レン、帰れず!!
「レーーーーン! ニホンに帰れなくなったというのは、本当かね!?」
そう叫びながら私が『黄金のメンマ亭』に飛び込むと、彼はド真ん中のテーブル席で美味しそうなギョーザを食べてるところだった。
「おう、リンスィールさん。おはよう!」
気楽に手を上げるレンに、私は呆れた。
「いやいや……のんきに朝ご飯食べてる場合じゃないだろう? 今朝方マリアから『レンさんがヤタイを引いて黄金のメンマ亭にやってきた、帰れなくて困っている』と報せ鳥をもらい、慌ててやって来たというのにッ!」
レンは小皿に入れた酢とトウガラシ油とショーユの混合ソースに、ギョーザをちょんちょんとつけながら言う。
「だって、焦ったって日本に帰れるわけじゃねえもん。俺にできることなんて、なーんもねえし」
私は、レンの向かいに腰かけながら問う。
「……意外だな。あまり落ち込んでいないのだね?」
レンはワリバシを口に咥え、苦笑して言った。
「まあな。そりゃあ正直に言えば不安だし、今すぐ日本に帰りたい。でも、こっちの世界も悪くないからな。帰れなければ帰れないで、きっと諦めもつくさ」
それから、ニヤリと笑う。
「それに、こういう事を相談できる人……いるじゃねえか」
彼がそう言った、次の瞬間だった。
背後で扉がバーンと開き、サラが飛び込んできた。
「レーーーーン! あんた、日本に帰れなくなったって本当!?」
レンが目を丸くする。
「って、サラ!? 探しに行く前にそっちから来るとは、驚いたぜ……つーか、どうして俺が帰れなくなったって知ってんだ?」
彼女は、私たちのテーブル席に座って言う。
「中央広場の掲示板で、張り紙を見たのよ。『異世界人のレン、元の世界に帰れずにいる。有益な情報をお持ちの方は、黄金のメンマ亭まで』ってね!」
私は片手をあげて応える。
「あ。それ、私が張り出したものだな。ファーレンハイトの中央広場には、大きな掲示板があってね。尋ね人や素材の調達依頼、魔物討伐の戦士募集などの連絡用として使われているのだよ」
と、ブラドとマリアが厨房からやってきた。
二人は人数分の小皿と山ほどギョーザが乗った大皿を、テーブルに乗せてニッコリと笑う。
「サラさん、リンスィールさん。いらっしゃいませ、おはようございます!」
「ねえ、みんなで朝ご飯にしましょうよ。ブラド兄ちゃんと一緒に、たっくさんギョーザを焼いたんだから!」
私とサラはゴクリと喉を鳴らし、顔を見合わせ頷いた。
「……うむ。まずは、熱々のうちにご馳走になろうか。ギョーザは焼きたてが一番だからね」
「そうね。食べながらでも話はできるもの。わあ、美味しそう……いっただきまーす!」
我々はワリバシを手に取り、ギョーザを食べ始めた。
美味いギョーザに舌鼓を打ちつつも、昨夜のレンの状況をサラに詳しく説明する。
しかし、レンはいつも通りにこの世界に来て、売れ残りの材料でラメンを作り、私たちに振舞ってくれただけである……。
サラが言うには、『禁止事項』に触れるような行動は見つからないという事だ。
次に彼女が細かく聞いてきたのは、レンが食べたブラドのシオラメンについてだった。
ブラドがワリバシを置いて、立ち上がりながら言う。
「僕のシオラメンが気になりますか? まだ、昨夜の材料が残っています。よろしければ、今から作って持ってきますよ」
ブラドのシオラメンを食べ終えると、サラは頷いて言う。
「うん……とっても美味しかったわ。それに、なんでレンが帰れなくなったかも大体わかった。原因は、塩ラーメンに入っていた『ドラゴン』と『クラーケン』よ」
私は驚いて声を上げる。
「ええっ! し、しかし、どちらも一般的に食されてる生き物ではないか……?」
サラは言う。
「ねえ、リンスィール。ドラゴンがあの巨体で、どうやって空を飛ぶか知ってる?」
私は即座に答えた。
「エーテルを操作して風のエレメンタルを羽に集め、それによって浮力を得ているのでしょう」
サラは指を一本立てて、そこに初級魔法で火を灯しながら言う
「そう……この世界の大気には、『エーテル』が満ちている。私たち魔術師は、エーテルを通じて『エレメンタル』に働きかけることで、魔法と呼ばれる現象を起こしているわ。そしてドラゴンは火を吐いたり空を飛んだり、クラーケンはその巨体と長寿命を維持している……また、一部の『達人』と呼ばれる人たちもエーテルを無意識に操って、『必殺技』と呼ばれる物理法則を無視した技を使っているの」
レンが腕組みして口をへの字に曲げ、尋ねる。
「で、それが俺が帰れなくなった事と、どういう関係があるんだよ?」
サラは、指先の火をフッと吹き消して言った。
「簡単に言うとレンの身体には、多量のエレメンタルが取り込まれてしまっているのよ。こちらの世界とあちらの世界への行き来は、次元の狭間のプログラムの『機械仕掛けの神』によって管理されているわ。入ってきた時のレンと、エレメンタルを宿したレン……個体情報の整合性が取れなくなって、一時的に弾かれた状態になってるんだと思う」
ブラドが、愕然とした表情で叫ぶ。
「な、なんですって!? つまり僕のラメンのせいで、レンさんが帰れなくなってしまったんですか!? そ、そんな……っ! レンさん、本当に申し訳ありませんッ!」
頭を下げるブラドに、レンが慌てた。
「おい、やめろブラド! 俺はあの塩ラーメンを食べて、マジで感動したんだぜ。お前のラーメンを食べられて、心底良かったと思ってる。感謝しかない!」
それからレンは、笑顔でブラドの肩を叩いて言う。
「それに、ブラドは俺のライバルだろ? だから、頭を下げるのはなしにしよう。美味いラーメンを作って謝られたんじゃ、こっちの立つ瀬がないじゃねえか」
ブラドがハッとして、顔を上げる。
彼は、真っ直ぐにレンの瞳を見つめた。
「そ、そうだ! 僕は、レンさんのライバルなんだ……そうですね。わかりました、僕も今回の件は、不幸な事故だと思うようにします」
……ブラド君、いい目をするようになったな。
彼は才能あふれるラメンシェフであるが、若干気弱なところがあった。
優しすぎてここ一番での推しが弱く、市場の競りや希少食材の奪い合いでは、同業者によく負けている。
声を張り上げるような宣伝も上手くなく、強気で積極的なオーリがいなければ、ここまで店を大きくすることはできなかったろう。
しかし、レンに『好敵手』として認められたことで、どうやら彼も一皮剥けたようである。
レンは、ジト目でサラを見ながら言う。
「にしても、サラさんよぉ……。そういう可能性があるなら、もっと早く教えてくれればよかったろ?」
その言葉に、サラはムッとした顔で反論する。
「あのねえ! 普通はちょっとドラゴン肉を食べたくらいで、帰れなくなんてならないんですうーっ! 今回が特別だっただけ! エレメンタルってのは、とっても吸収率が悪いんだから!」
サラは唇を尖らし、ドンブリを指さして言った。
「だってまさか、『クラーケンのスルメ』でスープを作る人がいるなんて思わないじゃない……? それにドラゴン肉は、どうやら『ファイアドラゴン』になりかけの個体だったみたいね。火のエレメンタルを特別強く感じたもの」
その言葉に、私はポンと手を打った。
「おお、なるほどっ! 火と水の相反する二つの属性を同時に取り込んだ事で、一時的に互いの力を打ち消し合って、吸収されやすくなってしまったわけですな? うーむ。まるで、高レベルのポーションのようだ。美味しいラメンを作ろうとして、偶然に偶然が重なってこうなるとは……なんとも興味深い!」
マリアがギョーザをはむはむ食べつつ、つまらなそうな顔で言う。
「ねえ、二人とも……あたし、専門的な話はよくわかんないよ。それより、レンさんはいつまでこの世界にいられるの?」
聞かれたサラは、少し考える顔で答える。
「そうねえ……? 人間の細胞は、三ヵ月で全部入れ替わると言われてるわ。でも、レンの場合はエレメンタルが身体から抜ければいいだけだもの。一ヵ月か二ヵ月……うん。多分、それくらいで帰れるようになるんじゃないかしら?」
その答えに、レンはホッと軽く息を吐いて笑った。
「一、二ヵ月か。思ってたより全然短くて、安心したぜ! それくらいなら、ちょうどいい。俺もこの世界を、色々と見て回りたいと思ってたしな」
それを聞いて、私は胸を叩いて言う。
「ならばレン、私がファーレンハイトを案内してあげよう。私は、この街に120年も滞在している……文化、歴史、グルメ、最新の遊びまで、なんでも君に教えてあげられるぞ」
マリアが慌てた様子で私の服を引き、小声で何か言いかける。
「えっ!? ちょ、ちょっとリンスィールさん。それ、あたしが先に言おうと――」
レンが白い歯を見せて、親指を立てる。
「お、そりゃあいい! リンスィールさん、ぜひお願いするぜ」
私も笑顔で親指を立てて、それに応えた。
「ああ、任せておけ! 親友の君と一緒に街を回れるなんて、ワクワクするなぁ……楽しみだ!」
更新おくれてごめんなさい……。
次回、異世界でレンがグルメ&ショッピング!