さて。この二人だが、どうするかね?」
レンは、拘束された二人をジロリと睨む。
「そうだな。リンスィールさん、なにかいい考えはあるか?」
「……よし。レン、こんな卑劣な真似をする相手と戦う必要なんてない! こいつらを衛兵に突き出して、一部始終を市民に公表し、明日のラメン勝負を取りやめにしよう。そうすれば勝負を中止にしても、町の悪者は君ではなくジュリアンヌ嬢になる」
その言葉に、ダルゲとミヒャエルはギョッとした。
「ちょ、ちょっと待つでヤンス! 今回の件は、あっしらが勝手に動いたことでヤンスよ!」
「そ、そや。お嬢は関係あらへん! ロクデナシはわいらだけやっ!」
レンは腕組みをして、口をへの字に曲げる。
「そう言われてもな。料理人の腕を折ろうなんて、酷すぎる。こいつはちょっと許せねえよ」
「うむ。従者のやった事は主人の責任だぞ。ジュリアンヌ嬢には、しっかり責任を取ってもらう」
私たちがそう言うと、ダルゲは己の腕を突き出した。
「腹が立つんやったら、わいの両腕を折ってくれ! なんなら、足もや! ついでに、歯もいっとくか!? オマケで指もつけたるで!」
ミヒャエルも、地面に額をこすりつけながら言う。
「あっしの自慢の鼻と美しい前歯もつけるでヤンス! だから、お願いでヤンス! この通りでヤンス! ジュリ様を巻き込まないで欲しいでヤンス!」
レンは呆れた顔をする。
「いや、そんなバーゲンセールみたいに言われても困るぜ」
「しかし、わからんな。なぜ、そこまで彼女に忠誠心を持つのだね?」
ミヒャエルは、泥塗れの顔を上げて言う。
「あっしは王都で名を上げようと田舎から出て来やしたが、いつまでたっても安宿暮らし……ついには貴族相手の寸借詐欺に手を染めてしまい、あのままだったらきっと遠からず、衛兵に捕まってたでヤンショ! 貴族への詐欺は重罪、下手したら一生幽閉でヤンス。だけど、他の貴族と間を取り持ち、助けてくれたのがジュリアンヌ様なんでヤンスよ!」
ダルゲも大声で叫ぶ。
「わいかて同じやッ! 上京してきて食い詰めて、挙句の果てに通行人を脅して小金を巻き上げてメシ食っとった。ある日、お嬢とお父はんにもしょうもないイチャモンつけて絡んだんやけどな。お嬢は図体のデカイわいにもビビらず、腹が減っとるならラメンを食べさせてやると言い、自分の店まで連れてってくれたんや。初めて食った、熱々のラメンの美味いこと……っ! あの時、わいは生涯かけてお嬢を守ると誓ったんや!」
鼻をグズグズ鳴らしながら、ミヒャエルが言う。
「今、あっしは計算高い所を買われてラメン材料の仕入れを、ダルゲは自慢の力を活かしたメン作りをさせてもらってるでヤンス。あっしらが悪いことしなくても生きていけるのは、全部ジュリ様のおかげでヤンス! ……エリーだって、そうでヤンスよ。ジュリ様に命を救われたでヤンス」
「エリー? エリザベスか。あの子豚がどうした」
レンが首を傾げて尋ねると、ダルゲは言う。
「エリーは、子豚やないで。あれで大人なんや」
「えっ!? あのサイズでかよ!」
驚くレンに、ミヒャエルとダルゲが交互に言った。
「突然変異……って奴でヤンショうなぁ。エリーは他の豚が大きくなる中、いつまでたっても小さいままの身体でヤンシた」
「そんな変な豚、誰が食べたがるんや? 売り物にならへんやろ。生かしといてもエサ代がかかるだけっちゅうんで、エリーは殺されて埋められることになったんや」
ミヒャエルが鼻をズズっとすすって言う。
「それを止めさせたのが、ジュリ様でヤンスよ。養豚は、お肉を頂く代わりに豚を魔物や獣から守り、命を次世代に繋ぐ役目がある、肉も食べない、子供も産ませないで豚を殺すのは許せないって言いだして……それで、ペットとして引き取ったんでヤンス」
「ほんま、お嬢の優しさは五臓六腑に染みわたるで……お嬢、お母はんを小さい頃に亡くしてはるからのう。命については、色々と思うとこがあるんやろ」
それを聞いて、レンは呟く。
「……へえ。ジュリアンヌの奴も、俺と同じで子供の頃に親を亡くしてるのか」
幼少時に親を亡くしたのは、私も同じだ。
ううむ、困った!
話を聞いて、少し彼女に同情的になってしまったぞ。
と、レンはしばらく腕を組んで地面を見つめ考え込んでいたが、やがて顔を上げた。
「おい、お前らいくつだ?」
「え。いくつって、何がでヤンス?」
「歳だよ。年齢だ」
「わいは18歳やで」
「あっしは25歳でヤンスよ」
「マジかよ!? お前ら、老け顔だな……まあいい。年下だな。思いっきり、歯を食いしばれ!」
レンの言葉に二人は不思議そうに顔を見合わせつつも、グッと歯を噛んだ。
すると、ゴチーーーン!
二人の頭に、レンのゲンコツが炸裂する。
「……い、痛いでヤンス」
「……ぐ、おおお」
「よっしゃ、これでチャラにしてやる! お前ら、二度とやるんじゃねえぞ!」
私は驚いて叫んでしまう。
「え、えええーっ!? そ、そんなのでいいのかね……? 君は先ほど、『料理人の腕を折るなんて許せない』と言ったばかりだろう!」
レンはどこか不貞腐れたような表情で、唇を尖らせて言う。
「だって、許したくなっちまったんだから、しょうがねえだろ。それより、リンスィールさん。さっきの川に戻ろう。おい、お前らも早く立て! 一緒に行くぞ」
頭を抱えて痛がっていたミヒャエルとダルゲは、その言葉に面を上げる。
「へっ? い、行くって……。あっしらもでヤンスか!?」
「川なんぞに、何しにいくねん?」
レンはニヤリと笑い、二人の問いかけに答える。
「なにって、スープの材料を手に入れるんだよ。お前らがこんなしょうもねえ真似をしたのは、鶏ガラが手に入らないからだろ? だったら、食材さえあれば解決じゃねーか!」
次回はお待たせしました。
開催、『ラメン』勝負!
ちょっと熱だしちゃって寝込んでました。




