謎の肉の正体は?
私はオーリと顔を見合わせ、二人で言った。
「……なんの肉って?」
「そんなの、決まってるじゃねえか!」
それから声を合わせて、「これは、『ドラゴンの肉』だよ」と。
レンがギョッとして、大声で叫んだ。
「ド、ドドドドっ、ドラゴンの肉だとぉ!?」
レンはチャーシュをもう一口齧り、感動した声で言う。
「へええーっ! ドラゴンって、こんな味なのかよ!? 見た目がトカゲっぽいから、ワニとかカエルに近い肉質を想像してたけど……こいつは、全然別の生き物だな」
オーリがはしゃぐ彼を見て、少し考えた後で言う。
「おい、レン。もしかして……もしかしてだけどよぉ。おめえさんの世界にゃ、ドラゴンはいねえのか?」
「ああ、いない。その昔、よく似た生き物の『恐竜』ってのはいたみたいだけどな。人間が地上に出てくるころには絶滅してて、食う機会はなかったはずだよ」
その言葉に、私は驚く。
「な、なんと。それは知らなかった……そうか。君らの世界には、ドラゴンは存在しないのか……!」
私は今まで、彼らの世界の食べ物は、どれをとっても我らの世界より『美味い』のだろうと、漠然とそんなイメージを抱いていた。
だが『美味い肉』の最上位に位置するドラゴン肉が存在しないとは、なんとも可哀想な世界である。
レンほどの料理人が手を掛ければ、ドラゴン肉はもっと美味しくなるだろうに……もったいないなぁ!
そんなレンがチャーシュを見つめ、首を捻って言う。
「……しっかし、この肉。熱いスープに晒されてるのに、いつまでも綺麗なピンク色のままだ。肉質も硬くなってない」
彼の疑問に、私は答える。
「ああ。ドラゴンは平常時は体温が低いが、戦闘時には上昇するからね。特に炎を吐いた後の身体は熱くて、素手で触れないほどになる。だから熱に強く、なおかつ低温で脂がとろけるんだ」
「ふうん。この肉には、そういうファンタジーな要素もあるのか……」
「長年、炎のエレメンタルを取り込み続けたファイアドラゴンなどは、肉を直接火で炙ってもなかなか焼き色がつかないほどだよ! 他にもアイスドラゴンやサンダードラゴン、変わり種ではジメジメした沼地に住み続けて腐食性のガスを吐くようになった、ブラックドラゴンなどがいる……もっともこいつは毒があるので、普通は食べないがね」
ちなみにファイアドラゴンの肉は熱した岩板で焼き肉に、アイスドラゴンは生肉を凍らせてから薄切りにしてルイベに、サンダードラゴンの肉は厚切りにして煮込み料理にすると美味い!
ブラックドラゴンは緑色の肉をしていて、友人の大錬金術師のタルタルに超強力な解毒ポーションを作ってもらい、3本ほど飲み干してから食べてみたのだが、独特の臭みと酸味に加えて喉の奥に張り付くような苦みがあり、ひどくマズくてガッカリした……しかも、そのあと腹を壊した。辛かった。
だがしかし、どのドラゴンも尻尾のつけ根だけはレアのステーキが一番美味いと言われていて、それには私も同意見である。(ブラックドラゴンは除く!)
なんて事を考えてたら、突然オーリが声を上げる。
「お、おい。なんだこりゃあ……? スープの色が変わってやがる!」
そちらを見ると、な、なんだ、あれは!?
オーリのラメンが、いつの間にか茶色くなっているではないかっ!
ハッとして、私も自分のドンブリに目を移す。
見れば私のラメンも、今まさに色づくところであった……みるみるうちにスープがレンガ色へと変わり、水面には緑色の粉が浮かぶ。匂いもなにやら、変化している。
えええええーっ!?
い、一体なにが起こったというのだ……?
戸惑いながらもメンを啜ると、なんと味も塩からショーユへと変わっている。
緑の粉はバジルを磨り潰した物のようで、メンに絡んでフレッシュで爽やかな香りが漂う。
濃厚なイカとニンニクの風味に、ショーユとバジルがよく馴染んで美味い……だが、なぜだ!?
私がよそ見してる間に、誰かがラメンに何か入れたのだろうか?
いや……そんな隙はなかったはずだ!
レンがドンブリの底をワリバシでかき回し、それを持ち上げジッと見つめて言った。
「……あんかけか?」
ブラドが嬉しそうな顔で頷く。
「そうです! ドンブリの底に、ショーユとバジルを混ぜたアンカケを沈めておいたんです」
な、なるほど……。
食べてるうちに時間差でアンカケが溶けだす、いわば『自動アジヘン装置』と言うわけだな。
と、オーリが言う。
「けどよ、ブラド。そいつは、ちいとおかしいぜ! 俺っち、最初の一口を食った時は、バジルの匂いなんてちっとも感じなかったもんよ……ドンブリの底に沈めておいたなら、メンに絡んで少しは持ちあがるはずだろ?」
「一口目からバジルが顔を出さないよう、沈めたアンカケの上に味付けしていないアンカケをかけて蓋をして、二重にしたんです。さらにメンを二回に分けて盛り付けることで、最初の数口は上のメンだけが持ちあがるよう、工夫しました」
私は感心してしまう。
「おお、よく考えられている! それにしても、ずいぶん手間をかけたねえ」
「もともとは『アジヘン用』のソースを、小瓶に入れて提供するつもりだったんです。だけど、直前になってマリアが、『どうせアジヘンするなら、みんなをビックリさせちゃおうよ!』と言い出しましてね。二人で、とことん知恵を絞りましたよ!」
マリアが嬉しそうに笑った。
「えへへ。みんなに驚いてもらえたみたいで、よかったわ。特にお義父ちゃん、この手の仕掛けが大好きだもんねえ?」
「おうとも、度肝を抜かれたぜッ!」
なるほど、マリアのアイデアか。
彼女は時々、素晴らしいひらめきを発揮するからな。
ショーユとバジルが混じったスープは、先ほどまでよりわずかにレベルが上がったように感じる……ほんのわずかに立体感が増し、ほんのわずかに迫力が出ている。
しかし、初めからこの味でラメンを出されても、きっとここまでの驚きはなかったろう。
この味は、『ショーユとバジルが足される前のスープ』を味わっていないとわからない。
……そんな、微妙な差なのである。
つまり、このラメンは『アジヘンをしなければ真価がわからぬラメン』なのだ。
鼻から抜けるイカとバジルの風味に、ニンニクとキノコの豊かな香り、それをまとめるショーユのしょっぱさ!
強烈な個性と旨味が口の中で爆発し、こってりの油と混ざり合い、プリップリの縮れた細メンと噛みしめると、最後は小麦の味が優しく残る……。
ああ、食べるほどに、ブラドの情熱が伝わってくる……『自由な魂』を感じる。
己の『ラメン』を思い描き、ありったけの力で作り上げた喜びが、ここにある!
美味い! ただ、ただ、美味い。
もうそれ以外に、言葉はいらぬ。
私は夢中になって、ラメンを食べた。
オーリもレンも、がっついている。
誰もが無言でメンを啜り、スープを飲み、その味に酔いしれた。
ほどなくして、三人同時にラメンを食べきり、ドンブリを置く。
「ぷはぁー、ごっそさん!」
「ブラド君、大満足のラメンだったよ!」
「ブラド、よくやった! 美味かったぜぇ!」
なお、ポーション使ってブラックドラゴンの肉を食って腹を壊したリンスィールは、その後タルタルに叱られたぞ!
だけど、タルタルはぶちぶち文句を言いながらも胃腸薬を作ってくれた模様。
次回は……異世界系『ラメン』




