トッシュ・ゴンシ・ソーヴァの真実
元の世界に帰るまで、レンは『黄金のメンマ亭』の空き部屋で生活することになった。
夜型生活のレンは2時間ほど仮眠を取ってから、私と一緒に街へと繰り出す。
大教会や王立図書館、街で一番景色のいい時計塔の展望テラスなどの観光スポットを案内し、時刻はそろそろ正午である。
昼食のリクエストを聞くと「庶民が普段、食ってるもんがいい」と言うので、飲食店や屋台が集まる大きな通りに向かうことにした。
周囲の店や屋台からは、美味しそうな匂いが漂ってくる……。
道路にはテーブルや椅子が出してあって、客は自由に座って飲食できるのだ。
レンは、キョロキョロと辺りを見回しながら言う。
「店で買った物も外で食っていいのか。活気があって、いい場所だな!」
「数は少ないが、高級店やラメン・レストランも建っている。おすすめの料理を適当に買うが、食べたい物や気になる物があれば遠慮なく言ってくれ」
いくつかの店や屋台を回って料理を買い求め、二人で席に座ってテーブル一杯に広げた。
パンに串焼き、フライや魚料理、ジョッキに入ったワイン、煮込み、グリーンサラダ、塩漬け豚肉を混ぜ込んだマッシュポテト……私はその中のひとつ、拳ほどの小さなパンをレンに差し出す。
「レン。よかったらこれを食べて、感想を聞かせて欲しい」
一口齧って、彼は言う。
「香ばしくてガリっとしたハードタイプのパンに、甘い豆のペーストとバターが挟んである……これ、もしかしてアンパンか!?」
私は鶏の串焼きを食べながら、頷いた。
「そうだよ。君の世界のアンパンと比べて、味はどうだね?」
「うん、美味い! 噛むほどに味が出る。俺の世界のアンパンは、モチっとした柔らかいパンを使っている。けど、これはこれで悪くねえ。バターのこってりした油と塩気が、赤エンドウ豆の風味とよく合うな」
アンパンを平らげたレンは、楕円形のフライを摘まみ上げて口に入れる。
「……こっちはなんだ? コロッケみたいな見た目だな。低温の油でじっくり揚げてある。おっ!? 中身はトマトとチーズ……それに、メンマだと!?」
私も、同じフライを食べながら言う。
「これは、『メンマー・ミーレン』と言う料理だね。商人がさばき切れずに古くなったメンマを、もったいないのでなんとか食べようと発明した料理だよ」
「ふうん。異世界風の春巻きってとこか」
彼の言葉に、私は首を傾げた。
「『ハルマキ』……。君の世界にも、似た料理があるのかね?」
「ああ。薄い小麦粉の皮で中華餡を包んでパリパリに揚げた料理なんだが、中には細切りタケノコがたっぷり入ってる。春の野菜を巻いて揚げるから、春巻きって言うんだぜ」
「ほほう! なかなか美味しそうじゃあないか」
私は深皿に入った煮込み料理を、彼の前に置いた。
「レン、こっちも試してみたまえ。『リンガトープ』と言う料理でね。メンマー・ミーレンと同じように、売れ残ったナルトで作られた料理になる」
レンは、中の具材をフォークで突き刺して言う。
「ナルトの他には、キャベツ、豚肉、根菜類か……見た目はポトフに似ているな。味付けは……ええ、醤油かよ!? おでんみたいだ!」
目を丸くする彼に、私は言う。
「ラメンは高級料理だから、庶民は滅多に食べられない。しかし、商人がさばき切れなかったラメンの食材は、安価で市場に流れてくる……本物を作るには知識や技術が必要だが、ラメンの雰囲気を安く味わえるメンマー・ミーレンやリンガトープは、庶民に人気のメニューなのだよ」
「『訳あり食材』を上手いこと使ったわけだな! でも、町の名物料理なのに庶民の口に入らないのは、なんだか残念な気がするぜ」
私はジョッキを手に取り、ワインを飲みながら言った。
「ところが、そうでもない! 実は年に一度だけ、誰もがラメンを食べられる日がある。年越しの夜にはお祝いとして、町中のラメン・レストランが扉を開き、無料でラメンが振る舞われるのだ。代金はすべて、王族や貴族の寄付によって賄われる。この一連の大イベントを、『分け隔てなく与えられる喜び』と言う意味の『トッシュ・ゴンシ・ソーヴァ』と呼び――」
「ってそれ、『年越しそば』じゃねーか! さては、親父が持ち込んだ文化だろ?」
説明の途中で、レンが口を挟む。
私はポカンと口を開けた。
だが、すぐに首を振って否定する。
「え。あ、いや……違うぞ、レン。これは紛れもなく、私たちの世界で生まれた文化だよ。なにしろ、城の晩餐会で元騎士団長のクエンティン卿が話した、とある体験が元になってる行事だからね」
私が言うと、今度はレンが戸惑った。
「ええ、マジか。年越しそばじゃねえのかよ……それ、どんな話なんだ?」
身を乗り出す彼に、私は得意気に語り出す。
「年越しの夜、クエンティン卿はラメン・レストランで食事をしていた。するとそこに、みすぼらしい身なりの母親と二人の子供がやってきた。彼らは三人でたった一杯のラメンを頼み、ドンブリに額を寄せて分け合いながら食べてたそうだ。子供が『お母さんもお食べよ』と、一本のメンを母の口元へもっていく。それを啜り、『やっぱりラメンは美味しいね』と母は笑う。次の年も、その次の年も親子は年越しの夜に同じ店にやってきた。店主は貧しい母子を不憫に思い、内緒で1.5倍のメンを茹でて……」
と、レンが椅子からずり落ちた。
「だからそれ、『一杯のかけそば』だろッ!」
「んえ? イッパ……はぁっ?」
キョトンとする私を見て、レンは後頭部をガリガリ掻いて笑う。
「俺らの世界の有名な話だよ。あーもう。こりゃ間違いなく、親父が持ち込んだやつだな!」
詳しく話を聞くと、本当に『一杯のカケソバ』はクエンティン卿の話にそっくりであった。
トッシュ・ゴンシ・ソーヴァとトシコシソバ……確かに、響きもよく似てる。
もはや、偶然の一致とは言い切れまい。
私はショックを受けて、愕然とした。
「な、なんとっ! うーむ。トッシュ・ゴンシ・ソーヴァは、この話を聞いた王族や貴族たちが涙を流して感動し、民衆たちに何か施しはできないかという事で始まったイベントだったのだが……あの貧しい親子の話は、すべて創作だったのか!」
川魚のムニエルをフォークでほぐし、レンが言う。
「ま、ラーメンを分け合う貧しい親子はいなかったわけだし、よかったじゃねえか」
私は若干、しょんぼりしながら頷いた。
「ああ、そうだね……でも、少し寂しいよ。毎年、年越しの夜になるとラメン・レストランの前に長く伸びる行列を見て、『あの貧しい母子もこの中にいるのだろうか、今年は一人一杯のラメンが食べられるな』と、密かに心を温かくしていたというのに……今年からはもう、そんな気分にはなれないのだな」
「うーん。小説の話だって、バラさなきゃよかったかな?」
レンは鼻の下に、指で鋭い軌跡を描く。
「そのクエンティン卿って人、親父の命日にラーメン食いに来てたカイゼル髭の爺さんだろ? わざわざそんな話を広めるなんて、よっぽどこの街にラーメンを定着させたかったんだろうな」
私はパンに切れ込みを入れ、マッシュポテトとサラダを挟みながら頷く。
「うむ。こうして改めて考えてみると、全ては彼の作戦だったとわかるよ……。どんなに美味い料理でも、庶民の口に入らなくては広まらない。タイショから聞いた話をアレンジして王族や貴族の心を動かすなんて、非常に上手いやり方だ! やはり、騎士団長まで成り上がった器は並ではない」
そんな話をしながら我々は、楽しく食事するのだった。
カクヨムでも掲載してみました。
次回でほのぼの散歩は終わり。
また事件が起こる……!?