Another side 14
レンが屋台を引いて歩いていると、銀髪隻腕の日本人魔術師のサラと、東洋の国ヴァナロからやってきた天才少年剣士のカザンが待っていた。
彼を見つけるとサラは笑って手を振って、カザンは頭を下げて挨拶する。
レンは屋台を止め、椅子を二つ置いて手招きした。
「よう。二人とも、いらっしゃい!」
サラは、椅子に座りながら言う。
「今夜はカザンちゃんと一緒に、ベジポタラーメンを食べに来たのよ。アレ、ほんと美味しいわよねえ……時々、無性に食べたくなるもの。なーんか変な草とか入ってて、中毒性でもあるんじゃないのぉ?」
茶化しながらベタ褒めするサラに、レンは苦笑する。
「ンな怪しいもん、入れるわけねーだろ! でも、そうか。カザンはまだ、俺のベジポタ食ってないんだよな?」
カザンはニッコリと笑い、頷いて何事か言った。
即座にサラが通訳する。
「うふふ。『はい。お姉様から、お噂はかねがね伺っております。おじ様のベジポタラーメンを食べるのが楽しみです』ですってよ」
異世界語で何を話しているのか、二人は少女みたいにキャッキャと声をあげて、仲良さそうにしている……もちろん、どちらも『女の子』ではないのだが。
レンは笑いながら、コンロの火を点けた。
「よっしゃ! 腕によりかけて、とびきり美味いの作ってやるよ」
レンは麺を茹でてスープを注ぎ、いつもより気持ち多めにトッピングを乗せると、二人の前に丼を置く。
「はいよ。ベジポタラーメン二丁、お待ちッ!」
カザンは白くてドロドロのスープにちょっとびっくりしていたが、一口食べると目を輝かせて賞賛の言葉を口にする。
二人はベジポタラーメンを、実に美味しそうに食べた……。
食事が終わると、サラは100円玉を五枚、カザンは銀貨を差し出す。
それを見て、レンはタオル越しに頭を掻きながら呟く。
「別に金、いらねえんだけどなぁ。売れ残りだし、銀貨とか使い道ねえし」
サラは言う。
「いいから、貰っておきなさい。私は日本人だし、食べた分は日本円で払う義務があるわ。それにカザンちゃんの役目は、世界中の優れた技術や文化をヴァナロに持ち帰ることでしょ? 食べ歩きも仕事のうちなのよ」
「なるほど。それもそうか、毎度あり!」
レンは素直に銀貨と硬貨を受け取ると、エプロンのポケットへと入れた。
彼はこちらの世界では、基本的にお代は貰っていない。
だが、それでもカザンのように無理やり置いてく客がいて、屋台の引き出しにはけっこうな数の銀貨が貯まっている。
鼻歌交じりで食器を片付けるレンを見て、不思議そうにサラは言った。
「……ねえ、レン。なんだか、ずいぶん機嫌がよさそうね。いい事でもあったの?」
レンは白い歯を見せて言う。
「まあな! 実は、とんでもなく美味いラーメンを食ったばかりでよ」
「へえ。どんなラーメンかしら。それ、日本の話?」
「いいや、違う。ほら、前に話したろ……『黄金のメンマ亭』のブラドだよ。あいつが作った塩ラーメンが、絶品だったんだ!」
「ああ……味噌ラーメンの時に知り合った、あの兄妹がやってるお店よね」
「そうだ。近いうちに店で出すらしいから、食いに行ってみたらどうだ?」
サラは頷く。
「うん、そうね。カザンちゃんと二人で行くことにするわ。レン、有益なグルメ情報ありがと!」
カザンも頭を下げる。
「ゼィカルビア、フォクストレンダー。カタジケナイ……メル・ディラード、オジサマ!」
そう言うと二人は楽しそうにお喋りしながら、暗い路地を去って行った。
ひとりになったレンは、椅子を片付けて鼻歌交じりで屋台を引く。
そのまま気分よさげに歩いていたが……。
「……ん?」
突如、訝し気に首を傾げた。
それから踵を返し、屋台を引いて元来た道を戻る。
反対まで着くと、また振り向いて道を歩き、今度は端っこまで行く。
しばらく立ち止まり、腕組みをして口をへの字に曲げ、虚空を睨む。
それからガラガラと屋台を引いて、道端に止めると冷蔵庫からビールを取り出し、プシュリと蓋を開けて一気にゴクゴクと半分以上を飲んだ。
「ぷはぁーッ! ……ゲフゥ」
気持ちよさそうにゲップをすると、レンはチャーシューのタッパーを手に取った。
中から一枚つまみ出し、口に放り込んでモグモグ食べる。
咀嚼したチャーシューをビールの残りで流し込み、さらに冷蔵庫からもう一本ビールを出して、椅子に座ると今度はチビチビ飲み始める。
飲みながら、ブツブツと呟く。
「いやぁー、まいったな。……どうすっかなぁ」
やがて空が白み始める。
レンは、ふと何かを思いついたようにスマホを取り出し、操作する。
しばらくスマホの画面を見つめていたが、やがて諦めたようにカウンターに置く。
彼は、路地に差し込む金色に輝く太陽の光をボーっと眺め、ポツリと言った。
「帰れねえ」
放り出されたスマホには、Googleの検索画面が表示されている。
検索バーには、『異世界 日本 帰り方』……と。
そう、入力されていた。
グーグル先生「俺にだって……わからないことぐらい…ある…」
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