汁なしの『ラメン』
レンがこの世界で暮らし始めて、一週間がたった。
その日の朝もレンに会おうと『黄金のメンマ亭』に行くと、「レンさんなら倉庫にいるわよ」とマリアに言われた。
マリアはここの所、大変機嫌が悪くてなぜか私に冷たかったのだが、今朝は普通に接してくれた……。
なにか良い事でもあったのかと問うと、なんでも昨日の夜にレンと一緒に、『魔法のラメン』を見に行ったそうだ。
あの空き地は夜になると魔法のラメンが幻想的に光って美しいので、最近では恋人たちのデートスポットになってるらしい。
そう言えば一度、騎士団の魔法部隊が調査にきたが、私とタルタルが危険性はないと説明すると、あっさり引き上げていったな。
マリアは赤く上気した顔で、「言葉は通じなくっても、とってもいい雰囲気だったんだから!」と、嬉し気に語った。
ふふふ。魔法のラメンを見てあんなに浮かれるとは……マリアも、よっぽどのラメン好きと見える!
上機嫌のマリアと別れて倉庫に行くと、レンはヤタイで作業をしているところだった。
「おはよう、レン。何をしているのかな?」
「おはよう、リンスィールさん! いやなに、ずーっと遊んでても腕が鈍っちまうから、ここらで商売でも始めようかと思ってよ」
「商売……? と言うと、ヤタイでラメンを売るのかね」
「ああ、そうだよ。色々と案内してもらって、住民たちのランチの傾向はつかめたしな。市場の物価も大体わかったから、身振り手振りで材料も自分で買い付けできた。今、試作品を作ってるところだよ。食べて感想を聞かせてくれないか?」
「おお、それは素晴らしいっ! 朝から君のラメンが食べられるとは、私は幸せ者だな」
そう言いながら、いそいそと席に着く。
レンはメンを茹で上げドンブリに入れ、手早くトッピングしてラメンを完成させて私の前に置いた。
「ほいよ、お待ちいっ!」
私はドンブリを引き寄せて中を覗き込み、目が点になる。
「……え。スープがない」
「ああ、そうだ。こいつは、油そば! 見ての通り、スープがないのが特徴だな。まぜそばや、あぶらーめんとも呼ばれてるぜ!」
今まで彼が作ってくれたラメンは、どれも創意に満ちていて、手間と工夫が凝らされた素晴らしい料理ばかりだった。
だが今、目の前のドンブリに入っているのは、どう見ても『ただスープを抜いただけ』のラメンでしかない。
具材もチャーシュ、ヤクミ、ナルト、メンマと、ありふれた物ばかり。中央にプルプルの半熟卵が乗ってる以外、変わった所はなにもない。
『ツケメン』の時のようなスープの入った小ドンブリが出てくる気配もなく、『ヒヤシチューカ』のように見た目が豪華で多彩でもない……。
私は、ジトーっとした視線を彼に向ける。
「お? どしたよ、リンスィールさん。なにか言いたそうだな」
「レン。なんと言うか、これは……あまりにも……『手抜き』……ではないかね?」
その言葉に、レンは爆笑した。
「あーっはっは! ま、油そばを『手抜きそば』なんて呼んでる店もあるくらいだ……その認識は、間違ってねえ。油そばは、普通のラーメンよりずーっと楽に作れるんだぜ。なにしろ、一番時間のかかるスープの仕込みが必要ないからな」
「笑いごとではないぞ、レン!」
レンは、平然とした顔で言い返す。
「だって、ヤタイのガスもそんなに残ってねえし、黄金のメンマ亭の厨房を俺の鍋で占拠するわけにゃいかねえだろ」
「む……。それは確かに、その通りだが……うーむ。だからと言って、スープ抜きか……こんなラメンが、売り物になるかなぁ?」
レンは自信満々の腕組み顎上げポーズで言う。
「とにかく、味をみてくれよ。底にタレが入ってるから、よく混ぜて全体に絡めて食ってくれ!」
「……わかった。そこまで言うなら、試してみよう」
私は、ワリバシを手に取った。
レンの言う通り、底には黒いソースが溜まっている。
それを絡めるように中太の縮れたメンをひっくり返すと、強い生ニンニクの香りが漂ってくる……他のトッピングに隠れてて気づかなかったが、よく見れば擦り下ろしたニンニクとショウガ、白ゴマが入っているな。
何度もメンをかき混ぜてると、やがて黄色いメンが焦げ茶色に染まり、綺麗に並んでいた具材も散り散りに乱れ、半熟の卵もしっかりメンにまぶされた。
よし、そろそろいいだろう。
メンを持ち上げ、ズロロっと啜ると……なにこれ、美味しいっ!?
モッチモチの縮れたメンが、油っ気の多いショーユ味をたっぷり吸い込んで、小麦の味が半熟卵のまろやかさに包み込まれ、驚くほど一体感のある味になっている……。
全体に絡んだソースからは、豚の脂と強いコクを感じるぞ!
おそらく、チャーシュの煮汁をベースに、リンゴ酒、ハチミツ、酢、ゴマ油に天然カチョーのコンブコを加えて、煮切ったものか……甘味と塩気のバランスがちょうどいい。
生のニンニクのピリリとした刺激とショウガの辛味、炒った白ゴマの香ばしさが、こってりした味を絶妙に引き締めて、シンプルながらも力強い味付けだ。
色が濃いから味も濃いかと思ったがそんなことなく、実にいい塩加減である。
『アブラソバ』は汁っ気が極端に少なくて、メンの表面はペトペトしている。
だから啜って食べようとしても、他のラメンのようにツルツルっとリズミカルにはいかず、ズズッ……ズゥ……ズッハ、ズズゥ……ッという感じになってしまう。
啜ってもなかなかメンが入ってこないので、少し食べにくく感じるが、むっちりしたメンの歯ごたえと合わせてかなり面白い新食感だ!
メンマは古くなって安く流れた物を買い付けて、一度煮て味を抜き、ショーユと唐辛子で炒め直して味付けしたらしい。歯応えは柔らかくタケノコ特有のシャキシャキ感に乏しいが、普通のメンマよりさっぱりしている。
チャーシュの脂身は適度に脂が抜けてムチムチしてて、肉の部分は身がしまってギュムっと硬い。味付けがメンに絡んだソースと同じなので、抜群に相性がいい!
ヤクミも、メンによく絡む……同じ香味刺激でも、全体に均一にまぶされたニンニク、ショウガと違って、こちらは時たま顔を出すアクセントの役割になっている。
ナルトも上品な淡泊さとペナペナの口当たりが、脂で重くなった口に軽妙で心地よい。
いやはや、見事だ。
最初は呆れた手抜きだと思ったが、とんでもないっ!
アブラソバは『チューカソバ』の食材をまんま流用しながら、まったく別の一品へと変化している。
スープがないという明らかな欠点を、『混ぜる』という方法で新たな魅力へと昇華させた。
これはもう、アイデアの勝利と言う他ないな!
……だが、しかし。
食べ進めるうちに、私は少々『口飽き』し始めた。
なぜならアブラソバはツケメンのように、『メンの量が多く』なっていたからだ。
ツケメンは具をチビチビつまめたし、途中のヤキイシもあって楽しんで食べられた。
だけどアブラソバは味付けが一本調子で、具材も散らかっていてつまみづらい。
複雑な出汁が重層的に積み重なったスープがないので、口が早く慣れてしまうのだ。
一応、ちゃんと食べきれる量ではあるが、もう少し『何か』あると嬉しいな……。
なんてことを考えてたら、レンがカウンターにドンブリと小瓶を置いてニヤリと笑う。
「リンスィールさん。途中から、こいつを入れて食ってくれ!」
そろそろ、新キャラでも出したいところですね。




