魔法使いレン
森のエルフは客人を招くが湿地や砂漠では扉を閉ざす(エルフの言い回しで『衣食足りて礼節を知る』の意)。
ブラドの服はレンには少し小さそうだし、長期滞在するならば着替えが必要だろう。
私たちは、布や服を扱う市場へと足を運んだ。
一軒の店を指さして、私は言う。
「レン、あそこの店がおすすめだぞ。服のサイズも豊富だし、なによりデザインが最先端でね。値段は少々高めだが、質のいい衣服が手に入る……って、レン!?」
ふと隣を見ると、彼は露店のひとつに目を奪われている。
フラフラと近寄り、飾ってある服へと手を伸ばす。
それは、『紫色のマントとターバン』の組み合わせであった。
レンは、ゴクリと喉を鳴らす。
「す、すげえ。そっくりだ! 欲しい……これ、欲しい!」
私は首を傾げながら言う。
「レン、それは旅人の服だぞ。普段着にするようなものではない」
私の言葉に、レンはグオっと仰け反った。
「た、『たびびとのふく』だとぉッ!? ますます欲しいっ! これ、絶対に買う!」
「なんと……。そんなに欲しいのか」
私はマントとターバンを手に取った。
「ふむ、生地は良い物をつかっているな。縫製もしっかりしてる。まあ、買っても問題ないだろう……店主、この服はいくらかね?」
露店を広げていたホビットの男は、温和な笑みを浮かべて言った。
「へい、合わせて銀貨一枚でさ!」
「少し高いな。負けてくれないか?」
「紫の染料は高いんで、値が張るのは仕方ないですよ」
「しかし、デザインが少々古い。ならば銀貨一枚で買うから、下着をいくつか付けてくれ」
私が奥に置いてある肌着類を指さすと、店主は少し考えた後で頷いた。
「……へへへ、いいでしょう! それで手を打ちます。お客さん、なかなか買い物上手でいらっしゃる」
私がマントとターバンの値段を伝えると、レンはエプロンから銀貨を一枚、取り出した。
少し質のいい銀貨だったので、店主は下着の他に靴下もオマケしてくれた。
レンは購入したマントをさっそく羽織り、頭の白い布を外して紫のターバンに付け替えると、嬉しそうな顔で私に向き合う。
「どうよ、リンスィールさん!」
相変わらず目はターバンで隠れていたが、筋骨たくましいレンの身体は、派手な色合いの旅人のマントと良く調和する。
「うむ。とても似合っているよ」
「やったぜ! あとこう、木の杖も欲しいな。上が丸くて、先っぽが鋭く尖ってるやつ」
「なんだか、妙な物を欲しがるね……なら、魔道具店にでも寄って行こう」
初心者用の魔法杖を購入した後、荷物も増えたし一旦『黄金のメンマ亭』に帰ろうという事になる。
レンの部屋に入るとサラの他に、なんと友人の大錬金術師タルタル(今は巨大化させたホムンクルスの身体に意識を移している。凄まじい技術だ!)が待っていた。
愛弟子のセリは研究室に置いてきたのか、首からフラスコを下げていない。
パイプをふかしていたタルタルは、レンを見て言う。
「なんじゃ、若造。おあつらえ向きに杖など持ちおって……さてはリンスィール。貴様、わしらと同じ方法を試そうとしているな?」
「え……同じ方法って。それは一体、なんのことだね?」
わけがわからず首を傾げる私に、サラが言う。
「レンに、魔法を使わせるのよ。体内に蓄積されたエレメンタルを魔力として消費できれば、早く帰れるようになるからね」
レンは、自分の顔を指さして驚きの声を上げた。
「えーっ! お、おおおおっ、俺っ! ま、ま、ま、魔法が使えるのかー!?」
タルタルが鼻を鳴らす。
「ふん……使えるかどうかは、まだわからん。魔法は才能次第じゃからな。しかし、条件は整っておる。何事もまずは、試してみる事じゃよ」
ここは、『黄金のメンマ亭』からほど近い空き地である。
地面には木材をボロ切れで縛って組み合わせた、簡素な案山子が刺さっている。
私はレンに、『魔法の基本的な使い方』を講釈していた。
「……と言うわけで、魔法を使う上で一番大切なのは『イメージ』なのだ。『起こしたい現象』を呪文として声に出すことで、イメージが固まりやすくなる。それがエーテルを通してエレメンタルへと伝わり、魔法は発動する。だから、無理にこちらの世界の言葉を使う必要はない」
レンは真剣な顔で聞いている。
「ふんふん……。要は杖の先から火や水が出るところをイメージして、呪文を叫べばいいわけだな?」
「うむ、その通りだ。では、やってみたまえ!」
レンはマントを翻し、勇ましく杖を構えると案山子を睨みつけた。
「おう、やぁーってやるぜ!」
……で、それから一時間。
「メラ、メラミ、メラゾーマ! ブリザド、ブリザラ、ブリザガ! ジオ、マハジオ、マハジオダイン!」
レンは声も嗄れよと必死で叫び、何度も何度も杖を振る。
額にはびっしりと汗が浮かび、真剣にやっているのは間違いないのだが……杖の先からは、火の粉ひとつ、水の一滴も出てこない。
サラが、呆れたように言った。
「まさか、ここまで才能ないとはねえ……。普通、小さな火の粉くらいならすぐ出せるようになるんだけど」
そろそろ集中力も切れて来たのか、レンは辛そうな顔でハアハア息を荒げている。
私は、彼の肩をポンと叩いた。
「……なあ、レン。もう諦めたらどうだね?」
「で、でもよぉ、リンスィールさん! 俺、魔法が使ってみたいんだよ……なにか、成功させるコツとかねえのかな!?」
よっぽど未練があるのか、泣きそうな顔ですがりついてきた。
私は困り顔で言う。
「うーん、コツと言われてもなぁ……? 中級以上ならばともかく、初級魔法は本当に魔力の流れをイメージして、言葉に乗せて放つ以外にやり方などありはしないのだよ」
レンは、己が握った初心者用の魔法杖を見て言う。
「……この杖がポンコツなんじゃねえか?」
タルタルが手を出しながら近寄ってきた。
「どれ、貸してみろ」
彼は杖を受け取ると、一通り検分してから言う。
「ふむ……。杖に問題はない。リロ・ミルヴァ・アルフォネーロ! ほれ、このとおりじゃ」
呪文と共に、杖の先からは綺麗な水がトクトクと溢れ出す。
それを見て、レンは残念そうにガックリと肩を落とした。
「ふ……ふふふ。そうか……。俺には、魔法の才能がこれっぽっちもないってことか……っ!」
おお、可哀想に……。
こんなにガッカリしたレン、初めて見るぞ!
気の毒になった私は、レンの背を優しく撫でて慰める。
「そう気を落とすな、レン。もしかしたら、道具との相性が悪いのかもしれないよ? 杖以外にも、魔導書や箒など魔法の道具はたくさんある。明日、得物を変えてもう一度やってみようじゃないか!」
まあ、ここまで才能がないとなると、おそらく道具を変えても無駄だろうが……。
だがその一言に、タルタルが顎を撫でて言う。
「……おお、そう言えば。騎士団の魔法部隊に入った、鍛冶屋のせがれ。あやつはハンマーを杖代わりにしておったのう」
私はポンと手を打った。
「ああ、ハンスですか! たしかに彼は普通の杖やスペル・ブックを持つよりも、鍛冶用のスミス・ハンマーを使った方が魔力の流れがイメージできるという、妙なクセがついてましたな」
鍛冶屋の長男ハンスは、十六まで実家の仕事を手伝っていたのだが、鍛冶の腕はからっきしであった。
剣を打てば折れ曲がり、盾を打てば穴が開く。
武具はおろか、鍋の修繕ひとつまともにできない。
これではとても実家は継がせられないということで、面倒見のいいオーリが「どこかに働き口はないか?」と彼の両親に相談されたのだが……様々な職業の適性を試すうち、魔法の才があることがわかった。
そこで私とタルタルで半年ほどレッスンし、晴れて一人前の魔法使いになれたのだ。
今では彼は魔法部隊の副隊長を任されており、『スミスハンマーのハンス』の異名で呼ばれている。
「……へえ。鍛冶用のハンマーで……魔法を……。そ、そうだ!」
エピソードは聞いたレンは、突如として走り去る。
残された私たちが呆気に取られていると、しばらくしてから手に『ザル』や『オタマ』や『サイバシ』と言った、ラメン作りの道具を抱えて戻ってきた。
戸惑いながら、私は尋ねる。
「ええっと、レン。そんなものを持って来て、どうするつもりだね?」
「なーに、ちょっと試してみたいことがあってな」
レンは空き地に真ん中に立って息を落ち着けると、目をつぶって深呼吸する。
「囁き……祈り……詠唱……念じろッ!」
レンが、目をカッと見開く!
次の瞬間、キラキラと光が渦巻いて……見物していた私たちは、驚愕の声を上げた!
「……お、うおおおーッ!? なんとぉー!」
「えーっ、嘘ーッ! し、信じらんない……!」
「な、なんじゃ……なんなんじゃ、あれは!?」
あなたはビアンカ派?
それともフローラ派?
ラーメンに関係ない寄り道は、今回で終わらすつもりだったのですが……。
あと一回だけ続きます。