『ラメン』のチャーシュ
レンは言う。
「さっき、リンスィールさんが『チャーシューが美味かった』って言ってたからだよ。なあ、サラ。チャーシューって『焼豚』って書くだろ。でも日本のラーメン屋のチャーシューってのは、ほとんど『煮豚』だよな? なんでか考えたことあるか?」
「……あら。ホントだわ、なぜかしら?」
「親父のチャーシューの作り方は単純だ。酒、醤油、ザラメに、ニンニクと生姜と長ネギの青い部分で豚の塊肉を煮込んで、仕上げに表面をわずかに炙って香ばしさを出す……中華そばってのは、そのチャーシューの煮汁をベースにしてタレを作るんだ。煮汁には豚肉の旨味がたっぷり溶け込んでるから、ラーメンの味にも深いコクが出る」
サラは感心した声を出した。
「へええっ、よく考えられてるわねえ!」
「だろ? たぶん、肉が高価だった時代に編み出された手法だと思うが、実際よくできたやり方だよ。豚の余分な脂を落とすことができるし、ラーメンとチャーシューに一体感が出るからな。だけど、大きな欠点もある」
すかさずオーリが答える。
「煮込みが長すぎたり豚の品質が悪かったりすると、煮汁に旨味を取られて肉が『出し殻』になっちまうってんだろ? 『黄金のメンマ亭』のチャーシュも、サケ代わりに白ワインを使ってる以外、ほとんど同じだから知ってるぜ」
レンは頷いた。
「その通りだよ、オーリさん。出し殻になっちまったチャーシューは、なんともスカスカで味気ない……最近じゃそれを嫌って、スープ用とトッピング用で別々にチャーシューを作り、ダブルで乗せる店もあるくらいだ」
サラが、少し考える様子を見せた後で言う。
「そう言えば……。私が子供の頃のラーメン屋さんって、チャーシューがパサついてるお店が多かった気がするわね」
「メンマもネギもナルトも、買ってきた物を切って乗せればそれでいい。しかし、チャーシューは豚肉を『料理』する必要がある。チャーシューの数を四、五枚増やしただけで『チャーシュー麺』なんて名前になって、普通のラーメン500円のところ、倍近い900円とっても許される。そんなトッピング、チャーシューだけだぜ! つまりチャーシューってのは、料理人としての腕がもっとも出やすい具材なんだよ」
私は、一年ほど前に食べた『無敵のチャーシュ亭』のラメンを思い出す。
「ふむ? 彼女の店のチャーシュも、ほぼ同じ作りだったぞ。甘味にハチミツを使ったり、炙りの工程でオリーブオイルを回しかけたりの違いはあるがね。だけど不思議なことに、あの店のチャーシュは『黄金のメンマ亭』よりずっと上に感じたな」
それを聞いて、オーリが不機嫌そうな顔になった。
「なんだよ、リンスィール。そのジュリアンヌって娘っ子、うちのブラドより腕が上だってのかよ?」
「あ、いや。そういうわけではないが……ラメンとはとどのつまり、メンとスープを味わう料理だからね」
膨れるオーリに、私は慌てて釈明する。
レンが苦笑しつつ言った。
「ジュリアンヌの父親は、養豚場を持ってんだろ? おそらく自分とこの豚肉から、一番品質のいい物をチョイスして仕込んでるんじゃねえかな。ブラドも豚肉の目利きは一流だろうが、市場に出る前の豚肉から選ばれちゃ勝負にならねえよ」
「……だ、だよな。へへっ、うちの店のが繁盛してんだ! 俺っちの息子が負けるわけねえやっ!」
「だが、素材を生かすも殺すも料理人の腕次第だ。少なくとも、『いい豚肉を使ってとびきり美味いチャーシューを作れる腕』はあるってことさ」
と、サラが言う。
「ふうん。じゃあ、もしかしたら、試合の形式や彼女の出すラーメンによっては、レンといい勝負になるかもしれないってわけ?」
「ああ、かもしれねえ! ……とは言え、あいつが鶏ガラ醤油スープの中華そばにこだわる限り、俺の作るラーメンに勝つことは万に一つもありえないだろうがな。俺が作るのは、『そういうラーメン』だ」
「そ、そんなに凄いラメンなのかね……!?」
レンは大きく頷いた。
「そうだ。はっきり言って、こいつは凄いぜ。とんでもねえ。極上だ! 死んだ親父の力を借りて、絶賛中二病発動中の小娘に、ちょっくら『わからせて』やるとするぜ!」
とんでもない自信がみなぎっている。
言葉だけで我々の喉がゴクリと鳴った。
「オ、オーリ……聞いたか!?」
「ああ、リンスィール。こいつぁ、ド偉いラメンが食べられそうだっ!」
大いに盛り上がる我々を見て、レンは言う。
「まあ、いずれにしても午後も遅い。市場の食材も、良い物はほとんど売り切れだろう。材料集めは明日にして、今日はもう休もうぜ」
「だったら『黄金のメンマ亭』で酒盛りしようや! ちょうど客も少ない時間だし、ブラドにつまみを作らせるぜ。リンスィール、サラ。おめえたちも暇だろ? つきあえよ!」
サラが指をパチンと鳴らし、大喜びする。
「やった! また、あの美味しい餃子が食べられるぅ! しかもお酒と一緒、お酒と一緒ぉ♪」
私も懐中時計を見ながら言った。
「そうだな。まだ少し早い時間ではあるが……今日はもう予定もないし、飲んでもいいだろう」
レンはぐぐっと伸びをする。
「俺は屋台の手入れしてからにする。みんな、先に行っててくれよ」
我ら三人は倉庫を後にするため、レンに背を向けた。
だが私はふと気になって、首だけ後ろを振り返ってみた。
レンは遠い目をして、屋台を布巾で拭いている。
そして、呟いた。
それは風の声を聴き、虫の足音でさえ聞き分ける我らエルフでなければ聞き逃してしまうくらい、本当に小さな小さな呟きであった。
「梁師父……教授、棟梁。そして、ご隠居。ついに俺もあんたらから受けた恩を、『後ろの世代に送る時』ってのが来たのかもしれねえ」
次回は『悪辣! 買い占め戦略』
いったい何が起きてしまうのか……!?
面白いな、続きが読みたいなと思ったら、ブクマと評価をお願いします。




