another side 15 part2
間近に迫る、レンの顔……。
マリアはキョドキョドと辺りを見回す。
ふと気づけば、辺りは情熱的なキスを交わす恋人でいっぱいである!
それを見て、マリアの顔はいよいよ真っ赤に染まってしまう。
少しの逡巡を見せた後、マリアはギュッと目をつぶって、レンの方へと身体を預けた。
「……ア、アイッシェ。レンさん」
しかし、せっかくマリアが覚悟を決めたというのに、レンはパッと身体を離してしまう。
「おおっと、悪い。つい興奮しちまった! 怖がらせるつもりはなかったんだ」
マリアは前につんのめってたたらを踏んで、すんでの所で体勢を立て直す。
そして、恨めし気にレンを睨んだ。
「む、むぅー! レンさん!?」
「だから、悪かったって。もう謝ったろ? 怒らないでくれよ、マリア」
「カルセオ、ドルマっ! レンさん、レンさんッ!」
「い、いてっ? いてて……ちょ、叩くなってば。そんなに怖かったのか!?」
ポコポコ殴られながら、レンは苦笑する。
だが今、マリアが怒っているのは『レンが抱き留めてくれなかったから』で、決して彼が怖かったからではないのだが……。
はたから見れば恋人同士がじゃれ合ってるとしか見えないが、なんだか噛み合わない二人だった。
「悪かったよ。ただ、あの女の子は俺にとって、すっごく特別な存在でさ」
と、レンはまたもや遠い目をして、回想モードに入ってしまう。
マリアはため息をひとつ吐くと、また壁に背を預けてレンの顔を見上げた。
「はぁ……。アイシェ、クーマ。ミルジェ、レンさん」
先をどうぞ、と。手で指し示す。
「俺、あの夜からしっかり眠れるようになったんだ。不眠症がピタリと治っちまった! それどころか、寝るのが楽しくなった。寝れば、あの子に会える気がしてよ……毎晩、ワクワクしながら布団に入ったっけ。今思えば、あれが俺の初恋だったなぁ」
「アー、ハツコイ?」
初恋。
その発音をたどたどしく真似るマリアに、レンは爆笑する。
「あっははは! そう、初恋だ。初恋!」
「プリオ・ドール? ハツコイ……ハツコイ! レンさん、ハツコイ!」
レンが笑ったことが嬉しくて、マリアは嬉し気に何度もハツコイと連呼する。
「ふふふ。言葉が通じてたら、こんなこと照れ臭くてとても打ち明けられねえや! 『あんたが初恋の人かもしれない』なんてな……あっはっはぁ!」
ひとしきり爆笑した後で、レンは言う。
「それにな。あの子は、親父のラーメンも護ってくれたんだよ」
「ラメン? タイショさん・ラメン?」
「そうだ。あの朝、俺を背負いながら親父は言った。『レン。お前、道端で眠りこけてたんだぞ。父さんを探しに来たのか?』。俺が『うん』って頷くと、『そうか。寂しい思いさせてすまないな』ってよ……あんなに情けない親父の声を聞いたのは、初めてだったぜ。それからしばらく、親父は夜も家にいた。また俺が抜けださないか、心配だったんだろう。けれど毎晩ちゃんと眠れてるのがわかると、また屋台を出しに行った」
レンは寂し気な顔でフッと息を吐いてから、話を続けた。
「お袋の入院で大変な時期だったし、治療の借金もあったから店を構えるって選択肢はなかったはずだ……きっとあのままだったら、親父は屋台を諦めて昼の仕事に鞍替えしてたろうな。もしラーメン屋をやめてたら、親父は事故で死ななかったかもしれない。でも、ラーメン屋って生き方を捨てた親父は、絶対に幸せではなかったよ」
そこまで言うと、レンはグーっと伸びをする。
「本当にありがとな、マリア……さて。言いたいことは全部言えた。そろそろ帰ろうぜ! ……けど、うーん? あの子にお礼を言うのが、ずっと夢だった……けどよぉ。言葉が通じてないって、これはお礼言えた事になるのかな?」
レンは話の後半は寂しげだったり悲しそうだったりで、あまり良い表情をしていなかった。
今も、複雑そうな顔をしている。
マリアは少し考えてレンの手を取り、ニッコリ笑って言った。
「セラフィ・ダ・テルミナ。レンさん!」
レンはハッとした顔をして、それから言う。
「……ああ、そうだ。『セラフィ・ダ・テルミナ』だ! 今ので、ハッキリ思い出したぞ。あの夜、あの子が俺に言ってくれた言葉がそれだよ。この笑顔に、この言葉。うん。やっぱあれは、マリアで間違いねえ!」
セラフィ・ダ・テルミナ。
意味は『私がついてる、大丈夫だよ』だ。
レンの顔にも笑顔が戻る。
「……実は、みんなに出会ってしばらくしてから思い出したんだけどよ。俺な、あの路地で眠る前に声を聞いたんだ。あの声は、リンスィールさんとオーリさんだったな……。そしてあの女の子と、男の子の声……ふふっ。あの時は、なに言ってるのかわからなかったけど」
レンは得意気に喋る。
「みんなと友達になった、今ならわかるぜ! マリア、こう言ったんだろ? 『この子、ひとりで泣いてたのよ。助けてあげて!』だ。リンスィールさんはきっと、『変わった服を着ているな。どこから来たのだろう?』だな。オーリさんは、『へっ、どこからだってかまやしねえ。俺らで親を探してやろう! 見つからなかったら、俺っちが引き取るぜ』で、ブラドは多分、『わあ、義父さん! この子、僕らの家族になるんですか?』だろうなぁ」
あの日あの時あの場所で、レンの想像したようなやり取りは確かにあった。
会話の中身も、ほとんど合ってる。
ただ……これはもちろん、レンが知るはずもないのだが。
その後、オーリが眠るレンを抱き上げて家へと連れ帰ろうとしたら、路地を出る前にレンの姿は彼の腕から消えてしまったのである!
新しく家族に迎えるはずだった少年がいなくなり、見つかるまで帰りたくないとわんわん泣きじゃくるマリアを宥めるため、リンスィールとオーリとブラドはそれはもう、大変な苦労をした。
また、それからマリアはずっとメソメソし続けて、しばらくは日々の食事も喉を通らぬほどだった。
その事件は未だにオーリの子供達が集まると、定番の昔話として酒の肴にされているのである……。
次は……おかしな三人組




