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続・おかしな三人組

 お嬢様は慌てて鎖を引っ張るが、子豚はビクともしない。

 石畳(いしだたみ)に前脚をひっかけて、必死で抵抗している。


「ちょ……エリー? エリザベス!? ぜ、全然、動かないじゃないッ!」


 子豚はその間も、地面に落ちた油そばをガツガツ食らってる。


「プギィー! ブヒィ、ブギィー!」


「ミ、ミヒャエル! 手伝いなさい!」


 すると鷲鼻(わしばな)の男がやってきて、一緒に鎖を引っ張った。


「了解でヤンス。ふンぬーッ! ……ダ、ダメでヤンス。ダルゲ、お前も手を貸すでヤンスよ!」


 と、ゴリラ男が腕をカポンカポン鳴らしながら近づいていく。


「おう、任せときい。わいの馬鹿力なら一発やで! どりゃーっ!」


 力いっぱい鎖を引っ張ると、ボゴォっと音がして石畳が引っぺがされた。

 ひっくり返る三人組、宙を舞う子豚と大量の土くれ。


「きゃあー!」

「ひええっ!」

「うおおっ!」


 倒れた三人に、ドサドサと土が(おお)い被さる。

 うわあ……ひどいことになってるなぁ。

 豚はそのままお嬢様の腕の中にすっぽり収まり、舌なめずりしながら満足そうな声で鳴いた。


「ブゥ、ブヒィッ♪」


 お嬢様はしばし呆然としていたが、やがてヨロヨロと立ち上がり、レンを指さして大声で怒鳴る。


「あなた、三日後ですわッ!」


 私が慌てて通訳を開始すると、レンは首を傾げた。


「……えっ、三日後? 三日後がなんだよ」


 戸惑う彼に、土塗れのお嬢様は平然と答える。


「なにって、『ラメン勝負』ですわよ。本当は、今すぐ白黒つけてさしあげたいとこですけど……あたくし今から土で汚れた身体を洗うため、お風呂に入らなければなりませんの。ですから三日後、勝負いたしましょう」


「はぁ!?」


 レンの目が点になる。私も同じ気持ちだった。

 なに言ってんの、この子って感じだ。

 お嬢様は、レンに丼を手渡しながら言う。


「はい、これ返しますわ。あなた、お名前は?」


「あ? レン……伊東レンだよ」


「レン。ま、普段あたくしのラメンを食べてるエリーが口をつけたのですからね。あなたのその『ラメンもどき』、それなりの味だと認めてあげてもよろしくってよ?」


「お前なぁ……。一口も食ってもないくせに、人のラーメンをそれなりとか言ってんじゃねえよ」


「っていうか『口をつけた』ってレベルじゃなく、夢中でがっついてたわよねえ?」


 私とレンがツッコミを入れるが、お嬢様はまるで動じず、偉そうに踏ん反り返って言葉を続ける。


「とーにーかーくっ! ……たんに安くてマズいスープなしのラメンもどきを売るだけならば、例え店の前だろうとあたくしも気にはいたしませんわよ。だけど、それが『もどき』でもそれなりの味で、うちのお客様が取られたとなれば、話は別ですわ」


 言いつつ、レンの屋台の客たちをジロリと見回す。


「どうやらここには、見知った顔がたーくさんいらっしゃるようですわね!」


 視線の先では、気まずそうに顔を伏せる者たちがチラホラと……よく見ればみんな仕立てのいいシャツを着て、ポケットからは庶民には不釣り合いな懐中時計の鎖が見えてる。靴もピカピカだ。


 ……ははぁ、そういうことか。

 彼らはおそらく、お嬢様の店の常連客なのだろう。

 店の前に見慣れぬ行列ができてたから、上着を脱いで帽子を取って、庶民に紛れてレンの油そばを食べていたのだわ!

 で、お嬢様の方は、昼時になってもいつもの常連たちが来ないから、不思議に思って外に出て、レンの屋台を見つけた、と。


 鷲鼻とゴリラ……ミヒャエルとダルゲが、お嬢様の服や髪から甲斐甲斐(かいがい)しく土を払いながら交互に言う。


「ここ『無敵のチャーシュ亭』は『黄金のメンマ亭』や『魅惑(みわく)のナルト亭』と並ぶ、王都の三大人気ラメンレストランのひとつでヤンス。中でもうちは貴族御用達、特に高級なラメンレストランでヤンスよ!」


「せやせや。材料から店構えから、なにからなにまで一流ばかり。庶民向けの汁なしラメンもどきとは、別世界の食いモンなんやで!」


「なのに常連のお客様がラメンもどきを喜んで食べてたなんて噂が広がったら、店の看板に傷がつくでヤンス!」


「おう、信用問題っちゅー奴やな? 難しい言い方すると、アレや……こ、こ……沽券(こけん)にかかわるっちゅー奴や!」


 それを聞いたお嬢様が、大げさにため息を吐きながら言った。


「その『黄金のメンマ亭』も、最近は『ギョーザ』とかいう妙な料理と、『シオラメン』なんてラメンもどきを出すようになってしまったとか……はぁーあーあ! まったく嘆かわしいですわ。伝統をなんだと思ってるのかしら? ラメンと言うものを、まるで理解していない証拠ですわね」


 あらかた土を落とし終えた二人が、お嬢様の両隣にサッと(ひか)える。

 お嬢様はエプロンをバサリと外すと、ミヒャエルに手渡しながら言う。 


「と言うわけで、レン。三日後、またここにいらっしゃい。その時、あなたに『本物のラメン』を見せてさしあげますわ! オーッホッホッホ!」


 ミヒャエルとダルゲも笑いながら言う。


「勝負の舞台はあっしらで整えておくでヤンスよ。ちゃーんと豪華な会場と公平な審査員を用意しとくでヤンス。ウシシシシ!」


「あんちゃん。負けて当然、恥やないで。お嬢の胸を借りるつもりで、あんたはあんたの未熟なラメン出したったらええねん。ガッハッハ!」


 好き放題に言い散らかすと、おかしな三人組は高笑いしながら店へと帰ってく。

 その後姿を見送って、しばらくしてからレンがふと地面を見て呟いた。


「……あ。あの豚、チャーシューだけ残してやがる」


 見れば地面には、一枚のチャーシューが落ちている。

 と、どこからともなく野良犬がやってきて、それをパクリと食べてしまう。

 野良犬はクンクンと未練(みれん)たっぷりに地面を嗅ぎまわり、もう何も落ちてないことがわかると、またトテトテと何処かに去った。

夏バテでダウンして更新遅れました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 豚「(はっ! 何故かこれを食ったらイケナイ気がする!)」
[良い点] 伝統を守るのは素晴らしいことだけど、人の味覚は常に変化していくもの。そして技術と素材も進化していくんです。中国の人と仕事で一緒になりましたが、家系のラーメン食べさせたら凄く気に入って通って…
[良い点] これ荻○が古い常連さんだけで衰退したのと一緒ですよね悪くはありません正しい東京ラーメンで美味しいです。たいめ○けんのラーメンもカレーも大変美味しいのですが今となってパンチが足りません食後に…
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