おかしな三人組
その日の午後遅く、用事を済ませた私は『黄金のメンマ亭』の倉庫へと向かった。
レンがお昼にヤタイを出したなら、そろそろ帰って来てるはずである。
しかし扉を開けて中を覗くと、レンとサラが困った顔を見合わせていた。
「やあ、こんにちは……あれれ、なんだか様子がおかしいね。もしかして、アブラソバが売れなかったのかな?」
レンは首を振る。
「いいや、そうじゃねえ。油そばは大人気だったよ。売り切れだ。だけど、ちょっと妙なトラブルに巻き込まれちまってよ」
「……妙なトラブルだって? 聞かせてくれるか」
サラが重い口を開いて言った。
「ねえ、リンスィール。あなた、『無敵のチャーシュ亭』ってラーメン屋さん、知ってる?」
「ええ、知ってますよ。市場にある、高級ラメンレストランですな。貴族を中心に人気があります。私も一度食べました。メンやスープの味は『黄金のメンマ亭』に負けるが、チャーシュはとびぬけて美味かった!」
「じゃあ、そこのマスターがどんな人かも知ってる?」
「直接は見知っておりませんが……名前は、ジュリアンヌ・シャル・ド・ペンソルディア。噂によると、まだ十四歳の少女だとか。父親は子爵で、小さな町と養豚場を領地内に持っています。八歳から料理を始め、十歳で大人顔負けのラメンを作り、十二の時に父親に頼んで店を出させてもらったそうです。で、その娘がなにか?」
私の言葉に、二人は顔を見合わせる。
「聞いた、レン! 十四歳の娘だって……じゃあ、やっぱり」
「ありゃ、本気ってことかよ!?」
盛り上がる二人に、私はやれやれと首を振りながら言う。
「なあ、二人とも。そろそろ私にもわかるように、順を追って話してくれないか?」
「あ。ごめんなさい……それじゃ、なにがあったか私から話すわね!」
そう言うとサラは話し始めた。
「はい、こちら銅貨五枚のお返しでーす。あ、そこ! 卓上の酢やトッピングは、まだ入れないでね。最初はそのまま食べて、飽きたらそれを入れて味を変えるのよ」
ランチタイムのお客様に、忙しく接客している私は一ノ瀬沙羅……年齢はヒ・ミ・ツ!
この世界に迷い込んでから、早いものでもうウン十年。
最近は日本からやってくる、レンっていうラーメン屋さんと仲良くなったの。
彼、ちょっとしたトラブルで一時的に帰れなくなっちゃったんだけど、こっちにいる間に腕が鈍らないように、屋台でお店を出したいって言うのね。
だから今日は、そのお手伝いってわけ!
接客のかたわら、魔法の水流で汚れたラーメン丼を洗っていると、レンが感心した顔で言う。
「魔法ってのは、便利なもんだなぁ……こっちのコンロの火も魔法で出してくれてるんだろ? 屋台のガスも残り少なかったし、サラさんが手伝ってくれてマジで助かるよ」
「これくらい、お安い御用よ」
「よし、油そば二つ完成! お客さん、おまっしゃーせしたーっ!」
レンがカウンターに完成した油そばを乗せて、それと引き換えに私が客からお金をもらう。
こうして額に汗していると、高校時代に喫茶店でウェイトレスやってた時の事を思い出すわぁ。
ああ、労働の喜びを感じるなぁ!
なーんて事を考えていた、その時だった。
「ちょっと、あなたたち! あたくしの店の前で、一体なにをやってるんですの!?」
突然、背後から声がかかった。
驚いて振り向くと、ドリルみたいなツインテールの金髪お嬢様がいた。
むき出しのおでこが、キラリと光る。
ピンク色の高そうなフリフリドレスに、真っ白いエプロンつけてレースの手袋。
腕組みをして顎を上げてて、口をへの字に……わあ!
美少女だけど、なんだろう?
なんだか、すっごく生意気そう。
オマケに、なぜだか子豚を連れてる。
子豚には首輪と鎖が繋がっており、その先を彼女が持っていた。
お腹にリボンが巻かれてて、ちょっとかわいい。
ペット……なのかな?
で、彼女の両隣には手足の長いやせっぽっちで鷲鼻の男と、やたらと図体の大きなゴリラみたいな男がいる。
痩せの方はずる賢そうな釣り目に出っ歯で、ゴリラの方は身体の大きさだけならオーガに匹敵しそうなほど。顔もゴリラそっくりだ。
と、ゴリラの方が大声で叫ぶ。
「そやそや! 人をバカにするのもええ加減にせいや、ワレぇ!」
鷲鼻の方も大声で同意する。
「まったくでヤンス! こんなの営業妨害もいいとこでヤンスよ!」
いきなりの恫喝に、レンが手を止めてこちらを見た。
「……え。なんだトラブルか? どしたよ、サラさん」
「あ。レン……!」
私が慌てて状況を説明すると、レンは背後の大きな建物を振り返った。
「あたくしの店の前って……? ああ。これ、ラーメン屋かぁ! あんまり立派だったんで、なにかの公共施設かと思っちまったぜ。店の前に屋台出されちゃ、そりゃいい気しないよなぁ。悪かった、すぐに屋台を移動させるよ!」
それから彼は、ちょうど完成していた油そばを彼女に差し出す。
「これは迷惑料代わりだ。よかったら食ってくれ」
少女は丼の中をチラリと覗き込むと、首を傾げて言った。
「あら? てっきり、出しているのはラメンかと思ってましたのに……なにこれ。スープが入っておりませんわ」
私はすぐさま説明する。
「ええ。それは、油そばって言ってね。スープがないラーメンなのよ。食べる時は、底の方からよくかき混ぜて食べてね。美味しいわよー!」
と、ドリルツインテールのお嬢様は、顔を伏せて黙りこくった。
しばらくしてから、
「……ふ、ふふ。アハハ、オーッホッホッホ! ……スープのないラメンですって? ラメンというのは、手間暇かけたスープと力いっぱい練り上げられたメンのコシ、丹精込めた美しき具材が織りなす芸術品なのですわ! それをスープ抜きでラメンを名乗ろうなんて……おこがましいにもほどがありますわよ! オーホホホォーッ! あまりにおかしすぎて、おヘソがプルルシアン山脈大噴火ですわーっ!」
大爆笑。そんでもって独特の言い回しで、とことんレンのラーメンをバカにする。
だが幸いにも、レンには言葉が通じないからわからない。
油そばを片手に爆笑してる少女を、不思議そうに首を傾げて見てるだけである。
しかし、次の瞬間。
彼女は言葉が通じなくてもわかる、最大限の侮辱をした。
なんとあろうことか丼を傾けて、油そばを地面にドチャリとぶちまけたのだ!
「こんなもの、ラメンではありませんわ。豚のエサ……ですわよ」
!?
「……あ? なんだァ、てめェ……! 俺のラーメン、食わずに捨てやがったな……!」
レンが親指でタオルを押し上げ瞳を覗かせ、凄まじい視線で少女を睨みつける。
が、少女はどこ吹く風と言った感じだ。
「もっとも、あたくしのエリザベスは舌が肥えておりますわ。豚のエサとは言いましたけど、エリーの餌にはなりませんわね……って、ちょっと、エリー!? あ、あなた、なに食べてますの!? よしなさいっ!」
見れば子豚が、地面に落ちたレンの油そばをものすごい勢いでがっついてる。
リンスィール「ショーユにミソ、シオ、カレー、アブラソバ。結局のところ全部ラメンでは……?」
レン「うん、そうだな」
レン、キレない!!