『ラメン』勝負を止めさせよう
「あのう、サラ殿。本題に入る前に、ひとつ伺ってもよろしいでしょうか?」
話を聞き終え、私は言った。
「いいわよ。なにかしら?」
「ジュリアンヌ嬢の従者の口調、なにかおかしな感じでしたね。『~ヤンス』とか『~やで』とか、妙に芝居がかって聞こえましたが?」
「ああ。あの二人、とにかく訛りがすごかったから。アレ、方言って奴よ」
「おお! なるほど、方言か……。ニホン語の方言は、あんな感じなのですね!」
地方ごとの異なった喋り方、方言。
ニホンにも方言があるとはタイショから聞いていたが、耳にするのは初めてだった。
サラは首を傾げつつ、尋ね返す。
「ねえ。あなたたちこそ、タイショさん一人に日本語を習ったにしては、ずいぶん個性的よね。あのオーリってドワーフとあなたの喋り方って、全然違うじゃない? あなたのは標準的な丁寧語だけど、オーリさんのはべらんめえ口調だわ」
私は頷きながら答える。
「ええ、はい。我々の喋り方は、向こうの世界での『タイショの常連客たち』の口調です。ある日、ニホン語にはどんな喋り方があるのかと尋ねたら、タイショが真似して喋ってくれましてね……それを各々が修得したのです」
「へええっ、面白いわねえ!」
「私は、今の喋り方が知的で落ち着いてるので好きなのです。逆にオーリは、あの喋り方が威勢よくて気に入ってるのだとか……とにかく、大体の話はわかりました。元・騎士団長のクエンティン卿に相談しましょう! 彼ならば、貴族にも顔が利く。遺恨なく事を収めてくれるで――」
その時だった。
倉庫の扉がバーンと開き、オーリが飛び込んでくる。
「おおいっ! 市場でこんなもんが出回ってたぜ! こりゃあ一体、どういうこったよ?」
手には薄茶色の紙を持っている。
ワラを混ぜ込んだ、広告用の『下級印刷用紙』である。
みんなで額を寄せ合って覗き込むと、そこにはこう書いてあった。
明後日、レラルの月九日、正午。
『無敵のチャーシュ亭』の中庭で、ラメン勝負を開催いたします!
麗しの天才ラメンシェフ、ジュリアンヌ・シャル・ド・ペンソルディア様に挑むのは、スープのない庶民向けラメンもどきを売って日銭を稼ぐ、イトー・レンを名乗る市場の料理人。
勝負の結果は、あまりにも明らかでございます。
もしかしたら、レンは負けるのが怖くて逃げてしまうかもしれません!
しかし、『もどき』でない『本物のラメン』を知りたい方は、ぜひお越しくださいませ。
なお、当日ご来場の皆さまには、先着百名限定で無敵のチャーシュ亭のオーナーシェフジュリアンヌより、『本物のラメン』をご馳走いたします。
レンが逃げても『本物のラメン』は食べられます。
どうか彼を責めないであげてください、ただ意気地なしなだけですから……。
な、なんと挑発的な文章かっ!?
さらに下には、似顔絵まで描いてある。
とても可愛らしい美少女と、顎が大きな逞しい偉丈夫に、鼻が高くてハンサムな青年だ。
反対側には、目が吊り上がっていやらしい笑いを浮かべた、悪人顔のレンとサラの絵……。
おそらく、サラが通訳してるのを見て『レンは読み書きができない』と判断し、それで一目でわかるよう、こんな悪意に満ちた似顔絵を載せたのだ!
徹底的にバカにしている。ふざけてる。
私は、恐る恐る隣を見た。
レンが怒り狂うと思ったからだ。
しかし予想に反して、レンはゲラゲラと笑いだす。
「あっははは! 見ろよ、この似顔絵。特徴とらえてて、なかなか上手いじゃねえか」
私はジッと彼を見つめる。
その視線に気づいて、レンが言った。
「お? どしたよ、リンスィールさん。変な目で俺を見て……?」
「いや。自分のラメンを侮辱されたにしては、ずいぶん冷静だと思ってね。君の性格なら、もっと怒ってもよさそうなはずだが」
レンは腕を組み、口をへの字に曲げて言う。
「そんな事ねえよ! 俺だって、自分の油そばが地面に落ちるところを思い出すと、腸が煮えくり返りそうになる……でもよ。十四歳だろ? 十四歳じゃあ、しょうがねえよ」
「十四歳だと、君に失礼をしても許されるのか?」
「許されるってわけじゃねえが……。ま、俺もそれくらいの時期は荒れてて、思いっきり中二病を発動してたからなぁ。あんまり偉そうなことは言えねえのさ」
「チューニ病? なんだね、それは。どんな病気だ?」
「十四歳とかそれくらい、自分が『特別な存在』だと思い込んじまう時期のことをそう呼ぶんだよ。しかも、ジュリアンヌは実際に店を切り盛りし、大人の料理人を押しのけて有名なラーメン屋になっている。自分は誰よりも凄いんだって、勘違いしちまうのも無理ねえぜ!」
それでも、私は納得できない。
若いと言っても、世の中には許されない事があると思う。
「……しかしなぁ。食べ物を地面にぶちまけるなど、まさに外道の所業だぞ! 私も明らかな手抜きだったり主の態度がよくなかったりで、抗議の意味で料理を残す事はある。だけど、地面に捨てようなどとは思ったこともない」
レンは苦虫を噛み潰したような顔になる。
「もちろん食べ物を粗末にするのはよくないことだ! きつーくお仕置きしてやりたい気持ちはある……それでも。それでもだ。俺は、我慢しなきゃならねえ。少なくとも、『一度だけ』はな」
「それは何故だね?」
「俺も、そうしてもらったからだ。それが師匠たちとの『約束』なんだよ」
「ふうん、そうかね。よくわからんが……当事者の君がそのつもりなら、私はもう何も言うまい」
それからレンは、とびきり怖い顔になる。
「ただし、許すのは一度きりだ! 次に俺のラーメンを……いや。食いものを粗末にするようなことがあったなら……!」
「あったなら?」
彼は真剣な顔のまま、本気の声で言う。
「お尻ペンペンの刑だな。俺のは痛えぞぉ! 反省するまで叩き続けてやる」
「……ぷっ。くくく……フハハハハ! それはいい!」
隣でサラもクスクスと笑ってる。
と、オーリが私の脇腹を肘で突いて言う。
「おい、リンスィール! 笑ってないで、俺っちにも何があったのか教えろや」
私は、例のおかしな三人組のことを手短に話す。
オーリは聞き終えると、手に持つチラシを指さして言った。
「おおよその事情はわかった……けどよ、リンスィール。だとしたら、こりゃちょっとマズいんじゃねえか?」
「ああ、そうだな。こんなチラシが出回ってしまった以上、今さら対決を中止にはできないね。うーん、どうしたものか……」
ファーレンハイトの住民は、みんなラメンが大好きである。
ラメン勝負なんてイベントがあれば、誰もが楽しみに思うはずだ。
それに加えて、『先着百名限定でラメンをご馳走』という文言が、非常にマズい……。
中止となれば、当然ラメンは食べられなくなり、民衆に大いに不満がたまる。
その上、この似顔絵である。
悪意に満ちた描き方ではあるが、二人の特徴をしっかりとらえてある。
もしも無理やり中止にさせたら、レンとサラの顔が悪役として街中に広まってしまうだろう!
と、レンは腕組み顎上げポーズで言う。
「いいよ、別に。俺はかまわねえ。やるしかねえんだろ? だったらやろうぜ、ラーメン勝負!」
仏の顔も三度まで。
レンの顔は一度まで。
二度あることは三度あーる?