異世界系『ラメン』
我々が一息ついたのを見計らい、ブラドが言う。
「皆さん。僕のシオラメンの感想を聞かせていただけますか?」
私、オーリ、そしてレンの順に、賞賛の言葉を口にした。
「どっしり濃厚なイカの出汁を前面に、鶏ガラと野菜とマグロ節が下支えする。そこにニンニクとキノコのコウミアブラが強烈に香り、途中からはバジルの爽やかさとショーユのしょっぱさがプラスされる……ここまで複雑なラメンの味を破綻なく作れるとはね。君は天才だ!」
「シオラメンってのは小難しくて上品なもんだと思ってたが、こいつはドワーフでも満足するような、誰にでもわかる『ド迫力な美味さ』だな。途中で味が変わるってのも、めっちゃくちゃ面白え! 話題性も十分だし、店で出したらすぐ評判になるだろうよ」
「スープの出汁にはクラーケン、チャーシューにはドラゴン肉っ! 手間のかかった仕掛けのダブルテイスト……バジルの香りがイタリアンのようでありながら、醤油の味わいで和風にも感じる。日本オリジナルの太麺スパゲティ、『ロメスパ』にも通じる大胆で個性的な味付けだった。こいつはまさしく、異世界でしか食べられない極上の一杯、『異世界系ラーメン』とも言える新ジャンルのラーメンだぜ!」
ブラドの顔が、パァっと明るくなる。
「そ、そんなに褒めていただけるなんて……とっても嬉しいです!」
私はレンに問う。
「レン。君は今、ブラド君のラメンを『異世界系』と評したな。君たちの世界では、このラメンは再現が難しいのか?」
「ん? ああ……技術的には、もちろん可能さ。ドラゴンやクラーケンは手に入らないから、他のもので代用する必要があるがな。だけどそれより、もっと大きな問題がある」
「大きな問題。なんだね、それは?」
レンは、腕組み顎上げポーズで言った。
「俺らの世界のラーメンは、『大衆料理』ってことだよ! 最近じゃあ千円を超えるラーメンも珍しくないが、大抵の店は500円から800円半ばが相場だ……ちなみに勤め人が昼に外食する最低ラインが、500円前後だな」
オーリが驚きの声を上げた。
「そ、そんなに安いのかよ!? 俺たちの世界じゃ、ラメン一杯で銀貨一枚が相場だぜ」
レンは聞き返す。
「その銀貨一枚で、なにが買えるんだ?」
レンの質問に、私が答える。
「そうだね。銀貨は種類や純度によって、多少価値が増減するが……銀貨一枚で買える物と言えば。麦酒が一樽。胡椒や唐辛子などのスパイス類が一袋。仕立ての良い服が一式。並のグレードの長剣一本。庶民的な宿が三泊。レストランでのフルコース一回と言ったところかな?」
オーリも頷く。
「うん、大体そんぐらいだな。レン、お前さんの世界じゃ、イカはラメンに使えないほど高いのか?」
レンは悩まし気に眉を寄せた。
「イカ干しは、俺らの世界じゃ『スルメ』と呼ぶんだが……実は、こいつがけっこうな高級食材でよ。隠し味程度ならまだしも、スルメをスープの出汁に使うほど仕入れるのは難しい! なにしろ乾物よりも、生のイカを仕入れた方が安いってくらいの値段だからな」
オーリが目を丸くする。
「ええっ!? な、なんで保存の効く乾物が、生より高くなるんだよ!」
私はポンと手を打つ。
「そうか……。君は以前、『冷凍輸送』について話していたな。あちらの世界では、生鮮食品を運ぶ技術が発達しているのではないか? それでひと手間加えた乾物よりも、生が安くなるという逆転現象が起きているのだろう」
レンは頷いた。
「その通りだよ。最近ではイカと煮干しを使った、『烏賊煮干し系』なんてラーメンも出てきている。けれどやっぱ、スープのメイン食材としてスルメを使うには、安定供給とコストの問題が無視できねえのさ」
さらにレンは、難しい顔してドンブリの底を指さした。
「それと、あんかけを使った二重底も問題だ! 時間差や動きで味変が発動するような仕掛けを、『ダブルテイスト』や『トリプルテイスト』って呼ぶんだけどな。俺らの世界のラーメン屋は、ファストフード的な側面を持つ。お客が席に座ってから、数分で提供するのが当たり前なんだよ」
ブラドが驚いて言う。
「一杯に掛けられる時間が、たったの数分ですか!?」
「ああ。それに厨房も狭いし、人を雇ってもせいぜい二人か三人まで……店によっては注文から調理まで、全部一人で切り盛りしてたりする。背脂で層を作るくらいならまだしも、あんかけ入れて、またあんかけで蓋をして、麺を二回に分けて入れ、スープを静かに注いでトッピングなんて、とてもじゃねえが時間も人手も足りやしない」
マリアが言う。
「全部ひとりでやるなんて、大変ねえ! でもそう言えば、タイショさんもそうだったわよね。『黄金のメンマ亭』では、従業員を七人雇っているわ。給仕に三人、ラメン作りに四人よ」
レンは頷く。
「接客係がいれば調理に集中できるしな。厨房を広くとって人を増やせば、複雑な作業をする余裕もできる。つまりブラドの作ったラーメンは、手間とコストを贅沢に使える『高級料理としてのラーメン』だからこそ、可能ってわけだよ」
「なあ、レン。もし、仮に君らの世界で売るとしたら、このラメンにいくらの値段をつけるかね?」
私はレンに聞いてみた。
「うーん、そうだな……。一杯、千……いや、二千円は貰わないとやってけない」
「その値段では、ラメンは売れないのか?」
「一応、二千円超えの『高級ラーメン』ってジャンルもなくはない。けれど、よっぽどの有名人がプロデュースして、その上で宣伝が上手くいかないと、新規の店はまあ潰れる」
「そ、そうか……。二千円のラメンでは、店は潰れてしまうか!」
二千円。勤め人の昼食四回分。
技術を駆使して材料にこだわった美味しいラメンならば、その値段でも安いと思うがなぁ……。
もっともこの辺りの感覚は、元から高級料理として認識していた私たちと、大衆料理としてラメンを扱ってきたレンたちとの差なのだろう。
ブラドがレンの前に立ち、真剣な顔で言う。
「レンさん……どうでしょう。これが、今の僕の精一杯です。このラメンで僕は、あなたの『好敵手』になれましたか!?」
レンは白い歯をニカっと見せて、手を差し出して言う。
「もちろんだよ! ブラドは、とんでもなく手ごわいライバルだ。あんかけを使った二重底に、イカとバジルの組み合わせ。どちらも俺の頭にはない、斬新な発想だった! こりゃあ、俺もウカウカしてられねえな」
ブラドは目に薄く涙を浮かべながら、レンの手を固く握った。
「レ、レンさん……! 必死で頑張った甲斐があります、ありがとうございます!」
「ああ。俺も負けねえぞ、ブラド! もっともっと、美味いラーメンを作ってやるからな」
ラメンシェフ同士、男と男の熱き友情に、オーリが鼻をグスグスと鳴らす。
「……俺っちは嬉しいぜ。ブラド、お前の才能を見出した俺の目は、そして舌は確かだった! チッキショウ、おめえは本当に自慢の息子だよ! ドワーフの名にかけてなぁ……!」
マリアがニコニコしながら、レンに言う。
「ねえ、レンさん。ブラド兄ちゃんのラメンに、なにかアドバイスしてあげてよ」
「アドバイスか? そうだな。このままでも商品になる完成度なんだが……」
レンは腕組みをして考え込んだ。
しばらくしてから、彼は言う。
「……味が変わる直前、ほんの一瞬だけスープの味がダレていた。きっと、蓋の役目の無味のあんかけがスープに溶けたせいだろう。それとわずかだが、醤油とバジルのあんかけの溶け残りが気になった」
ブラドがハッとして言う。
「な、なるほど! 言われてみれば、確かにそれは欠点ですね」
「あんかけじゃなくて、ゼラチンを使ったらどうだ? これなら、溶け残る心配はないだろう」
「でも、ゼラチンではスープの熱で、すぐに溶けてしまいませんか?」
「……うーん。溶けるな」
二人はそろって天井を見上げ、考え込む。
と、レンがポンと手を打った。
「お、そうだ! ならば醤油とバジルのゼリーを底に置き、その上から冷めたあんかけで蓋をしたらどうだ!?」
「ああ、それならいけますね! その分、スープを熱々にすれば、ラメンが冷める心配もありません」
「さらに蓋のあんかけには、少量の胡椒を混ぜておく! そうすれば、溶けだすと同時にスープの味がピリっと引き締まり、変化がついて食べやすくなるんじゃねえかな?」
「アンカケに胡椒を……す、すごい。勉強になります!」
「胡椒の濃さやあんかけの量、ゼラチンが溶けるまでの時間は、何度か試して最適なバランスを突き止める必要あるけどな。なあに、ブラドならすぐに完成させられる。センス良いからなぁ」
レンがニヤリと笑った。
ブラドは、真っ直ぐに頭を下げる。
「ありがとうございます、レンさん! ラメンの完成度が高まります! ようし、マリア。僕たちの『黄金のメンマ亭』は、これから『ショーユラメン』と『シオラメン』、そして『ギョーザ』の三品で行こう!」
「うん、兄ちゃん! あたしもギョーザ、頑張っていっぱい作るわね!」
新しいラメンや店の計画について話す彼らは、実に楽しそうだった……。
はしゃぐ彼らを見て、私はオーリにウインクする。
彼の目も、嬉しそうに細められていた。
今や『転生版タイショのラメン』で、店は連日の大盛況である。
ギョーザはすでに食通の間で評判になっていたし、シオラメンもすぐ噂になることだろう。
他のラメンレストランが、それを黙って見ているはずがない。
もうすぐだ。
……もうすぐ、激動の時代がやって来るッ!
ブラドという天才料理人の手によって、この世界のラメンもついに『変遷の道』を歩み出す。
私の胸は、かつてないほどドキドキと激しく高鳴っていた。
異世界でしか食べられない、異世界系ラーメン、ここに爆誕!
次回……Another sideで、かつてない大事件が起こる!?
お楽しみに!




